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[chapter:4]

[chapter:4]


 その冷ややかな視線に耐えかねて、視線を泳がせる。

「――なんで連れてきたんです」

 シンの声と言葉に、「ええと」と、口ごもる。

 連れてきたというか、ついてきたというか。

 アパートに戻り、低反発のクッションに腰をおろしたものの一息もつけずに、立ったままのシンを見上げる。思わず上目づかいになるのはご愛嬌だ。

「だって」

「だってじゃありません」

 質問してきたのはシンなのに取り付く島もない。さすがにそれはないよ。と、口を尖らせると、シンが小さくため息をついた。

 午前の回診で、特に問題なさそうということで、ちょっとした検査をしたものの問題なく退院することができた。タクシーで帰宅したものの、病院で出会った少女の幽霊は、当然のように俺についてきてしまった。

 部屋にやってきたときはおっかなびっくりの反応だったけれど、あっという間に場に慣れて、今は俺のノートを勝手に広げてお絵かきをしていた。ボールペンを片手になにかを黒く塗りつぶしている。

 だってシンも止めなかったじゃん。

 なのに今頃連れ帰ったことについて不満を言われても困る。言うなら最初から言ってくれ。

 きっと、シンも俺の反応を察していて、有無を言わせないようにしているんだろうなあ。と、ぼんやり思う。

「問題ないし、そのうち自然に消えるんでしょ?」

 魂のない残留思念。それがどんな存在かなんて俺には知る由もないけれど、つまりは残ってしまった気持ちのようなものだってことだろう。あの黒い『幽霊』に食べられるより、そっちの方が良い気がしている。

「ですが、迂闊です」

「問題ないって言ったのシンだよ」

 ぐ。と、シンがわずかに口ごもった。

「――それは、あの場の評価であって……」

「へー。じゃあ見通しが甘かったってこと?」

「そんなことは」

 プライドを傷つけられたのか、シンが不機嫌そうに口元をゆがめた。

「じゃあ問題ないじゃん」

 今度こそシンは沈黙した。俺の行動を否定するなら、シンは『問題ない。と、言ったことは間違い』だということを認めることになるし、認めるなら、それこそこの少女がここにいても問題がないということになる。

