第1話 闇との出会い、淫乱な彼女
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ここはどこだ。辺り一面には生気を感じさせるような物体は何1つ存在していない。霧だろうか。紫の色味を帯びたモノが目を介して見える世界を染め上げている。風を遮る障害物がない為か、髪がいつもよりも激しく上下に靡く。
呆然と宛てもなくただ歩くなか、ふと遠くから微かに漏れる聞き慣れた音が、彼の鼓膜を振動させた。キンキンと断片的に聞こえるそれは、剣と剣が交じり合うことによって放たれる交錯音。気づけば彼の足は動かす事を忘れ、意識せずとも目はじっと音のなる方角を、睨みつけていた。
血がさわぐといった表現が、今の彼の心情を表すのに適しているのかもしれない。普通の日常生活を送っている人ならば何も疑問を抱くことない。ましてや、興味を抱こうとも思わない。そもそも、こんな遠く離れたところから、微かにしか聞こえてこない音など気に止めることなく、この場から颯爽と立ち去ることだろう。
しかし、彼は立ち止まる。まだ年端もいかない黒髪の子供がだ。
無意識下の動きで、彼はじっと立ち尽くしたまま、自分の腰に身につけられている自分の体重よりもずっしりと重く、身長の半分くらいある剣(今や誰も見ることの出来ず、歴史書の中だけに描かれているような、真っ暗な夜空のような色をした)の柄に手をそっと添えていた。姿勢は低く、それでいて何が起きようとも、反応ができる居合の体勢をとる。
そのまま時が止まったかのよう時間が流れる。風の音も、今の今まで舞い上がっていた砂塵も、一切彼の肌に触れることはない。文字通り、彼の周りだけ時間が止まったのだ。地上から風によって掬われている最中の砂塵一粒一粒まで、スローモーションとなり彼の目には捉えられていた。
しばらくの沈黙の後、彼は見つめていた方角から静かに目を逸らした。一度止めた足並みを再度動かし始め、目的のない旅をフラフラと、外傷がないにも関わらず赤く染めあげられた、覚束無い足で再開させる。彼の耳には声が聞こえていた。辺り一面荒野で、人などいるはずもないにも関わらず。剣だ。腰に収まった剣がこう彼に語りかけていたような気がした。「今はその時ではない」と。
彼の歩んできた道、またこれから歩んでいく道は、赤色と緑色で染まりきっていた。それはまるで、子供が落書きをしたかのようにバラバラに、時には入り乱れるように。芸術センスのかけらも匂わせないほど乱雑に、衝動のまま手に取った色をぶつけたキャンバスそのもの。
そのどれもが、自分が負った傷により流れた血であったり、救えずに腕の中で泣いた仲間の血、そして彼らの命を奪った奴らを斬りつけた時の返り血。どんなに信頼した仲間でも、その儚い命はあっという間に花が枯れる如く散っていった。最後に手を伸ばしたあいつでさえも。これは、常に世界を背負い争い続けた一人の男の物語である。
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「早く起きなさい、シル。せっかくの晴れ舞台なのに遅刻しちゃうわよ」
本当に煩わしいタイミングで、母は毎日声をかけてくるものだ。みんなも体験したことは無いだろうか。あとほんの数分、目を瞑らせてもらえさえすれば、今日1日快適に過ごせる。そのような心持ちの時に、親に無理やり現実世界に引っ張り戻されるという経験を。
ウチの親は毎朝これをしてくる。それも、何の悪気もないのが余計にタチが悪い。あまつさえ、起こしてやっているんだから感謝しろと、言いたげな顔を毎度浮かべてくる。微かに睡魔が残った状態で起きるというのが、一番身体に怠さを引き起こすことを、親は知らないのだろうか。ほんと、いい加減嫌になってくる。まぁ、朝が弱く、一人で起きれない自分が悪いのだが。
布団にまだもう少し眠っていたいという煩悩をぶつけるかのように、思いっきり、今まで自分の身を温めてくれていた掛け布団を払いのける。それが、布とベッドの木で造られた脚とで、擦り合う音を立てながらずさっと床に転がり落ちる。
