始動
全体的に高いレンジの喧騒が籠もるバスの中、定期的に波の押し寄せる吐き気を抑え込みつつ、それを少しでも誤魔化すために、虚ろにした目でぼんやりと窓・・・・・というより、窓に付いた白いボヤを眺めていた。
もうどのくらい時間が経っただろうか、最初の希望に満ちた眼はいずこへといった表情で、俺は名も知らない山の平坦な山道を突き進むバスの窓際の席に、身を寄せて座っていた。
徐々に広がっていく木漏れ日と途端に体が沈むような感覚を覚え、退屈そうに傾げていた首が無意識に起きあがり、坂道に差し掛かったことに気付くが、その直後、俺の視線がフロントガラスのずっと先に惹きつけられた。
それを見た俺はハッとする。
「・・・・・あれが俺の学校・・・!!」ーーー
ーーー陸から学園へと続く巨大な海峡に移り、バスは進んでゆく。
ここから学園まではまだまだ遠いが、その巨大さあまり、まるでもう目前かというような錯覚を与えてくる。・・・おかげで車内の喧騒は火に油を注いだかの如く、山道の時とは比べ物にならないくらいに燃え上がっていた。隣に座っていた大人しそうな地味めの女子でさえギャルのようにはしゃぐもんだから、俺はそのギャップに後ずさりするように、もとから寄せていた体をさらに壁に寄せた。
かくいう俺も、内心ではウキウキが止まらないでいた。
数十分経ち、はしゃいでいた奴等もバテて疲れていた頃、バスは既に校門の前まで来ていた。
すると、今まで規則正しく蛇の様に並んで走っていたバスの行列が、前から順に校門前の広場の左端に横並びに並んでいった。すると、バス内のスピーカーから、バスから降りるように指示するアナウンスが流れ、各バスから俺を含む全生徒がぞろぞろと降りていった。
見回すとバスは全てで6台。バスに乗り込んだ際に19人が乗り込んでいる事を確認したから、ここにいる生徒の数は120人辺りだろう。
そして軽く周りを見ただけなのに濃い面々が視界の隅まで入ってくる。それもそのはず、今ではもう世界的に当たり前と化している先天性の超能力ーーー「アライブ」は、誰にでも宿るものなのだが、個性の強さはアライブの強さに直結するのだ。そんなここは、通常の学校では手に負えないくらいに個性の強いもの・・・つまりはアライブの強いものを多方向に育成する学園なのだ。とはいっても、ここにいる大多数が同じ方向を目指すのだろうが・・・。
数分待機していると、列になって学園内に入るようアナウンスが入り、校門がゆっくりと開くが、
統率はとれず、グチャグチャなまま入る始末となった。学園に足を踏み入れると、違和感を覚えた。
(結界か・・・それも凄まじくレベルの高いものだ)
とくに指示もないので、校門の正面をまっすぐ通る道を歩いていると、周りが段々と騒がしくなってきた。
頭の上に乗った何かを手に取って見ると少し頬が緩んだ。
・・・そこにあったのは、よくあるパーティーで見るような鮮やかで煌びやかな飾りの1つだった。
俺達を包んでいる騒がしさは、俺達を歓迎するという先輩達の温かい声だった。
もうすでに入学式は始まっていたようだ。しかし、これには部活の勧誘も兼ねているようで
(・・・これじゃ、式というより祭りだな)
と苦く笑いを浮かべた。
進み続けていると、いつの間にか先輩達が居なくなっていることに気付いた。
するとまたもやアナウンスが流れ、目の前の大噴水のある広場に留まるよう指示が下された。
周りが楽しそうに喋っている中、同じ中学の友達が別にいるわけでもないぼっちの俺は広場の隅っこにあったベンチに座り、下を向いて寝ているフリをした。
(陽キャだったりイケメンだったり、人に好かれる性格や顔した奴はいいよなぁ・・・・・ま、こんな性格だからダメなんだろうけど)
と、勝手に不貞腐れて顔を上げると、灰色のテディベアを抱えた黒いゴスロリの美少女(というか幼女)が一人分の間隔を空けて、俺の隣に座った。
(周りに誰も居ないし俺と同じ匂いを感じるな・・・あと普通に良い匂いもする。俺はロリコンでもゴスロリ趣味でもないが、やはり美少女というのは年齢を問わず目を惹かせてきやがる・・・。いやまて、ここにいるということは彼女も同じ歳・・・!?というかなぜゴスロリなんだ?指定の制服はどうしたんだ?どうしよう、声をかけるか?同じぼっちとはいえ女子に話しかけるのはハードルが高いぞッ!し・か・も、美しい少女と書いて美少女に・・・!!いや、この機会に俺も変わろう!高校生デビュー(中身ver)だ!!!
