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二話 石英高校の鬼姫

 手荷物は最小限に纏めたが、家電家具の類いをどうするか。由奈は洋平の向こうに見える絵里子の機嫌を覗った。


「二人暮らしにしては多いわねぇ。ウチに入りきるかしら?」


 ちくりと小言が刺さる。

 やはり歓迎ムードという訳にはいかなかった。


「裏の物置における物はブルーシートで覆っておけばいい」


 憲三が車を動かし、レンタカーの四トン車が隙間へと詰めてゆく。

 実家へ入れた荷物は冷蔵庫と衣類、簡単な調理器具。そして洋平と由奈である。


「狭いが自分の家だと思って好きにするといい」


 かつて洋平の部屋だった場所に二人は案内された。

 壁にはポスターが貼ってあったと思われる部分だけが、真新しい色を保っていた。

 窓からは山の地肌が見え、杉山が黄色いモヤを放っていた。


「凄い花粉……」


 由奈は嘆息したが、洋平はそれが懐かしいのかやけに機嫌が良い。



 絵里子とは簡単な取り決めが交わされた。

 炊事場の使い方。風呂の順序、そしてゴミ出しについてだ。

 最近リフォームしたと思われるキッチンは、古い家に似つかわしくないくらいに磨かれており、汚すのを躊躇われるものがあった。


「ま、こんなことかしら。後はその都度説明するわ」


 その都度義母の機嫌を覗う羽目になるのか。

 由奈は重い気で「はい、お願いします」と笑顔でこたえた。



 その日の夕食は二人の束の間の同居に対する細やかな歓迎会が催された。発案は憲三である。


「由奈さんは高校は何処なんだい?」


 缶ビールを片手に頬を朱で染めた憲三が、酒臭い顔を近づけた。

 テーブルに仕付けられたホットプレートからは、もくもくと肉が焼ける煙があがっている。


「石英高校です」


 へえ、と分かったような返事がきた。

 肉を口に入れ「部活は?」と次の質問。


「バレーしてました」


「あれ、母さんも石英のバレー部じゃなかったか?」


 憲三が肉に箸をのばす。

 煙の向こうで静かに肉を焼く絵里子が「そうよ」と低い声で静かに返事をした。


「なんだっけ? 石英の……」


「鬼姫」


「そうそう」


 飲み終えた缶ビールを下に置き、次のビールを手にした憲三は上機嫌で笑った。


「春高バレー準優勝。石英の黄金時代と呼ばれた頃の思い出よ」


 由奈はすぐに思い出した。

 母校である石英高校のバレー部部室には、古臭い写真と楯が飾られており、かつての栄光が称えられていた事を。

 そして嫌悪した。あの汗臭そうながっつりとした体育会系のリーダー格が目の前にいることを。


「由奈さんは?」


「予選落ちです。メンバーにすら……」


「そう」


 静かな語り口の中、由奈は絵里子の口角が僅かに上がった事を見逃さなかった。


「ほら、もっと食べて食べて」


 独特の臭いがする肉を器に放り込まれ、由奈は引きつった笑顔で「はい」とこたえるのが精一杯だった。



 後片付けを申し出た由奈に、絵里子は「今日はいいわよ。疲れただろうから先にお風呂どうぞ」と休息を促した。

 

 言葉に甘えお風呂を頂いた由奈。

 キッチンと同じでリフォームが真新しいユニットバスに、由奈はほっと息を漏らした。

 田舎臭く汚らしい物を想像していた由奈に、ちょっとした安息が訪れたのだ。


「お風呂頂きました」


 由奈が居間へ戻ると既に後片付けは終わっており、酔った憲三がソファで死んだように眠っているのが見えた。


「お、お義父さん?」


「ほっといていいわ。こうなったら農機具でも動かないから」


 キッチンから手を拭きながら絵里子が現れた。


「明日から仕事なんでしょ?」


「あ、はい。七時には家を出ないと」


「支度と片付けは由奈さんがやるのかい?」


「え、ええ」


「そう。私もその時間には起きて支度してるから、分からないことは聞いてね」


 まるで新人とお局様のような、そんな会話。

 息の詰まるやりとりを終え「おやすみなさい」と、由奈は自室へと向かった。

 古い階段がやけに軋む。


 部屋に入ると、洋平がベッドの脇で死んだように眠っているのが見えた。

 由奈は一度だけ深いため息をついた。

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