セイビアは仕上がらない
これは、秋月忍さま企画『冬のシンデレラ』参加作品です。
昔々のことです。
とある大陸に、武を誇るワッチョイという国がありました。
小さな領土ながらも国民全員が戦士というお国柄で、周囲の強国の侵略をことごとく退けていました。
でも、領土拡張の野心は持たず、今の土地で満足している、優しい国でもありました。
そんなワッチョイのとある貴族に生まれた、セイビアという女の子のお話です。
セイビアは幼いころに母を亡くし、悲しみにくれるなかでも、腹筋背筋腕立てスクワット100回の日課をこなす、よくできた子でした。
家は裕福とは言えず、メイドなどはいませんでした。幼いセイビアは自ら薪を割り、それを売って生計の足しにしていたほどです。
貧乏で、斧はおろか鉈も用意できなかったために、セイビアは鍛え上げた手刀で薪を割っていました。
カンナで削ったように滑らかな切り口は、薪としてばかりではなく、窓枠などの高級木材としても重宝されていました。
ですが、人のよいセイビアは、薪と同じで値段で売っていました。喜ぶ顔が嬉しかったからです。
セイビアは、大工に大人気でした。代金と一緒に、お菓子をもらったりしていました。
貧乏ならがらも周囲に愛されていたセイビアは、幸せでした。
手刀で薪を割りつつそれを売るために街を歩き回るセイビアに、母親ができました。父が再婚したのです。
母親の名はタマーといいました。そして、タマーにはつれ子もいました。長女のジルジャと次女のスリンです。
ふたりはセイビアよりも年上で、ひとりっこだった彼女は、姉ができたことにたいそう喜びました。
タマーもふたりの姉も働き者で、メイドのいない屋敷を協力してきりもりしたのです。
セイビアも、いっそう薪割に励みました。
早朝から昼までスパンスパンと薪を斬り、斬っては街に売りに出かけました。
貧乏は変わりませんでしたが、セイビアに不満はありませんでした。
むしろ幸せだったのです。
そんなセイビアに不幸が襲います。父が馬車から転落して死んでしまったのです。
葬儀の列の先頭に立ったセイビアは気丈に振る舞い、涙を見せませんでした。
参列者がさったあと、埋葬された父親の墓標の向かい「国いちばんの慎みある淑女になってみせます」と拳を握りしめたのです。
戦士こそが誉のワッチョイならではの誓いでした。
屋敷にもどったセイビアを迎えたのは、豹変した継母タマーとジルジャとスリンでした。さげすむような目でセイビアを見るのです。
彼女たちは貴族ではありませんでしたが、セイビアの父と再婚したことによって貴族の地位を得ていました。
「この家は私たちのものだよ。お前は、隣の小屋で寝なさい」
継母タマーが冷たく突き放します。屋敷に隣接する小屋は、窓もない、薄暗い小屋です。
「あんな寂しいところで寝るのは嫌です」
セイビア不満の声をあげます。
「ベッドは運んでおいてあげるわ。ほらあなたたち、さっさと運んでおしまい」
タマーはジルジャとスリンを呼びました。取りつく島もありません。
ジルジャとスリンがセイビアのベッドを運びはじめました。こうなってはセイビアにはとめられません。
悲しい思いで、運ばれるセイビアの私物を見ているしかありませんでした。
それからは地獄のような日々でした。
セイビアは、何もない小屋で腹筋背筋腕立てスクワット100回の日課をこなすしかないのに、姉たちは、近代的なジム器具で魅力的な肉体を築いていたからです。
屈強なキコリが肩に乗ってるような、それはそれは見惚れる筋肉でした。
