第三話 新しい婚約者
「カタリーナ」
翼の生えた小さな兎を残虐に餌食にした日、夕食の後でお父様が私を呼びました。
ここは王都にある公爵邸、お母様と弟は自室へ戻っています。
公爵令嬢である私と第一王子グレゴリオ殿下の婚約は、国王陛下によって決められたものでした。
「お前の新しい縁談が決まった」
「……はい」
グレゴリオ殿下に婚約を破棄されたとき、お父様は一言も私を責めませんでした。
第一王子に見限られるとは情けない、と怒られるのを覚悟していたのですが、優しく私を抱き締めて、泣いても良いとおっしゃってくださいました。
その言葉だけで、泡と化した王太子妃教育の苦しさが消えていくような気がしました。グレゴリオ殿下にはふたりの弟君がいらして、まだ王太子はだれとも決まっていません。けれど王子の婚約者はみな王太子妃教育を受けていたのです。
「お相手は帝国の第五皇子イバン殿下だ」
「まあ」
お父様は心配そうに私を見つめます。
「魔術学園では仲良くしていると聞いたのだが……嫌なら断っても良いのだぞ?」
「……いいえ。イバン様は素敵なお方です。お父様がご承知なら、私は喜んでそのお話をお受けいたします」
「そうか。イバン殿下は魔術学園を卒業なさったら帝国の通商を担当なさる。特にこの王国では普及していない便利な魔道具を中心に販売していきたいそうだ。そのため結婚しても年の半分は王国で過ごせるだろうとおっしゃってくれたが……年の半分離れることになるのは寂しいな」
「はい」
お父様は公爵として、毎日のように王宮へ出仕なさいます。
王宮へ嫁ぐのなら離れなくていい、とのお考えで私とグレゴリオ殿下の婚約を受け入れたのだと冗談交じりで言われたことがありました。
「弟が公爵を継いだら、お母様とおふたりで帝国へいらしてくださいな。そのころにはきっと可愛い孫も出来ておりますわ」
「なに? 孫は楽しみだが、まさかお前とイバン殿下はそこまで関係が進んでいるのか? それは許さんぞ!」
「うふふ、そんなわけありませんわ。イバン様と私は清い関係です。これまではただのお友達でしたもの」
「婚約したといっても結婚までは身を慎むのだぞ」
「わかっております」
まだ婚約を破棄される前、グレゴリオ殿下とマリグノ様がキスしているところに出くわしたことがありました。
あのときは胸が張り裂けそうに痛んだものでしたが、今は思い出してもなにも感じません。
時は流れていきます。もう裏庭の池の澄んだ水面に吸い込まれそうな気持ちになることもないでしょう。