あっ、と声を漏らした時にはもう遅かった。その衝撃でベッドの脚に掛けていた大切な漆黒の剣が床に倒れてしまう。床と衝突することで生じた激しい金属音が、寝起きの脳にガンガンと鳴り響く。これが更にシルの逆鱗を逆撫でした。
「お前も寝ていたいんだよな、相棒。そうだよな、分かる。その気持ちは100パーセント理解できる。でも、今日の俺は殊更機嫌が悪い。だから、今後はこういった事をしないでくれ!」
返事もするはずのない剣に、思わず咄嗟に暴言を吐いてしまう。言い終わった後に、自分が怒りの矛先を向ける相手にアレを選んだことが、とても惨めに思えてくる。母に当てられない怒りを、人ではなく物にぶつけてしまうなんて。はぁ、とため息をついてしまうのも仕方がないことだ。
間違いなく今日1日、最近で一番の最悪の1日になるかも、などとくだらない予想をしながら、ベッドから体を起こし、カーテンレールに掛けられた新しい制服に袖を通した。これが届いたときは家族全員で盛り上がり、祝言をかけられたものだ。だが、そんなことは既に遠い過去。
シルが暮らしているこの村は、都心部からかなり距離が離れていた。住んでいる村人の数も、都市部とは比べ物にならない。一方で、この制服に身を包む学生が、シルを含めてもう一人この村にいる。自分だけ特別扱いされているなんて、思いあがりも良いところだ、と教訓をくれたのもこの制服であった。
今から始まる、新たな世界への軽い身支度を手っ取り早く済ませる。そして、一階に準備されているであろう、温かい朝ごはんを迎えるために重い足取りで、階段を降りていった。これが、「この家で食べる最後の朝ごはんに、なるかもしれないな」なんて言葉を口にして、少し口元を緩ませる。こんな顔は命に換えても親には見せられない。
一階のリビングに足を入れると、そこは優美な挽きたてのコーヒーのにおいで充満していた。そのにおいを嗅ぐだけで、喉が意図せずなってしまう。ウチの家に毎朝立ち籠めるその香りは、母の唯一誇れる特技でもある。だが、そんな誇れるものを持ってはいるものの、他の他より劣っているものが衝撃すぎて、それを掻き消しているのだが。
「おはよう、シル。今日もだいぶ酷い寝起きだったな」
父——サラジュがテーブルに足を組みながら、コーヒーを片手にシルの顔をにやけ顔で見つめている。
「昨日よりはマシさ」
せめてもの強がりで、シルは毎朝こう言い返す。父の目の前の自分の席に座ると、用意された朝食に手を伸ばし、作られた朝食をゆっくりと胃へと流し込んでいく。今日のレシピは——特にコメントするほどでも無い。普通のパンに、コーヒーが横に添えられているだけだ。いや、何か違和感を感じるな。シルは、本当にこれがいつもの朝食と変わり映えしないか、もう一度落ち着いて、食卓を見てみる。
「頼む、あれだけは勘弁してくれ」
そう願う心の声が、父にも聞こえたようだ。こちらを見ている父の視線を感じる。そして、ふと違和感の招待に気づいた。これだ、パンに塗られている謎のジャム。昨日は、こんな血が燃えたぎるような赤い色をしていなかったような。昨日の夜、母はバナナジャムを作るって言ってた。バナナジャムって、こんな赤い色を放つのか。いや、そんなことは起きるはずがない。
「父さん、このジャムって」
母に聞こえないように小さな声で、父に何かを確かめるような声で問いかける。父からの返答は、じっとシルの顔を見つめ返すことだけだった。
「やりやがったな〜母さん!」
シルは声にならない声で、母を少しの間睨みつけた。実は、母は昔から食品に何かを謎に突拍子もなく混ぜ合わせたりして、全く味の検討もつかないようなアレンジ食品を、度々食卓に並べる癖があった。そして、その都度父やシルがそれの被害にあってきた。だが、何分凄く楽しそうにアレンジするのだ。それゆえに、声を大にして、やめろとは現在まで言えずに、じっと耐え忍んで過ごしてきたのだが…。
何も息子の大事な日の朝食で、これをやらなくても。しかし、出されたものは必ず完食してしまわないといけないのが、我が家の暗黙のルール。いざ、決心を決めて、謎のジャムが塗られたパンを思い切り一口噛み切る。
ハムッ!!