「筋肉だけ貼り付けても、実戦では贅肉でしかないの。それが、わからないの?」
セイビアはうらやましい気持ちを封じ、強がりました。
セイビアは日課と、そして手刀による薪割を続けました。
雨の日も風の日も猫が降る日も、辛抱強く続けました。
セイビアにはそれしかなかったのです。
薪を売りに街へ出たセイビアは、爆走する馬車に遭遇します。
危うく轢かれかけたその馬車の窓に、男の子を見ました。
あどけない顔の、優しそうな男の子でした。
「なんだい、こんな狭い道を急ぎやがって」
「おい、そんなことを言うと縛り首だぞ」
「あれはこの国の王子マッスール三世だ」
「最強のショタと噂のか! 俺、やべェな」
道行く人が文句を言っています。みな、轢かれそうになっていたからでした。
セイビアは初めて見た王子に、ぽやーっとなってしまいました。
いつも顔を合わせる男といえば、むさくるしい大工だけ。
可愛がってくれるとはいえ、おっさんです。
「あれが、マッスール王子様……」
セイビアは可愛らしい王子に一目惚れでした。
薪を売り、僅かなお金を手にしたセイビアは、上の空で屋敷に戻りました。
「あぁ、可愛い男の子……ショタ。ショタって言うのがコレなのね」
慎ましいふくらみの胸を、初めての恋心でいっぱいにしたセイビアを出迎えたのは、継母タマーのショッキングな一言でした。
「明日、マッスール王子の元服お披露目舞踏会がある。貴族たる私たちは行かなきゃならない。お前はお屋敷でお留守番だ」
なんてことでしょう。王子様のお披露目があるのです。しかし、言い渡されたのは非情なお留守番。
「鍛えに鍛えしこの身体。王子の目に留まればたちまち我の虜になるであろう」
「お姉様、それは違いますぞ。このわたくしのふくらはぎの魅惑に抗える殿方などおるはずがない。王子はわたくしのものです」
ジルジャとスリンは、自らの肉体を見せつけ、鼓舞します。
セイビアは、悔しくてギリと歯を鳴らしました。
わたしだって、お城の舞踏会にいきたい。
ですが、セイビアの身体の仕上がりは、あきらかに姉たちに劣っていました。
テフロン加工のようにテカテカの姉たちに対し、セイビアは冬に凍えるクワガタのようです。
戦闘力なら負けないのに。
セイビアはひとすじの涙を流しました。もちろん、三人には見えないようにです。
セイビアは、枕を濡らした夜を過ごしました。
翌日、ピッチピチの白いレオタードで着飾ったジルジャとスリンが、武具を片手に颯爽と馬車に乗り込んでいきます。
舞踏会はお昼から、夜を徹して行われるのです。
セイビアは、羨望と屈辱にまみれた瞳で、姉たちを見送ります。
くやしい、くやしい。
わたしだって、わたしなら、わたしこそがショタ王子様に相応しいのに。
反芻する気持ちはエスカレートを招き、セイビアの心を三段活用でヒートアップさせていきます。闇のバタフライ効果です。
手刀で薪を割りまくり、小屋の周りを薪で埋め尽くしてしまっていました。
「おやおヤ、いけない娘だねエ」
「ッ!」
背後から声をかけられ、反射的かつ振り向きざまに繰り出したセイビアの手刀が、ヒュボッと空を裂きます。
セイビアの手刀が生んだソニックブームで上半身を一刀両断されかかっている魔法使いのおばあさんが、そこにいました。
「危ないねエ、なんとか致命傷ですんだからいいものノ、ワタシじゃなかったら死んでたところダ」
「背後に回るのが悪いんです。でも、背をとられたわたしも悪いですね」
怒りに燃えているセイビアは悪びれずに言い切りました。しかし、戦場で背後をとられるなど不名誉でしかありません。
そこは真摯に反省するセイビアです。
