1話 夫の実家で暮らすことに……!?
宜しくお願いします!
工期が半年延びる。
由奈はカレンダーを片手でめくりながら、受け容れがたい事実にあんぐりと口を開けた。
スマホの向こう側で施工会社の責任者が、原因から結果までをわたわたと説明している。
とても納得できた物ではなかった。
「ちょっとどういう事ですか!? アパートは既に引き払い日が決まっているんですけど」
由奈が声を荒げるが、電話の向こうでは壊れたレコードのように同じ説明がなされるだけだった。
つまり此方には責任は無い。そう言いたいのだ。
「地震なら仕方ねぇな」
帰宅後、由奈の夫である洋平は諦めるような顔をした。
洋平も仕事上どうにもならないことは仕方ないと思っており、ましてや天災相手に騒いだところでどうにかなる物でもない。
さらりとビールを手に録画していたバラエティを観始めた。
「けどさ、遅れる半年を何処で住むの!? 施工会社もそこまでの面倒は見れないって言ってるわよ! やな会社ね! だからあの営業は信用ならないって言ったじゃない!」
由奈は契約当初から感じていた不満を、此処ぞとばかりに漏らした。息を荒くし、言葉尻が上がる。
洋平は返す言葉もなく、ただただ押し黙った。
こういう時に反論しても十倍になって返ってくるのを、何度も痛感しているからだ。
「まあまあ、明日も早いから、今日は寝なよ」
いつまでも不満が収まらぬ由奈を見かねて、洋平がなだめるようにベッドへと肩を押した。
明日は洋平の実家に新年の挨拶と、新居を建てることを伝えに行くと決まっていた。
それは実に間の悪い出来事だった──。
「ならウチに泊まったらどうだ?」
義父の家で飛び出た洋平の父、憲三の台詞に冷静に嫌悪したのは二人。由奈と洋平の母、絵里子だ。
「あなた、それはちょっと……」
と口ごもらせる絵里子に対し、憲三だけではなく、憲三の両親である貞夫とトメも「是非そうしなさい」と束の間の同居を促した。
無言で拒絶を促す由奈。
しかし洋平の頭の中には半年分のアパート代と同居の手間が天秤の上で揺れていた。
通勤時間はプラス一時間。一方、家賃は安くても四万~五万。急に探して見つかるのは住み手の見つかりにくい高級アパートくらいだ。
「由奈さえ良ければ」
洋平の最悪たる一言。
最後の決断を由奈に委ねてはいるが、拒否権はほぼ皆無。押し付けに等しい。
ここで拒否することは今後の付き合いに多大なる影響を及ぼしかねない。
由奈は引きつった笑顔で「ご迷惑でなければ……」と返事をした。
「自分の家だと思って好きにすると良い」
憲三が笑いながらお茶をすする。
その隣では笑顔の絵里子が不可解なオーラを纏っていたが、その真意を計り知れたのは由奈だけだった。
「お義母さん嫌がってなかった?」
帰宅後、由奈が恐る恐る洋平に聞いた。
荷造りをしながら冷蔵庫の残り物に手をつける由奈に対して、洋平は「大丈夫だよ」とへらへらと返事をした。
共働きである洋平と由奈は休日のわずかな時間にしか荷造りや支度が出来ない為、かなり前から準備を進めているのだ。
「ほんとかなぁ……」
由奈には不安なままその日を終えるしかなかった。
冬の寒さが身に浸みる一月の終わり。
アパートの契約満期までは後二ヶ月。
四月から洋平の実家暮らしと思うと、とてもじゃないが寝るに寝れない由奈であった。