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鶴舞  作者: 神山雪
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序 タンチョウが湖水に降り立つ時


 荷物はボストンバックとスーツケース一つずつ。

それらを持って釧路たんちょう空港の外に出ると、雪がそれなりに残っていた。3月の釧路は降雪量こそ減るものの、全然温かくない。北海道に本格的に春が訪れるのは、ゴールデンウィークの頃だ。今更ながら履いている靴が気になった。ところどころ雪が凍っていたり、逆に溶けかけてべしゃべしゃになっている。靴には溝がそんなにないから、歩いているうちに滑らせてしまいそうだ。

 荷物の量はこの街を出た時と変わらない。そんな俺を13年前に、10歳でこの街を出る時にはなかったタンチョウ鶴が、久方ぶりに帰ってきた俺を迎えてくれた。この空港のシンボルのようだ。


 それにしても、少しあれが恥ずかしい。あれ、というのは空港の外壁についた懸垂幕だ。「05年世界フィギュアスケート選手権出場 堤昌親」と写真付きででかでかと貼られている。俺にとっていい思い出のある大会ではないし、今はもうトリノ五輪も閉幕して、06年の世界選手権が1週間後に始まろうとしていた。誰に言えばいいのだろう。市の職員だろうか、空港の従業員だろうか。


 タクシーを捕まえて告げる行先は、2か所。まずは花屋。そこで花を買い、次に実家で降ろしてもらう。

 今年の1月に横浜の師の元を離れると決めて、最初に行ったことは、故郷に戻るにあたって必要なものと不必要なものを分けることだった。必要なものは実家に送るか、スーツケースの中に。いらないものは処分するかリサイクルショップに。私物を整理しながら、師の家にずっと下宿して、家電製品はなかったとはいえ、数年住めばそれなりに物は増えるものだと驚いてしまった。


 北海道釧路市内。特徴のない一戸建て住宅。父が30年ローンで買ったと知ったのは高校生になってからだった。


 実家に着き、インターフォンを鳴らして出迎えたのは母だった。


「お帰り、昌親」


 母は俺の顔を確認して、口角を上げる。

 家を出た時、俺と母の背丈は変わらなかった。今は母の頭が俺の肩ぐらいで、見下ろすかたちになる。母は笑うと少し、目じりにしわが出来るようになった。それだけ長い時間、俺はこの家にいなかったのだと思い知った。数年に一度実家に帰るだけだと、わからないことは沢山ある。

 それは母にとっても同じなのだろう。まさか一人息子が、小学校で家を出るとは思わなかっただろうし、主に息子を知るのがテレビの向こう側になるとも思わなかっただろう。


「ただいま」

「お帰り。……あら嫌だ、さっき言ったわね。年取ると同じ事何回も言っちゃうんだから。さ、早く上がりなさい。そろそろ父さんも帰ってくるから。今までの話をたっぷり聞かせて頂戴ね。その前に、まずお義母さんに手を合わせてね」


 ……気まずくなるのが少し不安だった。しかし、母の笑った顔を見て、それが杞憂に終わった。母の話を聞きながら、杞憂で終わってくれてよかったと、心の底から安心した。



 荷物を置いて花屋で買った花を供え、鐘を鳴らして仏壇に手を合わせる。位牌の数は三つ。見たことのない、じいさんの親父さん。じいさん。そしてばあさん。

 供えた花は舞鶴草。だいぶ季節外れの花だが、奇跡的に花屋に置いてあった。

 仏壇に備わった引き出しを開けた。


 横に置いた箱を開けた。若干のかたちは違えども、すべてが円形で、すべてに紐がついて首に下げられるようになっている。メダルだ。全部で30個ぐらいあるだろうか。一つ一つ確認して、引き出しの中に入れていく。これは初めての全日本ノービスAで優勝した時のもの。これは初めての全日本選手権で優勝したときのもの。これは世界ジュニアでの銀メダル。初めてグランプリシリーズで獲った銅メダル。これは台北で開催された四大陸選手権の金メダル。これは……


 04年世界選手権の銀メダル。


 身内で、一番俺を応援してくれたのは祖母だったと母は言っていた。俺が今までアスリートとして競技人生を送れたのは、両親の理解もあるが、祖母が最初に後押ししてくれたのも大きい。帰る前に母にメールし、仏壇の引き出しをひとつ空にしてくれと頼んだ。今まで獲ったメダルは、遠くからでも応援してくれた両親と祖母の近くに置いておきたかったからだ。


 線香のにおいが空気中にほそい線を引く。たった二本火をつけただけなのに、ずっと前からそのにおいが支配していたかのように思えてきた。


「もう、指導者とプロとしての活動を始めるの?」

「2週間後にアイスショーがあるから、また東京に行くよ。指導者にはなるけど明日はリンクに顔見みせるだけ。一度下見をして来ようと思ってさ」

「そっかそっか。あのリンク、まだ続いているのよね。昌親が戻れば、もっと活気が出てくるんじゃないかな」


 そういう思惑もあるだろう。俺の名前も少しは知れている。そして今は、空前のブームが来つつある。空前の……フィギュアスケートブームだ。


 フィギュアスケートは「お金のかかるアマチュアスポーツ」だ。近くにリンクがなければ始めるきっかけも持てないし、そして、始めたら始めたで、レッスン料も振付代、衣装代からリンク料までばかにならない。子供にちょっと習わせるにはハードルの高いマイナーなスポーツで、知り合う機会にも恵まれていないのがフィギュアスケートだろう。俺が現役の頃は、メディアもマスコミの数も少なかった。