「うホッ。噂通りのイイ娘じゃないかッ。そーんなイイ娘ニ、ご褒美を持ってきたのサ」
魔法使いのおばさんは持っていた杖を振りかざします。
ボフンと煙が立ち、質実剛健なカゴと、その前後に立つ屈強なカゴかつぎが現れました。アルカイックスマイルで穏やかに佇む紳士に、セイビアはちょっと引きました。
可愛い王子様は弩ストライクでしたが、おっさんはお断りです。熨斗をつけて送り返したいくらいです。
「いまからこの高速カゴを飛ばせば三分でお城につク。そこからはお前の力次第サ、フヒヒッ」
魔法使いはもう一度杖を振りました。
セイビアのみすぼらしい服が、白鳥の様なロングスカート付純白レオタードとピンクのリボンをあしらった〝見せドロワーズ〟に変わっていました。
ボサボサの髪も後ろできゅっと結われたひっつめ髪型になって、ほんのり油を乗せた、テカテカ艶肌になっているではありませんか。
まるで別人です。
「こ、これはッ!」
セイビアは驚きを隠せません。同時に感激に打ち震えていました。
ぎゅっと拳を握れば、ミキミキと腕の筋肉が軋みます。
肉体のコンディションは、この日のために塩抜きをしたかのように極上の仕上がりでした。
「ふフ、この魔法は日付が変わると同時に切れル。それまでに王子を陥落させるんダ」
魔法使いが笑います。
セイビアは不審に思いましたが、そんなことは後回しでした。
頭の中はキュートな王子でいっぱいなのです。恋する乙女は盲目でマグマなのです。
「おまかせになって!」
セイビアはカゴに乗り込みます。
中年マッチョが「マイドアリー」とマッシブにカゴを担ぎました。地面をえぐるダッシュを決めたマッチョは、風のように走ります。
エッホエッホと秒でお城についたセイビアは、舞踏会が開かれている中庭に駆けました。
目に入ったのは、四角い舞台と、そこで武を舞う数多の女性たちの姿でした。
周囲には観客と思われる男たち。舞踏会に参加してくる令嬢らを見定め、もしかしたら手籠めにする為なのかもしれません。
「わたしは、そう簡単に、手折られないッ」
セイビアは大地を蹴り、跳躍します。
体が軽い。いける。
セイビアのアドレナリンはドバドバです。
スカートをなびかせ、見せドロワーズをあらわに、戦場に舞い降りました。
「王子様はわたしのもの。邪魔だてするなら日サロ行きをお覚悟あそばせ」
舞台で死闘を繰り広げていた令嬢どもに、セイビアは啖呵を切りました。日サロで肌を小麦色に焼き直して来いという挑戦状です。
ギラつく視線がセイビアを襲います。
猛獣の檻に放り込まれたウサギの気持ちが理解できる状況でしたが、セイビアは不遜に嗤いました。
「いらしても、よくってよ!」
セイビアは腰を落とし、構えました。令嬢たちは武具を手に、ゆらりと近寄ってきます。
相棒すら持たないセイビアをあざ笑う令嬢もいました。けれどセイビアは気にも留めません。
セイビアの相棒は、この手刀なのです。
「イーーッヤ!」
青竜刀を振りかざした令嬢が突進してきます。セイビアはひらりと躱し、彼女の後頭部に手刀を落とします。
「戦場において猪突は愚の骨頂。死ぬ前に気がつけて良かったとお思いになって」
からんと乾いた音で舞台に転がる青竜刀。意識を失った令嬢を、セイビアは舞台の外に放り投げます。
「次」
パンパンと手を叩いたセイビアが睥睨すると、令嬢群の後ろから、槍を携えた長女ジルジャが歩んできました。
「どこの野良令嬢かは知らぬが、我の王子様を誑かす不審な女は、お前か」
ジルジャが槍を構えます。それはそれは見事な構えで、アリンコが付け入る隙もありません。
