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[chapter:6]

[chapter:6]


「彼氏へのプレゼント、シルバークレイにする」

 美術部の友達に相談したら、いっしょに作ろうよ。と、盛り上がり、部室や道具も間借りさせてもらえることになったらしい。

 文化祭の試作品作りという名目で、私的利用の権利をもぎ取ってきた友達が笑顔で報告してきた。

「ひなたもなんか作ろうよ」

 そう誘われて、何人かで集まり、シルバークレイの工作をすることになって、友人と頭を突き合わせてスマホを覗き込み、通販する粘土を選んでいる時に、

「そういえばさあ」

 と、声をかけられた。

「大丈夫なの?」

 その質問に、内容が思い当たり「んー……」と、曖昧な返事をする。

「体調?」

「他になんもないでしょ」

 そう言われて、だよねえ。と。苦笑する。

「この間の体育でも貧血起こしてたでしょ」

「んー、保健の先生から病院行けって言われた」

「そりゃそうよ。なんか最近いつも顔色悪いしさあ。行きなよ、病院」

「だね。文化祭終わったら行こうかな」

「遅いって」

 だって。と、思わず口を尖らせる。

「うちの近所の先生さあ、厳しいんだもん」

 小さい頃からそこに通院しているものの、不摂生が原因の病気だと叱られてしまうことが多い。遠縁の親戚ということもあって、親とは仲がいいだけにその診療所がかかりつけになっている。

 おかけで病気にならないように気をつけるようになったので、風邪もほとんどひいたことがないので、それはそれでいいのかもしれないものの、ここ最近、貧血で立ちくらみや運動をすると具合が悪くなることが増えてしまっている。

「大したことないよ、きっと」

「えー……? だってなんか、たまに顔色悪いよ」

「ダイエットのせいかなー。ちゃんと食べるよ」

 最近は体重が少し気になって食事を減らしてるせいだよ、多分。と、返事をしながら、割引対象のシルバークレイを指差す。

「ほら、これは?」

「これ? これねえ、そうねえ」

 そうして、ちょっと触れたくない体調の話は、他愛もない話題のひとつとして、日常会話の中に埋没させてゆく。


 そうして、自宅で倒れ、救急車で病院に搬送されたのは、それからしばらくしてからのことだった。


 病院で目を覚まして、お母さんに「心配したんだからね」と、怒られながら、採血と頭の査をして「来週受診に来てくださいね」と、若い女医の先生に言われた予約の前日、その病院から電話がきた。

 親はいるかと言われて、不思議に思いながらお母さんに代わる。

 話が終わって、電話を切ったお母さんに「なんかあったの?」と、質問すればらお母さんは少し表情を曇らせて私を見た。

「なんか、明日の受診一緒にきて下さいって言われた」

 え、なにそれ。と、私も眉をひそめる。

 お母さんもそれ以上のことは知らないらしく、

「なにかの確認かしらね?」

 そう言いながら首をかしげた。それから、

「そんなことより宿題やったの?」

 と、いつもの文句が始まって、思わず口をすぼめて言い返す。

「今やろうとしてたの」

「アンタそうやっていつまでもやらないじゃないの」

「もー!!」

 また始まったよ。もう高校生なんだから宿題は自分のペースでやります。と、さっさとリビングを出て、部屋へと戻る。

「まったく、お母さんはいつまでも子ども扱いしてさあ」

 ぶつぶつと文句を言いながら電気をつけて、大きなため息をつく。

「それが親というものでは?」

「限度ってのがあるの。げーんーどー」

「それは貴女が注意を受けない行動を取れば済む話だと思いますが」

 正論がカチンとくる。それに言い返そうとして、あれ。と、気づく。

「……誰……?」

 聞いたことがない男の人の声だった。

 お父さんも弟はまだ帰ってきていないし、そもそも声も喋り方も違う。

「えっ、ほんと誰?」

 慌てて周囲を見回せば、「ここです」と、隣の部屋から声が聞こえてきて硬直する。そこは弟の部屋だけど、壁越しとは思えないほどはっきり声が聞き取れる。

 ぬるっ。と、壁を通り抜け、見知らぬ男が姿をあらわした。

 あまりの出来事に驚き過ぎて「ひえっ」と、いう息がもれるような声がもれただけで、身動きが取れなくなる。

「――……失礼します」

 黒い服に、頭から黒い布、同じような黒い布で目隠しをしている肌の白い男は、部屋に入ってくるなりこっちを見て丁寧に挨拶をしてきた。

 人間じゃないのは一目瞭然だったし、だけどお化けというほど曖昧な印象でもない。くっきりした輪郭を持ったその男は、道ですれ違えば『あの人イケメン風だけど変な格好してたね』と、友達と話しそうなほどの存在感を持っていた。

