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[chapter:8]

[chapter:8]


「あのときの私には、結局、彼女の気持ちは理解できませんでした」

 その声で、目が覚めた。

 驚いて飛び起きると、そこは俺の部屋で、そうだ。と、記憶が一気につながった。

 最近はひなたちゃんの夢で、睡眠がきちんととれていなかったのか、今日は休みだというのに、お昼を食べた後ぐらいから記憶が途切れている。

 どうも床で眠ってしまっていたらしい。

 シンはまっすぐ立ち、俺のことをじっと見ていた。いや、正確には、起き上がった俺の背中にしがみついて、その視線から隠れるようにしている少女、ひなたちゃんの思念を見つめている。

「――……気がつかず、すみませんでした」

 シンはぼそぼそと謝罪の言葉を口にした。

 それは、その思いにか、あるいは、ひなたちゃんの残留思念に気づかなかったことについての謝罪なのか、見当がつかなかった。

「貴女は、むつきに私の気配を感じ取ったんですね」

 そう言われて、最初に出会ったときの違和感を思い出す。

「――……ああ」

 思わず納得して、声をあげる。

 彼女が、シンを避けようとした仕草は、嫌っていたのではなく、きっと恥ずかしがっていたんだろう。

 それから、ここに来てからノートに描いていた絵。あの黒い服の落書きは、シンに似ているどころか、本当にシンだったんだろう。

「会いたかったんだね」

 俺の言葉に、少女が俺の背中から手を離し、小走りにシンの元へと走り、そのまま抱き着いた。

 壊れ物に触れるように、シンは少女の頭を撫でながら、ゆっくりとその場に片膝をついた。

「すみません」

 シンが小さくつぶやいた。

 背後の掃き出し窓からは夕日が差し込んでいて、レースのカーテン越しに夕暮れの気配が迫っていた。


「――……いいの、ありがとう」


 小さな声は、あの夕暮れの記憶の続きのようだった。

 太陽が傾きを増して、近くの建物に遮られて日差しが途切れる。ふっと室内の暗さが増して、室内の明るさの変化にめがくらみ、そして、


 ひなたちゃんの姿が、消えていた。


 シンは静かに立ちあがり、ひなたちゃんがいたあたりに顔を向けて、ただじっとしていた。

 その胸元では、シルバーのネックレストップが揺れていて、罪悪感のようなものを感じて、そのネックレスから視線を逸らす。


「――彼女は、私に好意を持っていたんですね」


 その言葉に、どう返事をしようか迷う。


 迷ってから、


「そうだね」


 静かに同意する。

 それが、この死神に感情とはどういうものか教えてしまう行為であるとわかっていても、俺は彼女の気持ちを伝えたかった。


「気がつきませんでした」


 そんな言葉に、思わず小さく笑ってしまう。


「だろうね。シンは人間の感情の機微に鈍すぎなんだよ」


 そう言いながら、唐突にぼろっと涙がこぼれて、自分でも驚く。


 その理由は自分でもよくわからない。むつきちゃんの死への悲しみか、それとも、自分の死についての恐怖か、それとも、それ以外のなにかか、あるいは、それらすべてか。

 堰を切ったようにぼろぼろとこぼれる涙は止まらない。

 ただうつむいて、必死に我慢しようとする。

 思考はなにひとつまとまらない。

 ただ、涙だけがこぼれてぽつぽつ落ちてゆく。


 シンが歩き、衣擦れの音がくれなずむ部屋に響く。


「う、……っく」


 ひ。と、小さく息を飲む。ぽすん。と、シンの手が頭に置かれて、そのままシンがすとん。と、その場に座った。


「――泣かないでください」

「――……な、ないて、ない」


 見え透いた嘘は涙声で、そのまま頭を包むように回された腕に抱きよせられて、シンの胸元に顔をうずめて、こぼれそうになる泣き声を必死にこらえる。


「相変わらず人間は、」


 ――訳がわかりませんね。


 シンのその口癖みたいな言葉は、その内容に反して、ひどく柔らかくて、ひどくあたたかく、


 俺は自分でもよくわからない感情のまま、部屋が暗くなるまでシンにしがみついて息と声をこらえながら泣き続け、


 驚くべきことにシンも、俺の感情を受け止めるように、ただじっとして、


 そうしてただひたすらに、暗くなる部屋の中で、時間だけが過ぎて行った。


終。

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