手刀と槍。リーチの差は歴然です。
ビールと発泡酒ほどの差があります。のどごしだけでは埋まらない差があるのです。
ですが、セイビアに退却の文字はありません。
「いつから貴女の王子様だと、錯覚していらしたの?」
片眉をあげ、ジルジャを挑発します。
ジルジャは眦をアゲアゲに怒ります。
「我は憤怒怒髪天! ポテチでもそこまでイケイケではないぞ!」
ジルジャが吠えました。心理戦はセイビアの勝ちのようです。
雄たけびを上げて槍を突き出してくるジルジャに、セイビアはほくそ笑みます。
舞うように繰り出した手刀は、ジルジャの槍を上からたたっ斬ります。
「なん……だ、と?」
ネギのようにすっぱり斬られてしまった愛用の槍を見たジルジャは、戦慄きます。
「良い顔ですわ」
絶望に染まるジルジャの顔に、セイビアはにこりと笑みを見せました。
だがしかし、セイビアは地を這うダッシュをもって、一瞬でジルジャの懐に入り込みます。
セイビアが手刀を振るうと、ピッチピチのレオタードがビリビリに裂けてしまいました。
あらわになるジルジャの玉の肌。彼女の見事な肉体にどよめく観客に向け、セイビアは告げます。
「これほどまでに仕上げた肉体でも、わたしには通用いたしませんわ」
右手を天に突き上げ、高らかに勝利宣言をしたのです。
令嬢たちは意気消沈です。圧倒的に有利と思われた槍が、あっさりと敗北したのですから。
勝ち誇るセイビアと沈痛の面持ちで膝をつく令嬢たち。その中にはヌンチャクを握りしめる次女スリンの姿もありました。
尺の都合で活躍をスキップされたショックもあるのでしょう。涙を禁じ得ない光景です。
「ふふ、私に挑もうという勇者はいないのですか?」
セイビアが静かに語りかけます。
独り勝ちに、アドレナリンどころかドーパミンもセロトニンもヒスタミンもドバドバ状態のはずですが、興奮を通り越して冷静に戻ってきているのです。
「お姉さんは、お強いのですね」
セイビアの背後でカワセミのような可愛らしくも鋭い声がしました。
背後を、とられた?
セイビアは振り返ると同時に後ずさります。
「びっくりしたお顔も素敵です。それよりも、ぎりぎりまで絞られたその鯱のようなマッスル、枯れ枝かと思いきやタングステンだったその右手。お姉さん、野良令嬢じゃないですね?」
にこやかにほほ笑む王子様がそこにいました。
唐突に出現した魔法使いは仕方がないにしても、まさか王子様にまで後れを取るなどと、セイビアは信じられない思いでした。
「あれ、悔しそうなお顔もキュートですね。僕のハートもズッキュウゥゥンです」
王子様の言葉にセイビアはハッとしました。
戦場では無表情が鉄則です。敵に感情を読み取られることは、すなわち死を意味します。
王子様は、セイビアの心情が手に取るようにわかっていることでしょう。
今のセイビアは、油断しきって風呂上りで裸でくつろいで珈琲牛乳を嗜んでいると同義でした。
「……自惚れてしまっていたようですわ」
セイビアはスカートをつまむと、見事なカーテシーを見せました。
貧乏に貧乏を掛け合わせた弩貧乏でも、貴族です。自らの失策を見逃してくれる紳士には礼で返さねばなりません。
そして心の底から王子様にハートを鷲ずかみにされてしまったのです。
「それはよかった」
王子様がすっと手をあげました。何気ないしぐさに、誰もが油断していました。
上空から降ってきた巨大な鉄鎚が、王子様の手に収まったのです。
「な……」
セイビアはかろうじて無表情を保てました。
明らかに王子様の身長を超える、体重の百倍はあろうかと思われる、大鉄鎚。