噛み切った感触には、特に変わった点はない。いつもと変わらぬジャムのそれだ。しばしの静寂が、我が家を包み込む。気がつけば、父と母の視線が、自分の方に注目している。これは一体なんなんだ。
アレンジの正体を確かめようと、口の中でパンを転がしてみる。一度、二度と転がしてみても味の変化が現れてこない。もしかして、母さんは珍しくアレンジに成功したのかと淡い期待が、次第に込み上げてくる。
しかし、現実はそう甘くは無い。味の変化に気が付いたのと同時に、突如として、シルの額に、今まで感じたことの量の汗が、一斉に吹き上がってくる。額だけではない、身体中の毛穴から汗が出ようとしているような感覚に襲われる。次に出てきたのは汗ではなく一つの単語で、思わず無意識に大声で叫んでしまっていた。
「水ーー!!!」
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「あ〜、酷い目にあった」
未だ口の中に残る強烈な痺れと辛さに苦しみながら、シルは綺麗に整備された目的地までの道路の脇を、一人歩いていた。いや、正確には一人では無い。シルが唯一親友だと思っている剣も、腰に帯刀している。なので、一人と一剣だ。
道路の脇には今からの旅路と、今後の幸福を祈るように色とりどりの春の花たちが咲き誇っている。それを見たシルを包み込むのは、俯き加減だった朝の憂鬱も、次第に霧払いされいく感覚。気がつけば、今後の生活に胸を躍らせている自分がいた。
「全く。今日は入隊式がある日だから、って前から伝えておいたのに。朝からあんな激辛スペシャルスパイスを、練り混ぜたジャムを出してくるかね。普通の親は」
あの時。ネタバラシと言いながら、腹を抱えながら全てを話す母の顔が、まだ頭から離れない。あー、全くもって忌々しい。だが、その口元には笑みを浮かべていたので、言葉と表情があべこべになっていることを、シル自身認識していなかった。
「どんな人たちが、同級生にいるんだろーなー」
誰もいない道路で、呟いたその言葉は紛れもなく独り言。それは、相槌を打つ人もいなければ、返事が返ってくることがない会話だ。だが、不思議なことに、この言葉は独り言のままで終わることはなかった。
「このアスガルド大陸の実質的支配者である闇の一族と、直接剣を交えて人類を守っている、世界でたった10人しか存在しない守護者。彼らが、『直接』対象となる人から、選抜しているんだからね。そりゃ大事な日だよね」
シル達が暮らしている大陸——アスガルド大陸。この地において、唯一人類が生活できると言われているのが、この超大都市キラリア。その人口は、およそ5千万人。これは、今生きている人類の人口数と同義であり、人の命を奴らから守るための最後の防衛ラインとも言える。
そんな大都市では、毎年キラリアの住人を守る次の守護者を養成するために、能力溢れる者が集められることが定められている。選ばれた彼らが送り込まれる場所こそ、騎士育成機関ー通称アーミーナイト。ここに入隊できるのは、その年16歳になる若者から、性別を問わず20名のみと決まっている。シルが、今日から在籍することが決まっているのも、この場所だ。
「君にとっては、大事な日じゃないのかな?」
急に後ろから声を掛けられ、シルは瞬時に後ろを振り返る。それと同時に、腰に帯刀してある剣の柄に手を伸ばす。しかし、振り返るとそこには、人影一つ見当たらなかった。幻か、何かの幻影術、でも使われたのだろうか? シルは一瞬の間にそんなことを思案する。
「なるほど。その程度の反応速度か。君が僕より優れている、ってことはなさそうだね」
だが、そんな高等なことは起きていなかった。彼は首を180度回転させるだけの、僅かな時間の間を利用して、シルの前に移動してみせたのだ。シルが振り向く動作を行なったのを、目で捉えた途端に地面を強く踏み込む。そして、シルの視界の死角に入りながら、背後を再び取ったのだ。