俺、いきます!!!!!!)
「ね、ねえ君・・・
「ちゅうもーーーーーーーーーーーーーーーーくっ!!!!!!!!!!」
彼女に声をかけたその時、広場中に何者かの声が響くと同時に、その場にいる誰しもが通ってきた道を抜け噴水を抜け、その先にある西洋風で豪勢な本館の玄関を見た。
「わたしのまえに、あつまれぇーーーーぃ!!!!!」
そこにいたのは、これまた幼女だった。メガホンを右手に持っている。恐らく、声の主はあの子だろう。
全員が肝を抜かれたのか、騒がしかった広場に唐突な静寂が訪れた。
数秒後、徐々にあたりがざわつき始める。
「なんだあのガキ・・・」
「迷子なのかな・・・?」
中に小さな野次が少しだけ飛ぶ。しかし当の本人はそれを気にも留めず、先程からハウリングの鳴るメガホンをコツコツと手の甲で小突いていた。そんな中、一人の男が彼女に近寄る。
爽やかでサラサラな髪に整った顔立ち。見た誰しもに自分がイケメンであるという認識を与えうるその男の登場に、一部の女子のテンションが上がっており、俺自信もそんな彼を羨ましく思っていたのだが、彼が彼女に対して発した言葉を聞いて、俺は思わず口角が上がってしまった・・・・悪い意味で。
彼は自分の左胸に右手を軽く当てた後、少し腰を曲げ、右足を後ろに引かせた。
「お嬢さん。ここは貴方のような可愛らしい方が来るほど安全な所ではありませんよ。お母さんをお探しなのでしたら、私が貴方のお母様の所までリードしてさしあげましょう」
・・・またしても、あたりに静寂が訪れた。
お母さんと呼ぶのかお母様と呼ぶのか統一されていない付け焼き刃の紳士口調に、自分に自信ありげな態度。幼女に対してリードとかいう言葉を使う彼に彼女は・・・
「キモッ・・・」
・・・引いてしまっていた。そしてそれを聞いたナルシストな彼は膝から崩れ落ちて、動かなくなってしまった。小声ではあったが、広場の隅にいる俺の耳でもしっかりと聞き取れた上に、彼を一蹴するには十分だったようだ。・・・というか、小声の方がキツいかもしれない。
そして言葉の破壊力抜群の彼女は、気を取り直すかのようにコホンと小さく咳払いをし、少し不機嫌そうな顔で持っていたメガホンを再度構え、大きく息を吸った。
「えぇい!!はやくあつまらんか!!おかげでへんなのにからまれたではないか!!!」
(えー・・・俺らのせいなの・・・?)
この場にいるほとんどが同じような事を思っただろう。
「わたしが!!この!!がくえんの!!・・・がくえんちょうじゃあああ!!!!!」
「「「・・・・えええええええええええええええ!?」」」
俺を含む全員が驚いたことだろう。なにしろこの幼女からは、この巨大な学園都市の学園長であるという風格が、1ミリも感じられないのだ。
「なぁにをおどろいておる!まいっとし、まいっとし、こうなのだ!!たしかにこのからだでは、がくえんちょうのふうかくはないかもしれないが!!というかそもそもこんなからだになったのは、あやつのアライブのえいきょうをうけて、ふろうふしになってしまったからであって、よわいはゆうに500をこえておる!!!!」
(・・・・・なんてことだ。衝撃的すぎて思考が追いつかない。不老不死にするアライブ?年齢が500歳?中学までの常識が覆される感覚だ・・・)
「いいからあつまれええええええええええ!!!!!!!!」