第二話 頭から食べちゃう公爵令嬢
あれから、私とイバン様は裏庭で一緒に昼食を摂るようになりました。
グレゴリオ殿下に婚約を破棄された私にとって、ほかの場所は針の筵だったのです。
憐れむ視線、嘲る声、殿下と再構築したくて前以上にマリグノ様を苛めているという根も葉もない噂──息が詰まります。違うと声を上げても聞いてもらえないことは、これまでの魔術学園生活でわかっています。黙っていてはいけないのも理解していますが、私はもうどうしたら良いかわからなかったのです。
「……カタリーナ嬢……」
「はい?」
今日のイバン様は、来たときからずっと両手を合わせていました。
なにかを隠しているようです。
昼食を入れた袋は肘にぶら下げていらっしゃいます。
「ふたりだけの秘密だよ? 僕、この前言ってた翼の生えた小さな兎を捕まえちゃったんだ。手を離したら逃げちゃうと思うから、目を凝らしててね?」
どうせ嘘でしょう?
そう思いましたけれど、心のどこかで期待してしまいます。
イバン様が両手を開きました。そこには確かに翼の生えた小さな兎の姿があります。まあ、なんて可愛らしいんでしょう! でも、これは──
「生きていませんね」
「お菓子だよ。僕が作ったんだ、食べてみて!」
「はあ……ではお言葉に甘えて」
お菓子だというのは本当でしょう。
帝国には映像を保存して投射する魔道具があるそうですが、この兎には実体があります。木彫りの人形をお菓子だと信じて齧ったりしたら歯が折れます。
イバン様は他人を傷つける嘘はつきません。私はイバン様の手から兎を取って口に運びました。
「……美味しい」
口の中でほろりと崩れたそれはメレンゲでした。
泡立てた卵白を砂糖と混ぜて色を付けているのです。
イバン様はなぜか、ぽかんと口を開けて私を見ていました。やがて、彼は笑い出しました。
「あはは、カタリーナ嬢は頭から食べるんだ! 翼や尻尾からかと思ってたら、いきなり頭にかぶりつくからびっくりしちゃった!」
「そ、それは耳が寝ている種類の兎だったからですわ! 耳を立てている種類の兎だったら、頭ごとではなくて耳から食べました!」
「うんうん、そっか。そうなんだ」
笑い続けるイバン様に腹が立って、私は兎の残りの部分をわざと残虐に食べて見せました。
ええ、酷い女だと陰口を叩かれているくらい知っていますとも!……イバン様がそんな陰口に加わらない方だということも存じています。
色を付けるのにさまざまな果汁を使用しているらしく兎の毛皮と腹毛と翼で味が違い、バラバラで食べても美味しいし、まとめて食べて口の中で味が混ざるのも美味しゅうございました。