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[chapter:5]

[chapter:5]


 窓の外からスズメの鳴き声が聞こえてきて、目を開けばいつも通りの自分の部屋だった。

 むくりと起き上がり、ベッドから足をおろせば、フローリングは冷えていて、頬杖をつく。

「――……うーん」

 『ひなた』と、いう名の女子高校生の夢は続いている。数日に一回程度、内容は他愛のないものばかりで、高校二年で、進路に悩むごく一般的な女の子だろう。最近は前髪を切り過ぎてしまったのが悩みで、今日は友だちの彼氏への誕生日プレゼントについて考えていた。既製品は避けたいものの、手作りは想いが重すぎる気がするので『重い彼女』と思われたくないし、お金もそんなにない。

 どうしようね。と、考えているところで目が覚めた。

「……君がきてからだよね」

 この夢を見始めたのは、病院から退院して、少女が俺の家についてきてしまってからだ。

 その少女は、気づけばベッドの隅で丸まって目を閉じていて、眠っているようにも見えた。『幽霊』って寝るの? と、思わなくもないけれど、なんでもありな存在なら、それこそなんでもありなんだろう。

 悪夢、ではない。

 夢の中では特段何も起こらない。ただの日常の一幕で、夢の中独特のつじつまの合わないような展開もなにもない。

 ――……多分、この少女の記憶なんだろうなあ。

 確信はないし、本人に確認をしたわけでもないけれど、なんとなくそう思う。サイズはだいぶ違うけれど、鏡で見た『ひなた』と、この少女は面持ちが似ている気がする。

 だとするなら、『ひなた』は、なんらかの理由で亡くなってしまったということだろうか。シンはこの少女を見て『魂はない』と、断言していた。つまり、なんらかの理由で亡くなり、魂はこの世からいなくなり、残留思念だけが残り、俺は彼女の記憶を見ている。

 そういうことになるだろう。

 シンに言おうか。どうしよう。

 微妙なところだ。問題ないとスルーされればいいけれど、問題視されれば、この少女の『幽霊』を対処しようとするだろう。具体的には、俺から引き離そうとするだろう。前に黒い幽霊を大鎌で切り崩したのを見たことがある。あれと同じことをされたらどうしよう。と、迷う。

「シン、いる?」

 声をかけるけれど、反応はない。

 よし。と、口の中で小さくつぶやいて、少女の肩に触れれば、ぱちりと目を開いた。

「――……君は、ひなたちゃん?」

 少女はキョトンとした表情で俺を見た。長い髪がゆれる。

「……わかんない?」

 俺の質問に、少女はこくん。と、うなずいた。

「そっか、ごめんね。ありがとう」

 俺の言葉に、にこっと笑顔を浮かべ、少女はベッドから降りると、窓の方へと駆け出した。

「そうだね。あげようか」

 そう返事をしながら立ち上がり、カーテンと窓を開く。少女はベランダに出てちょこんとしゃがみ、衣装ケースの中の亀をじっと見る。

 俺は、横を向いてあくびをしてから、カメプロスをいつもの場所にばらまけば、亀たちが反応して寄ってきた。

 それを見ながら、部屋へと戻る。少女はそのまま亀の様子をながめている。

 昨日の野菜炒めの残りの朝食作りにとりかかったところで、「おはようございます」と、どこからかシンが顔を出してきた。

「おはよ」

 食卓には一人分の食事なのに、部屋には三人。ずいぶん奇妙な光景だけれど、俺にとってはこれが普通になりつつある。

 シンは壁に貼ってあるバイトの勤務表を確認し、少女は亀の給餌を見守ったあとに部屋に戻ってきて、初日に手渡したノートを大事そうに抱えていた。

 今日は午前中時間に余裕があるし、クレヨンやスケッチブックを勝ってあげようかな。と、考えながら、さっきのやり取りを思い出す。

「ねえ、シン」

「はい」

「この子は、生前の記憶とか、あるの?」

 俺の質問に、シンは壁から顔をこちらに向けて「わかりません」と、答えた。

「ある場合もあるでしょうし、ない場合もあります。断片的になっている可能性もありますね。この少女の場合、恐らく記憶はないでしょう。言葉すら失っています」

「――……そっか」

「またなにか考えていたんですか?」

「いや、少しでも記憶があるなら、この子の家に行ってみてもいいかなって思って」

「――……やめておいた方が賢明ですよ。見た目通りの年齢とは限りませんし、本人に記憶もない以上、家やそういった縁のある場所を探すのは雲をつかもうとするようなものです」

