七話 始祖鳥ジャパン②
世界バレーが始まった。
絵里子はテレビの前に張り付き、選手達の活躍に一喜一憂を繰り返している。
「あら素敵なサーブね!」
始祖鳥ジャパンの試合を観ても、由奈は何処か落ち着かなかった。
日本バレーの最高峰。その集合体が世界を相手に戦っている。
心技体、その全てを満たした選手達に、由奈の学生時代が否応なく重なってゆく。
「男子みたいにバチバチじゃないから見応えがなぁ……」
憲三がビール片手に冷やかすと、絵里子が「黙ってて」とぴしゃり。
テクニカルタイムに挟まれるCMの度に慌ただしく家事を済ませる絵里子。
由奈はただ黙ってて選手達の活躍を傍観した。
気が付けば目が離せず、試合は3-1で始祖鳥ジャパンが初戦を白星で飾り、ニュースが始まった。
「やはり今年は気合いが違うわね」
勝利に気を良くした絵里子が、携帯を片手に自室へと消えた。
部屋からは電話の声が聞こえ、友達と先程の試合についての感想を述べ合っていた。
現役を終え、それでもバレーを愛し続ける絵里子に、由奈は何処か羨ましさを感じた。
スポーツや趣味に打ち込むようなアスリートタイプではなかった由奈だが、始祖鳥ジャパンの試合は確実に由奈の若き日の魂を呼び覚ましていた。
後は自覚の問題だけだった。
木曜日。
午後になり、トメが舞踊友達の家へと出掛ける。
根回しは既に終えている。
絵里子は笑顔でトメを見送った。
この日の夕食は由奈が作る。
絵里子は嬉々として新聞を見た。
肝心要の第二戦。相手は強豪国ロシアだ。
予選リーグは一敗たりとも許されぬ熾烈な争い。
応援なくして勝利なし。
絵里子の新聞を握る手も、ついつい力が入るのであった。
「で? メニューはどうするん?」
フリーペーパーを片手に、麻里がにこやかに問いかける。
オフィスには昼休みの緩い空気が流れていた。
「一応ハンバーグにするつもり」と由奈。
由奈から予め事情を聞いていた麻里は、面白い実家だなと静観を決めている。
「つくづく損な性格してるよね、由奈」
「分かってるわ」
由奈は頬杖を突いて深くため息を漏らした。
外は由奈の心を表すかのように、どんよりと曇っていた。
気の乗らない夕食作りだ。
ハンバーグの挽き割り肉を取り出し、由奈は眉を下げた。
人数分の夕食はそれなりの食費が掛かる。
世話になっている分喜んでやりたいところであるが、タイミング良くお肉が安くなかった。
由奈は肉と一緒にある物を冷蔵庫から取り出した。
「コイツでなんとかするか……」
人数分の引当金は絵里子から貰ってはいない。
赤字を埋める禁断の手法。
おからによる帳簿の水増し。
──肉の粉飾決算だ。
既に空腹が限界にきているトメが、頻りにキッチンに目をやっている。実にやりにくい事この上なかった。
しかし、それよりも普段よりハードな舞踊の疲れからか、瞼が少し下がっている。
そして、絵里子がお風呂から上がると同時に、憲三が帰ってきた。
「お、良い匂いだな」
「今日は由奈さんがハンバーグを作ってくれたわよ」
白々しい笑顔の絵里子に、由奈は執念染みたものを感じた。
バレーが始まると、絵里子は不動明王と化した。
そして、ようやくできたハンバーグを片手に、トメは船を漕いでいる。
絵里子が「もうお風呂にして寝たらどうですか?」と諭すと、トメはすっと立ち上がり風呂へ向かった。
本来の作戦通りであれば、夕食の前に風呂の予定だったが、そうはいかなかった。
食事にしてから風呂にしたいとトメが強く出たのだ。
廊下をふらふらと歩くトメを見て、絵里子は軌道に乗ったと、にやり口を曲げたが、八時を報せる壁掛け時計の音がトメの目を覚まさせた。
「うあ、時代劇」
その一言が絵里子の背中を凍りつかせる。
試合はサーブミスで日本が1セットを落としたところだ。
この展開はまずい。
絵里子はどうにか次の手を考えたが、すぐにどうにか出来る術は見付からなかった。