「……だ、だれ!?」

 思わず背後のドアへと背中をびったりくっつけて、震える声で声をかければ、その男は「死神です」と、平然と言ってきた。

「し、しにがみ!?」

「はい」

 律義に返事をしてきて、拍子抜けるというか、反応に困る。

 その時、ピンポンとドアホンの音が聞こえて「ひいっ!!」と、息を飲みながら飛び上がる。

「はあい」

 階下からはお母さんがのんびりした声で返事をして、廊下を歩く軽い足取りと、玄関を開けて宅配便らしき荷物を受け取るやりとりがかすかに聞こえてきた。

 ドアが閉まる音に我に返り、慌ててドアノブにしがみつくようにして部屋のドアをあけながら「お、おかあさあん!!」と、悲鳴をあげる。

「おかーさん!! 警察!!」

「は!?」

 階下からお母さんが顔を出し、眉間にしわを寄せて聞き返してきた。

「私の部屋に知らない男の人がいる!!」

「はあ?」

 お母さんが眉をひそめて、小ぶりな段ボールを持ったまま階段を上がってきた。

「来ちゃダメだって!!」

「アンタなに言ってんの。どうせゴキブリ出たとかそんなんでしょ。この間もそれで大騒ぎしてたじゃない……」

 階段をのぼりながら、体を傾けて私の部屋の方をのぞきこみ「ほら」と、言い放つ。

 背後を怖々振り向けば、黒い服の男の人。

「誰もいないじゃない」

 私の隣に立ち、お母さんがため息交じりに言ってきた。

「え、でも……」

「見えませんし、聞こえませんよ」

 部屋の中の男が言い放ってきた。

「ええ……?」

 思わず男の方を見る。確かにさっきの壁を抜けてきたことからただの不審者じゃないことは明白だけれど、つまりそれって私にしか見えてないってこと? と、呆然とする。

「もー、しっかりしてよね」

 そんなことを言いながら、お母さんが階段をおりて行った。

「ご、ごめん……」

 小さく謝りながら、部屋の中を見る。どうしよう、入りたくない。

「事情をご説明しますので、どうぞこちらへ」

 自称死神は相変わらず淡々と言いながら、勉強机の前にあるイスを手で示した。

「だ、だって、死神なんでしょ」

「はい」

「こ、殺されるの?」

「いいえ」

 死神が即答した。

「正確には、貴女の寿命が尽きかけているので、それを見守りに来ました。私が手を下すわけではありません」

 まるで用意された台本をただ読み上げるような、感情のこもらない棒読みで死神が淡々と説明を続けてゆく。

 私はもう理解をすることを放棄して、その立て板に水で流されてゆく言葉を聞くしかない。

「お手元に『手紙』が届いたでしょう? あの『手紙』を受け取った者は間違いなく死を迎えます。死神はその死者の魂を導く役割を担っています」

 その言葉に、ただその顔を見るしかない。

 少し前に、手元に届いた宛名のない白い封筒を思い出す。けれどもその封筒について、目を通した後、どこに置いたのかすら思い出せない。

「どのようにして死ぬのか、私にはわかりません。その時期も。ですが、遠からずその時はやってきます」

 まさか。と、口元が歪んで、乾いた笑いがもれる。はは。と、小さな声が静かな部屋に響いた。

 だって、だって、

「――……明日、病院に行く日なんだけど」

「ああ、病死ですか」

 さくっと、死神が言い放つ。デリケートさの欠片もないその言葉に、目の前が暗くなる。

 だって、なんか、

 納得してしまったからだ。

 さっきの、受診の時に親もいっしょに来てくれとか念を押すような電話が入ったのがなぜか。

 それだけの話をするからだろう。じゃあ、つまり、

「――……うそだ」

 これはなんか悪い夢で、

 その死神と名乗った男はまぼろしかなにかで、

 ちょっと疲れてるだけで、

 寝ればきっと全部元通りに違いない。

「うそだ!!」

「それなら、明日おうかがいします。ああ、くれぐれも予定外の不慮の事故や――自殺などしないようにお願いいたします」

 丁寧にとんでもないことを言ってくる。

 さっさと消えろ!! そう叫ぶ前に、階下のキッチンから「ひなたー?」と、母親の声。


 声のした方を見て、それから前を見ると、


 ――死神は姿を消していた。


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