そんな武具を、玩具のように振り回しているのです。
無垢に見えても、幼く見えても、武を誇るワッチョイの王子です。
見かけに騙される令嬢など、彼の敵ではないのです。
「ぼくと踊ってお姉さん。お姉さんが勝ったら、僕のお嫁さんにしてあげるよ?」
爽やかな笑顔に欺瞞された感情。
明らかに格下に扱われ、セイビアのお腹にどす黒いナニカが生れます。
服従させてペロペロでクンズホグレツしたい。あぁ、したいったらしたい。
黒い感情に支配されつつあるセイビアは、ゴキゴキと指を鳴らしました。
王子と令嬢が微笑みあいます。
観客はかたずをのみ、誰も止めることはできない空気です。いま間に入ったら瞬殺にされてしまうことでしょう。
サクリサクリと散策するように、ふたりは無造作に間合いを詰めていきます。
先手を取ったのはセイビアでした。我慢しきれずに一歩を踏み込んでしまいました。
「甘いよ!」
王子様はハンマーを担ぎ、その柄で払うように横薙ぎし、セイビアの手刀をさばきます。
セイビアは大きくバックステップで逃れますが、大鉄鎚が創り出した旋風によって、スカートが切り裂かれてしまいました。
あらわになる見せドロワーズに、王子様の頬が朱に染まります。
今日が元服、すなわち大人になる日です。その辺はまだまだお子様でした。
「……邪魔ですわね」
セイビアは役目をはたしていないスカートをはぎ取りました。見せドロワーズがあるとはいえ、抜き身の刃のような脚線美が露わになり、その美しさに失神する令嬢が出始めました。
王子様もドキドキが隠せていません。セイビアは、ちょっと嬉しくなりました。
「さぁ王子様、踊りましょう」
「うん、やろう」
ここからは獣の領域でした。
踊るように大鉄槌を操る王子様に対し、セイビアは軽やかなステップでほんろうします。
間合いを詰めてはすれ違い、距離をとっては惹かれあう。まるで、舞踏のようでした。
観客はその様子にうっとりとしています。
「楽しいですわ」
セイビアがうわごとのように漏らせば、王子様もつぶやきます。
「楽しくて時間を忘れるね。この時間がずっと続けばいいのに」
セイビアと王子様は、互角の勝負でした。
高かった陽が傾き、夜の帳が下りても、ふたりの輪舞は終わりません。
高揚したふたりに周囲の言葉は届かないのです。
しかし、時間は無情です。
夜の十二時を告げる鐘が鳴り始めました。このままではセイビアにかけられた魔法が解けてしまいます。
舞踏に酔いしれていたセイビアですが、ハッと我に返りました。
「せっかくの楽しい時間ですが、ここまでのようです」
セイビアの顔が悲しみに染まります。
「まだ舞踏は終わっていないよ」
王子様が叫びます。鐘がまたひとつ鳴りました。時間がありません。
「ここは私の負けでよいですわ、王子」
「そんな悲しいことを言わないで!」
また鐘が響きます。王子の言葉にもセイビアは踵を返してしまいます。
「待って!」
王子がダッシュを決め、先回りしました。逃がしてはくれないようです。
鐘がまた鳴ります。まるでセイビアの悲鳴のようです。
大鉄鎚を頭上に掲げ、いまにも必殺技を繰り出そうとしている王子に、セイビアは呟きます。
「敵前大転回ですわ」
セイビアは脇をしめ、半身になり、右手を引き絞ります。
王子の瞳が妖しく光りました。
「ワッチョイ王家に伝えられし一子相伝の秘技、全力全開ハンマー」
風のような速度で振りおろされる大鉄鎚に、セイビアは標準をあわせます。
「ここッ!」
セイビアの手刀が動きました。光の速度で大鉄鎚に吸い込まれます。
ゴシュッ!