シルは、あえてゆっくりとした動作で、正面を振り返る。目の前には、シルよりも10cm以上小柄に見て取れる、金髪でマッシュルームヘアーの青年。彼は、胸の前で手を組み、堂々と行く手を塞ぐようにして、立ち尽くしていた。
年と、性別に合わない女性のような、甲高い声の持ち主。彼はそのまま、こちらを一瞥した後、背を向けて、その場から歩みを進めて立ち去っていこうとする。彼が進む先は、シルもこれから通る道と、同じ方角であることにふと気づく。同じ進行方向に進む、自分と同年代の男子生徒。彼も20人に選ばれた学生であることは、容易に想像ができた。
「毎年選ばれるのは20人いるのに、何故守護者は10人しかいないのか、って疑問に思ったことはあるかい?」
もう遠くに見える小さな背中に向かって、シルは疑問を投げかける。特に深い意味のない質問だ。彼がその質問に返答するかどうかすら、怪しいものである。だが、シルは言葉を続けた。
「それも、その10人という数字ははるか昔。人類がキラリアを建設する以前の歴史書からも表れる数字なんだ。それが、今も変わらぬ姿で受け継がれていることを、不思議に感じたことはないのか」
前を歩く小柄な彼が、その場で立ち止まり、ゆっくりと、小さな頭をこちら側に向ける。その顔には、やれやれと言いたげそうな表情を浮かべていた。首を少し引っ込ませ、両手をそれぞれ手のひらが上に見える形のまま横に広げる仕草と共に、彼は大きく息を吐く。
「そんなことを考える必要があるのかい。その程度の腕しかないくせにさ。大層な疑問を、口に出すじゃないか。力のない奴から順に死んでいく。戦場ではこれが常識で現在まで語り継がれている。幾千もの戦記でもそう書かれているだろう? つまりは、そういうことなのさ」
彼は、言いたい事を言い終えると、再び進行方向に身体を向き直す。そして、前よりも早い速度で、スタスタと歩き始め、早々に、シルの視界からは消えていった。
「今から、こんな嫌味を言う奴らばっかの中で、訓練していくのかよ」
先の事を考えると、思わず頭が痛くなってくる気がした。こめかみを強く抑えるが、その痛みは取れそうにもない。でも、
「お前がいてくれたら、俺はどこまでもいけるよな」
天気がいい為か、度々雲の隙間から顔を出してくる光に照らされ、その漆黒の柄をキラリと輝かせる。
「あんな性格ねじ曲がった奴とは、一緒にしないでほしいわ」
見下ろしながら、優しく撫でていた剣から顔をあげる。すると、そこには、スタイルの良さが際立つような、短めのスカートを着こなし、腰にレイピアを携えた、茶色の髪をしたロングヘアーの女の子が立っていた。
目があった瞬間に、手慣れた手つきでサラサラの髪をかき上げる仕草に、思わず心臓が大きく跳ねる。動揺を隠せないでいるシルに対して、彼女は笑顔を浮かべながら、血色のいい唇を震わせた。
「ほんと、あいつ最低よね。私のところにも、少し前に言い寄ってきてさ。自分の事を名乗りもしないで、私の身体をじっと、舐め回すかのように見てると思ったら。次の瞬間、いきなり何て言ったと思う?」
彼女の見つめてくる瞳が返答を求めていた。こういった時には、なんと返答するのが正解なのか、咄嗟にシルは頭をフル回転させる。だが、制限時間内にこの問いを答えるのは、シルにとって難問中の難問。急かされるように言葉が口から出るが、それは所々詰まりながらでしか、発することができなかった。
「さ、さぁ?なんだろう。思わず、触れたくなっちゃう、とか?」
何とか頭をひねくり回して、言葉を絞り出す。我ながらセンスのかけらもない、酷い返答だと思う。いや、朝に、こういった頭を使う質問をしてくる向こうが悪いんだ。そうだ、昼とか夜に聞いてくれれば、もっと良い答えが返せるに決まってる。
「そんなんじゃ怒んないわよ。あいつね、僕の姉の方が魅力的だね、って言ってきたのよ! 主に私の胸に向かって。ほんと、信じらんない!!」
それを赤の他人である、俺に言ってくる君はどうなんだい。と、思わず出かけた言葉をなんとか飲み込む。
「そ、そうなんだ。それは、何て言ったら良いのかわかんないけど。とりあえず俺はシル。君は」
