[chapter:1]
[chapter:1]
「それ、もらったの?」
きっかけは、そんな他愛ない一言だった。
シンには、考え事をしてるときや、暇なとき、シルバーっぽい銀色のネックレスの細いネックレストップを指でいじってしまうという、ちょっとした癖がある。
時折見る癖が、なぜかたまたま、ふと目についてしまった。
そして質問が口を突いた。
今日も今日とで部屋の隅に座っていたシンは、俺の質問にわずかに頭を動かした。
黒いローブを頭からかぶり、目元は黒くて太い布で目隠しをするように覆っている。トレードマークの大鎌をどこかに消して、ただひたすらじっとしている様はまるで番犬だ。
だけど、俺より高身長なのに、その存在感は希薄だ。
気配を消しているからか、それとも死神だからなのか、理由はよくわからないけれど、ずっと一緒にいても、あるいは視界の隅に入っていたとしても『あ、いたの?』と、いう不思議な感覚ぐらいしか残らない。
真っ黒な髪のショートカットに、黒い長袖長ズボン、頭からは黒いローブ、黒い靴は履きっぱなしだ。たまに持つ大鎌すら真っ黒。頭の先から足の先、わずかに見える顔や手以外、徹頭徹尾真っ黒な死神の、唯一の装飾品。
それがネックレスだ。
細いチェーンと、針みたいな細長いシルバーのネックレストップ。
無意識なのか、そのペンダントトップを指で挟んでいたシンは、俺の言葉に反応して、自分の胸元を見下ろした。多分。
目元が見えないから視線の動きなんてわからないけれど、わずかに顎を引いて下を見た彼は、何事もなかったかのようにペンダントトップから指を離して、そのまま手を下ろした。
「――……」
そしてだんまり。
大体のことには内容はさておきそこそこ快活に答える彼が選んだ返事、それは沈黙だった。
……なんかある。
直観的にそう感じて、まずいとわかっていても持ち前の好奇心が頭をもたげてくるままに質問を重ねてしまった。
「もらいものって感じだよね?」
「――……そうですよ」
つっけんどんな返事は、『これで満足でしょう?』と、言いたげだった。
「前の仕事のとき、人間から譲り受けました。それだけです」
対する俺は、予想していた返事通りの返事だったにも関わらず、内心驚いて二の句が継げなくなる。
シンが、人間からなにかをもらっている姿が想像できなかったからだ。
硬直する俺に、気を済ませて黙らせられたと思ったのか、シンがわずかに鼻を鳴らした。その音で我に返る。
「……ねえ、それ、誰?」
俺の言葉に、シンが口を引き結び、それから小さくため息をついた。
「むつきには関係ないでしょう」
今度こそ俺の質問をはねのける言葉に、思わず眉をひそめる。
「だって、気になるよ」
「ですから」
「前の仕事ってことは、結構最近だよね?」
シンはいい加減にしてくれ。と、ばかりに腕を組み、軽く頭を左右に振った。
明らかに関わってきて欲しくないといった拒絶の態度で、わずかに口角を持ち上げて俺を見た。
「――ああ」
小馬鹿にしたような口調に、カチンとくる。
「嫉妬ですか?」
そうだよ。
思わずその言葉が喉元までせりあがり、だけど正直に認めるわけにもいかず、「むう」と、小さくうめいて、口をへの字にするしかなかっち。
***
「――なにを怒っているんですか」
「怒ってない」
フラワーアレンジメントを作りながら、シンの呆れたような口調の言葉に言い返す。
怒っていないといいながらも、口調にはトゲがはえていて反省する。きっとシンは気にしていない。きっと、数日前に交わした会話がきっかけで俺の機嫌が悪くなっていることすら気づいていないだろうし、気にしていもないだろう。
シンが肌身離さず身にまとうシルバーのネックレスが、他の誰かからもらったものだった。ただそれだけのことなのに、なぜだか気持ちが落ち着かなくて。余計に気分が沈んでしまう。
そのことを考えるたびに、内臓の不快感というか、腹の底がぐるぐるするようなおかしな感覚を感じてしまい、それにげんなりしつつ、シンと会話をしたくない。と、いう状況が続いていた。
話を余裕はあるものの、黙々とバックヤードの作業台で花を生ける作業を続ける。シンもそれ以上会話を続けることもなく口を閉ざした。
近くに置いていた水揚げしたルールマジクを手に取り、きれいに見える角度を確認して、手早く茎を切る。
水を含ませた緑色の吸水スポンジにさくりと花を差し入れれば、薄いピンク色のドレスのような幾重に重なる花弁がこちらを向いて、わたしを見て。とばかりに見上げてきているように見えた。
できあがったフラワーアレンジメントの小さなバスケットをリボンでラッピングしてゆく。
できあがったら次。そしたらまた次。
いくつかできあがったそれを見て、「よし」と、作業台のイスから立ち上がり、背筋をのばす。同じ姿勢でいたせいか、ぽき。と、背中からわずかに骨のなるような音が聞こえた。
「……本部に」
シンが小さくつぶやいて、ペットボトルのお茶を飲みながら「うん?」と聞き返す。
「中間報告に一時帰還しなくてはいけません」
本部に中間報告。死神が。
その不思議な単語の組み合わせに、しばし天井を見上げる。視線の先にある蛍光灯は、交換のせいで左右の明かりの色がわずかに色が違っていた。
それを見上げてから「いいんじゃない?」と、返事をする。
「半日程度ですが、死なないで下さいね」
その言葉に小さくため息をつく。
「心配し過ぎだって」
さすがにそんなに簡単に死なないし、死ぬつもりもない。
避けようのない不慮の事故はあるものの、そんなことを心配していてはおちおち外を歩くこともできない。
「道路を歩くときには周囲に注意を払ってください。食べ物や飲み物に注意して、ああ、見知らぬ人に節介を焼くのはかまいませんがほどほどにして……」
「大丈夫だよ」
だんだんと注意が子どもに対して言っているような内容になってきた。その内落ちているものを食べるなとか、見知らぬ人に声をかけられてもついて行くなと言われそうだ。
ため息混じりにシンの説教だか心配だかに返事をすれば、こともあろうに「信用なりません」と、きっぱり断言してきた。
「なんで」
「自分の胸に手を当てて考えてください」
即座に言い返されて黙り込む。腹が立ったからではない。思い当たることがいくつか浮かんでしまったからだ。
ふらりと車道に出てしまった。と、いううっかりから、他の人の死神探しでシンといっしょに荒事になったり、キツネを助けたら神様とやらに目を付けられてシンをかばって怪我をしたり。ここしばらくが俺の人生的に波乱を凝縮しまくっている気がする。
「うーん」
思わず小さく笑ってしまった俺を、シンが冷ややかな反応を向けてきた。
そら見たことかという反応に、思わず苦笑してしまう。
「でも、そんなに時間かからないんでしょ?」
「ええ、半日程度です。明日には戻ります」
「じゃあ問題ないよ」
いくら俺でも、今日の夜か明日ぐらいまではちゃんと生きているだろう。
俺の言葉に、「だといいんですが」と、シンは小さくため息をついた。
「だってさ、今日は夜までバイトだし、それで寝て起きたら戻ってきてるんでしょ?」
ね? という、俺の言葉にシンは渋々といった様子でうなずいた。
さすがに大丈夫だよ。
この時の俺はそう思っていた。
シンが離れて数時間後、午後の配達の時間に暑さにやられて熱中症で救急搬送されるまでは。