おおよそ金属が発しない音で、大鉄鎚にセイビアの手刀がめり込みました。
セイビアの右ひじまで、大鉄鎚に入り込んでいます。
王子様の表情が一変しました。無理もありません、必殺の大技がカウンターされたのです。
「これで、終わりです!」
セイビアが右腕を捻ると、パキンと夜空を割るような透明な音で、大鉄鎚が真っ二つになりました。
「そ、そんな馬鹿な……」
ガクリと膝をつく王子に、セイビアは背を向けます。
「この楽しかった時間は、一生、忘れません」
セイビアは駆けます。邪魔な木々を手刀で薙ぎ払いながら。
悲しく響く鐘の音を背に受けて。
「さようなら」
セイビアの姿は闇に消えました。
少しすると、ドヤドヤとお城の家来衆が集まってきます。
愕然と項垂れている王子ですが、その視界に入った、割れてしまった大鉄鎚を手に取ります。
「こ、これは」
大鉄鎚には、くっきりとセイビアの腕型が残っているではありませんか。
王子の顔が明るくなります。
「この右腕にジャストフィットする女性を探す出すんだ。ナルハヤで!」
「ハハハハィィィ!」
お城の家来たちはチリジリになって走っていきました。
翌朝、なにごともなかったかのように、セイビアは薪を割っていました。一生分の楽しい思い出を、胸にしまいこんで。
そんな普通ないちにちが始まろうとしている、穏やかな空気を、馬蹄が木端微塵に砕きます。
「この鉄鎚に残された腕型と一致する娘を探しているッ! 心当たりのあるものは出頭せよッ!」
そう叫ぶ、お城の家来たちが街を走り回っていたのです。
継母のターマは色めきだちます。
万が一でも娘のどちらかが当てはまれば、王国ゲットだぜができるのです。
「その娘はここにいます! こっちにいらして!」
継母ターマは叫びます。呼び止められた家来たちはぞろぞろと屋敷に列をなしました。
「さぁ、お前たち、やっておしまい!」
「わかっております、まずは我からだ」
長女のジルジャが半分に割れたハンマーに腕を添えますが、明らかにサイズオーバーです。鍛えあげられた美しい身体が仇になりました。
「チッ。次、スリン!」
「望むところですわ」
スリンがぬっと腕を伸ばしますが、比較するまでもなく、太すぎるようでした。
「ちと違うようですかな」
家来が苦笑しています。セイビアはその様子を、息をのんでい見ていました。
その腕型の主は自分だと、王子様と天にも昇る武闘を繰り広げたのは自分だと、言いたかったのです。
「おや、あちらにも娘がいるではないか」
お城の家来のひとりが、セイビアを見つけました。
継母ターマの肩がビクリと揺れ、ギギギと錆の利いた音を奏で、セイビアの方に首をまわしました。
「お前の出番はまだ先だよ!」
「いいえ、わたしも、試します」
セイビアは確信犯的な笑みを浮かべます。昨晩、大鉄鎚を裂いたのは、誰あろうセイビアなのですから。
「では、どうぞ」
家来に促され、セイビアが腕をあてがうと、なんということでしょう、吸い込まれるようにぴたりと合致するではありませんか。
「おおお!」
「キタコレ!」
「発見ボーナスゲットだぜ!」
家来たちは大喜びです。
茫然とする継母ターマをしり目に、家来たちにワッショイされたセイビアは、そのままお城に連れ込まれました。
「むむ、昨日に比べるとやや元気がないが、その顔、その右腕、間違いない」
お城の謁見室でセイビアと再会した王子様は、パンパンと拍手をしています。
「せひ、ぼくと結婚を……」
「ちょっト、まったァ!」
王子様がセイビアの手を取り、いまにもハッピーエンドの字幕が出ようという時、あの魔法使いが現れたのです。
「そーの娘ヲ、そこまで美しくしたのハ、ワタシサ! ということはだよヨ? ワタシはソイツの母親も同然ということサ!」
魔法使いが杖をフリフリ演説をし始めました。
「ようするにダ、ワタシハ、この国の王子の妃の親、すなわチ、この国の王、ぶっちゃけるト、支配者になるんだヨ! ほらほラ、さっさと跪くんだヨ!」
魔法使いが杖でガンガン床を小突きます。
セイビアと王子様は顔を見合わせました。そして小さく頷きます。
「ふたりの初仕事がコレでごめんね」
眉尻を下げた王子様が横に腕を伸ばしました。
ズシンと天井を突き破って、超巨大な鉄鎚が落下してきます。思いっきり地面を叩いたら地震が起きそうな大きさです。
王子はこともなげにソレを掴みました。
「いえ、さっさと片付けて結婚式をあげましょう」
セイビアが右手を掲げ、宣言しました。
ふたりは秒で魔法使いをアハンした後すぐに血婚式を挙げ、仲睦まじく毎日戦っていたそうな。
めでたしめでたし。