「ほんと、イラつくわ。この気持ちを抑えることはできなさそう! 私はアリア。よろしくね、朝が苦手な剣士さん」
「なっ! どうしてそれを?」
「顔に書いてあるわよ、シル君。さぁ、早く目的地まで急ぎましょう。初日から遅刻なんて、周りの人から何て言われるか、分かんないわ。第一印象って結構大事だし」
そういって、彼女は先ほどよりも速度をあげて、シルの前を歩き出した。その姿を見つめながら、シルは思わずこう呟く。
「20名の選抜者か」
目の前を歩く彼女も、何かしらに秀でていて、彼女自身の固有の能力のようなものが、生まれ持って備わっているのだろうか。もしかしたら、先ほど見せた驚異的な洞察力が、それかもしれない。しかし、
「まるで、一本の柱のようだ。体の軸がブレる素振りすらないな」
心の中で、シルはそうつぶやいてしまう。それほどまでに、彼女の歩くスピードを上げたのにも関わらず、全くブレることのない重心移動。それは、シルの身に、改めて20人に選ばれた同年代の凄さを、痛感させるものであった。
入隊式が開かれる会場は、シルの住んでいた地域(田園地帯が広がっていることからファーム地域と呼ばれている)から北上していき、ちょうどキラリアの中心部にある、と伝達されていた。現在、ざっと朝から歩き続けて、約30分は経過している。
そろそろ建物が見えてきても、おかしくない距離ではある。だが、そんな気配は一切ない。それどころか、ファーム地域の景色と代わり映えしない自然の姿が、これから先もまだまだ続いていた。
「なぁ、もうアーミーナイトの養成所が見えてもおかしくないよな」
シルの言葉に、アリアも首を縦にふる。
「事前に送られてきた、地図の位置情報と照らし合わせてみても、この辺りで間違いないはずなんだけど」
ちょっと見せて、とシルは手をアリアに指し伸ばす。地図を受け取ると、一度首をぐるりと回して、辺りの状況を確認してみる。なるほど、緯度、経度、周りの風景といい、ここがその場所で間違いはなさそうだ。
それに、よく見てみればちらほらと、シルたちと同じような制服を身に纏っている同年代の男女が、周りに見受けられる。彼らも全員が同様に、困惑した表情を浮かべながら、手元にある地図らしき紙と周りの風景との間を、何度も視線を行き来させていた。
地図が指す目的地が、この辺りを指していることは、間違いなさそう、ではある。まぁ、一向に建物が見える気配はないのだから、合ってないと言うことでもあるのだが。
彼らも、今手元にあるものと、似たような物を渡されたのだと、遠目でシルは確認する。困惑する学生の中には、奥の方に見慣れた容貌をした人物もいた。全く動じずに、どっしりとまるで大樹のように地面に座り込み、そこから一歩も動かないキノコヘアーの男が。それは、今気にすることではないのだが、なんにせよ、
「俺たちと同期の奴らがこんなにいるんだ。二人して地図の読み違いをしていた、っていう最悪の事態は避けれたな」
うっすらと笑みをこぼしながら、渡してもらった地図をお礼を添えて返し、アリアを見つめる。
「これが笑っていられる状況? このままだと、皆んなして初日から遅刻だわ」
「大丈夫。ゴールは見えているんだ。あとは、引っ張り出せば良いだけだろう?」
言い終わるやいなか、シルは腰に帯刀させている愛剣を一気に鞘から抜き、高々と天高く登る太陽に向かって突き立てる。
「な、急に何をしているの、シル!?」
「おかしいと思わないのかい、アリア」
「な、何が?」
朗らかな表情のまま、愛剣をじっと見つめて、アリアに問いかける。
「皆んなが、この場所まで来て最後に行き先を見失う、ってことがさ」
得意げなまま、シルは言葉を繋げる。
「ここに到るまでの道中。ここにいる、困った表情を浮かべている皆んなは、どうやって来たんだろうか。そうだ、僕たちと同じ様に、いま見せてもらった地図を頼りにしていたんだ。彼らも手に地図を持ってるし、これは間違い無い。でも、ここで一つ、疑問が出てくるんだよね」
少し間を置き、シルは次のように言い放った。
「僕に送られてきた封筒にはね、最初から地図なんて入ってなかったんだ」