 シンがクギを刺してきたので思わず笑ってしまう。

「そうだね」

 そう返事をしながら、朝の支度を始めるべく、大きく伸びをした。


 そんな、平和な彼女の生活を変容させたのは、やっぱりというべきか、なんというべきか、……一通の手紙がきっかけだった。


 ある日、学校から帰るとお母さんから「手紙きてたわよ」と、言われた。

 手洗いうがいをしてから、「なんだろ?」と、部屋に戻る。

 勉強机のイスに荷物を置いて、机の上にある白い封筒の手紙を手に取り、わずかに首をかしげた。

 それは、宛名もなにもない、ただの真っ白い封筒だった。

「んー……?」

 なんだろこれ。と、手に確認する。

 宛名もないのに、なんでこれ私宛てだって思ったんだろお母さん。


 変なの。


 そう、思ったところで、


 ――……目が覚めた。


「――……っ!!」


 驚いて、布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がる。

 そこは、いつもの自分の部屋だった。

 わずかにあがった息を整えるような深呼吸をして、肩を落とす。

 あれは。あの手紙は。

 ふと視線を動かせば、少女が足元に座り、じっとこちらを見つめていた。

「……君も、手紙をもらったんだね」

 思わず小さくつぶやく。

 イヤな夢だ。

 初めてそう思った。

 だって、彼女は普通に生きてる。

 進路に思い悩み、ちょっと気になる人がいて、小テストの有無を友だちと話し、それからささやかな出来事で笑い、お弁当を作る日課が起動に乗って、母親に褒められ、明日も頑張ろうと思う。ごくごく普通の。

 ――……アレは、死の手紙だ。

 死神を呼び寄せ、終わりに向かっての日々が始まることを知らせる、平凡な日常の終わりを知らせる手紙だ。

「むつき?」

 不意にかけられた声に、びくり。と、体が震える。

「……あ」

「どうしたんですか?」

 その声に、視線をおろす。

 言うべき、だろうか。

「ええと……」

 思わず口ごもれば、逡巡の反応を見抜いて、シンの気配が剣呑なものになる。

「むつき」

 わずかに詰問の気配をはらんだ声音に、思わず視線を泳がせる。

「――……なんか、最近、……夢見があんまり良くなくて」

「――……よく寝入っているように見えましたが」

 その言葉に苦笑してしまう。睡眠チェックまで入っているとは思わなかった。

「……うーん、そうだね、……気のせいかもね」

 迷った末に、無難な返事をする。

「どんな夢なんです?」

「え?」

「夢見が悪いと言っていたでしょう」

 その言葉に、うーん。と、うなりながら腕組みをする。

「夢見が悪いっていうか、変。かな?」

「……変?」

「うん。別の誰かになってる夢。女子高生でさ、なんか普通の生活を送ってる」

「はあ」

「夢の中で俺は別の誰かになってることも気づいてないんだよね。ね? 変でょ?」

「……はあ」

 シンは拍子抜けしたような返事をして、それから「怖い夢ではないんですか?」と、質問してきた。

「――怖くは、ないかな」

 さっき見た、白い封筒を除いて。

 シンも腕組みをして、首をかしげた。漆黒の髪がわずかに揺れる。

「――普通は悪夢でうなされたりするものですが」

「いやだから、悪夢じゃないって。なんか誰かの人生」

「訳が分かりません」

「それ俺のセリフなんだけど」

 思わず口をとがらせれば、シンは呆れたように肩をすくめて、時計を指差した。

「それより、そろそろ準備をしないとまずいのでは?」

「え!? あ!! うわ、まずい」

 あたふたとし始める俺をよそ目に、シンは『言わんこっちゃない』とばかりに、壁際に下がって気配を消した。

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