その二択を天秤にかけ、そして――

「わかりました」

 渋々といった様子で、シンが返事をしてきた。諦めの混じったその声に、シンが少女の存在を許した。

 ほっとして、「ありがとう」と、思わず言えば、シンは小さく嘆息した。

「むつきがなんでも拾ってくる性格だということを失念しました」

「え、なんか心外なんだけど」

「違いますか? 亀が二匹と、幽霊がひとりいるように見えるのは気のせいですかね」

「別に、拾ってきたわけじゃ……」

 とはいえ、昔から捨て猫や捨て犬を拾ってしまい、飼い主をあちこち探したことがあるだけに、思わず視線を逸らす。

「博愛主義なのは結構ですが、それで自身の健康管理がおろそかになるのは本末転倒ですよ」

 ここぞとばかりに、今回の件を指摘されて「わかってるよ」と、もごもごと口の中へ返事をする。

「わかっていたらそもそも倒れませんね」

「あーあー、もう、わかってるよ。反省してます!!」

 近くにかがんだシンが、腕を伸ばしてきた。頬のあたりをなでられる。

「――私もすみませんでした」

 唐突な謝罪に、思わず息を飲む。

「やはり離れるべきではありませんでした」

「それ、は……」

 静かな声に、思わず言葉がつまる。

 シンの目は布で見えないものの、気落ちしているのか、肩が落ちている。

 ――……今なら、

 ふと、思う。

 今なら、つけこめるだろうか。優しくして、甘えて、離れないでとお願いして、

 そしたら、

 そのとき、上着を引っ張られて我に返る。

「え? あ」

 引っ張られている方を見れば、少女がなにかもの言いたげにしていて、見られていたことに顔が赤くなるのを感じながら、シンの手を引きはがす。

「ど、どうしたのかな!?」

 わずかに声がひっくり返る。慌てて返事をすれば、少女が窓の方を指さした。

「……んん?」

 意図がわからずに返事をすれば、

「――亀が見たいんじゃないですかね」

 そう少女の代弁をした。「そうなの?」と、少女の方を見れば、コクン。と、小さく首を上下に振った。

「あ、ああ、亀の話聞いてたのかな」

 ついでに、今のやり取りも見ていたのだろうかと思うと、余計に恥ずかしくなってくる。

 そそくさと立ち上がり「よく亀のいる場所わかったね」と、褒めればうれしかったのかぴょこぴょことついてくる。

 ベランダの衣装ケースを引き抜き、部屋の中へとわずかに引きずる。

 上からのぞきこみ、縁に手をかけて、もそもそと手足を動かす亀をじっと見る。

 そういえばこの子、全然しゃべらないな。と、ふとそんなことに気づく。

 とりあえず洗濯でもしようか。と、部屋に戻れば、シンは姿を消していた。とはいえ、こんなことがあったばかりだ。さっきの言葉通り、きっとその辺にいるんだろう。

 呼べば姿を現すような気もするものの、少し気まずくもあるので、あまり顔を合わせたくもない。

「はあ、やれやれ……」

 そんなことをぼやきながら、玄関の方へ足を向けつつ、視線を落とせば、少女がボールペンで描いていた落書きが目に入る。

 一体なにを描いたのだろうか。と、手にして、「ん?」と、思わず声をあげてしまう。

 そこには、人と思しき絵が描かれていた。

 丸い頭と四角い体、手足も四角。指がない。

 髪は黒くて、服も黒い。

「――……うーん?」

 普通の少女がなにを描くのかわからないのに、それが残留思念の存在となれば、もはや想像が難しい。

 だけどなんか、なんでだろう、なんとなく、

「……シンに似てる、かな」

 目元は黒い。間違って塗りつぶしているようにも見える。

 それだけ過剰反応してしまっているのだろうか。

 そんなに意識してるかな俺。いや、うん、してるか。

 がっくりと肩を落として、ため息交じりにノートを閉じて、ここ二日で溜まってしまった洗濯物へと意識を切り替えた。


***


「ひなた」

 同級生から呼ばれて、「なあに」と、返事をする。

「お昼屋上で食べようよ」

 その提案に「いいよ」と、笑顔で返事をしてから、ふと、朝見た天気予報を思い出す。

「でも、風強くないかなあ」

 午後からは曇りで、夜半から雨だった気がする。

「まだ平気でしょ。強かったら教室に戻ればいいし」

「うん」

 持ってきたお弁当箱を取り出す。最近お母さんに言われてちゃんと自分に作るようになった。

 時間がないので作るのはちょっと大変だけど、自分の好きなものを中心におかずを入れられることに気づいてからは、自分で作るようにしている。

「飲み物」

「私も買いに行く」

「私売店」

 別のクラスメイトの言葉に「えー」と、時計を見上げる。

「時間まずくない?」

 レジは長蛇の列だろう。それか、人気商品はほとんど売り切れているに決まっている。

「だよねえ。お弁当忘れたの今さっき気づいてさあ。とりあえず行ってくるねー」

「じゃあ、屋上で待ってるね」

 友人と二人で手を振って、売店に向かう友人を見送り、二人で並んで教室を出る。

「そろそろ自動販売機も商品入れ替えて欲しいよね」

 その言葉に「だよね」とうなずく。

「あの梨味さ、いつまで新商品のステッカー貼ってるんだろう」

「たしかにー」

 小走りに走る別のクラスの男子とすれ違いながら、そんな他愛もない会話を交わす。

 古文の小テストの範囲や、担任の高山先生が朝はちょっと機嫌が悪かった話など、取り留めなくぽろぽろと口にして、それから「うーん」と、違和感にうめく。

「どしたの?」

「え、いや、なんか……」

 私なんでここにいるんだろうって。

 そう言いかけて、我ながら不思議な質問だな。と、言葉を打ちとめる。

「――……次の菅野先生、五分テストやるかな」

 違和感をまっとうな質問に置き換える。友人は少し不思議そうな表情を浮かべてから、「そだね」と、相づちを打った。

「先週やったし、さすがに今日はないんじゃない?」

 階段の近くに設置してある自動販売機でお茶のペットボトルを購入して、そのまま階段を登ってゆく。

 そのまま奥上階へと足を向けて、重い扉を開けば、青空が広がっていて、爽やかな風に、

「いい天気だね」

 と、目を細めたところで、


 ふと、目が覚めた。


 周囲は暗く、天井のシーリングライトの蛍光灯が暗闇の中でもわずかに白さが浮いていた。

 さっきまでの心地良い天気と気候から一転、青空から暗闇の中へと放り出され、そのまま硬直する。

「――……えーと、……夢?」

 それにしても、変な夢だった。

「むつき」

 暗闇の中、名前を呼ばれて、ひ。と、息を飲む。

「――……驚き過ぎですよ」

「い、いや、いるとは思わなくて……」

 そう言いながら、枕元のスマホのスリープを解除すれば、まだ夜中の三時だった。

「大丈夫ですか?」

「……なんか、変な夢見た」

 夢の中で、女子高校生になっていて、普通に生活している。それだけの夢だった。

「……ただの夢ですよ」

 その言葉に、ため息をつきながら脱力する。

 ――そうだよね。ただの夢だ。

 やけにリアルだったけど。

「――うん。寝る」

 寝返りを打ち、そうつぶやけば、シンが立ちあがるのが暗闇の中でも見えた。薄く開けていた目の上に手のひらが置かれて、視界が暗くなる。

「お休みなさい」

 うん。そう返事をしようとしたところで、チリ。と、シルバーネックレスが揺れて小さく聞こえる金属音が聞こえてきて、――チクチクと居心地の悪さを感じながら、口と目を閉ざした。

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