 しかし今年。2006年の2月。一人の日本人五輪チャンピオンが誕生した。


 表彰式で円盤型の黄金メダルを掲げた彼女は、トリノはパラヴェーラのリンクでひときわ輝いていた。音を立てず舐めるように滑り、完璧なスパイラルでリンクを一周。4分の演技で見せたのは、誰よりも残酷で誰よりも美しいトゥーランドット姫がそこにいるという、卓越したスケート技術から生み出される圧倒的なリアリティだった。

 彼女の金メダルは様々なところで日本に影響をもたらした。金メダル、という効果は非常に高く、五輪後は彼女の演技が何度もテレビでフィードバックされ、「次大会バンクーバーのメダル候補!」として次世代のスケーターも注目されるようになった。テレビを付ければ毎日のようにフィギュアスケーターが飛び出すようになる時代がくるなんて、十年前の俺に言っても信じてはくれないだろう。今だって半信半疑なのだから。


 また、これから様々なアイスショーが日本で開かれるらしい。ショーだけではなく、大会には巨額のテレビスポンサーも付くらしい・・・という噂もあるほどだ。


 俺も、その恩恵を少し預かろうというところだ。彼女ほどの実績はないが、スケート界ではそれなりに名前のある人間にはなれた。海外のスケートショーからのオファーもある。暫くは氷の上の世界で仕事をすることが出来る。

 ありがたいことに。


「昌親。その花……」

 母が、仏壇の花に目ざとく気が付く。

 ばあさんの仏壇に、舞鶴草を鉢ごとおいてしまったのだ。

「あ、鉢じゃダメだったっけ?」

「いやそうじゃないし、ダメじゃないんだけど。懐かしいな……」

 母が目を細める。

「懐かしい?」

「実はお義母さんが、この花見ながらこんなこと言っていたのよ。――チカが滑っている姿は、まるでタンチョウみたいだって」

「ばあちゃんが?」

「ええ。昌親はなんでこの花持ってきたの? 今は季節じゃないでしょ。お義母さんがこの花好きだって知っていたの?」

「知っていたし、ちょっとした縁があったんだよ」


 ――真夏の釧路湿原。舞鶴草。……音の神のような。小さい少年。


 母は小さく微笑んだ。ふわりと醤油の匂いが広がった気がする。

「挨拶したら早くおいで。話も聞きたいし、ご飯になるから」


 居間がにわかに騒がしくなる。父が帰って来たらしい。引き出しを閉めて仏間を出た。暫くは実家のある釧路を拠点に活動をする。本州や海外で仕事があっても、ここに戻ってくる。ずっと離れていたのだ。生まれた町街に少しは貢献したいとか、今まで家にいなかった分、家族と一緒にいようとか。そんな殊勝な思いが多少なりとも俺の中にあったのだ。


今日は母が、夕飯に俺の好物をふるまうと張り切っていた。並んだのは、ザンギとじゃがバター。大根の煮物。こどもの頃の俺が確かに好きだったものだ。母親の中で俺の好物のデータは小学生の頃から更新されていない。ここ数年は体重管理のため、揚げ物も炭水化物も最低限に避けていた。

 なんとなく懐かしい気分になりながら、久方ぶりの母の手料理をほおばった。


 翌日は長年の習慣で5時に起きてしまった。自室にある子供用のベッドではさすがに眠れる気がしなかったので、仏間に布団を敷いて眠った。部屋のベッドをこれからどうしようかと少しだけ考える。


 ジャージに着替えて、昨日の残りの煮物があったからそれを鍋のままつつく。


 早起きが長年の習慣なら、早朝練習も習慣だ。煮物を2口ほどつまんだ後、布団を片づけた畳の部屋でストレッチをする。足を開脚させてぺたりと畳に額を付ける。バレエダンサーのように180度開脚はできない。せいぜい160度といったところだ。それでも男子スケーターの中では体は柔らかいほうだと褒められたことがある。

 深海を潜るかのように呼吸を繰り返す。


 そうして外に出る。競技はもう出なくても、スケーターとして最低限の体力だけは維持しなくてはならない。ショーだからといってジャンプを飛ばなくてもいい訳ではないし、一つのプログラムを滑るだけで大量の体力が奪われるのはプロだろうがアマチュアだろうが、違いないからだ。それに、好きなトリプルアクセルを、出来る限り長く飛んでいたかった。


 あたりはまだ暗い。3月の雪は氷点下の気温を受けて凍っていた。アスファルトに、歩く人間を滑らせようと薄い氷が必死に張り付いている。数回足の裏でたたく。凍り具合から、走れないこともないと判断し、足を動かし始める。


 ジャージのポケットの中にはIpodシャッフルが入っている。Ipodは2つ持っていて、ランニングや歩くときは、シャッフルを使うようにしている。イヤホンはお気に入りのもの。Ipodもイヤホンも、「ただ好きな音楽を適当に聴くためのツール」ではなく「単調な練習を彩るための大切な相棒」だ。

 音に任せて足を動かすうちに、闇に潜っていた街がオレンジ色の色彩を宿しだす。闇を晴らすのは、東から生まれる。一日の始まりを告げるもの。

 白いシルエットに目を奪われて足を止めた。


 夜明けの音が聞こえてきそうだった。濃淡な橙。濃淡な紺。その隙間は白けている。朝と夜の境界線。その隙間に入るのは、神の使い。

 

 タンチョウが飛び去って行く。夜を超え、始まりに向かって。

 湿原の神が羽ばたくさまは、暁を浴びて神々しいほどだった。


 ああそうだと思い出す。

 このタンチョウを見ながら、俺は世界と戦う道を選んだのだ。



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