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火のない夜

 ――――それでも何度も摩擦熱での着火を試みたがすべて失敗に終わった。額から流れ落ちた汗が落ちてしまったりだとか、途中で棒が折れたりだとか、最終的には俺の体力と精神疲労が限界を迎えた。そのころには日も暮れようとしていて、海と空を橙の光が染めていた。


 美しい景色だとは思うが、見ていると自分の無力さが身に染みてくる。


「ヨースケ。火は……無理っすか。で、でもほら、いろいろ取ってきたっすよ。夕飯っす。サボテンの実とアマゾネスリリーはしばらくの間これ以上取るのは厳しいっすけど。それだってきっと少し森を歩けば見つかるっすよ。多分」


 そう言ってノーチェは砂に椰子の葉を敷いて昨日より少量の果物やら花を置く。最初こそユリの花を食べるのは新鮮味があったけど、もう慣れてくる。椰子の果水もだ。昨日今日だけで十杯以上飲んでいる。


「ノーチェ。一つ提案があるんだが」


「なんすかー?」


 彼女は俺よりも楽観的だった。何気ないこの状況でも快活な笑みを浮かべて顔を近づける。俺が照れると分かってやっていた。艶やかな褐色の首筋やらうなじは強い夕日に照らされて、一層影を濃くしていた。白銀の髪は橙の光を反射して、揺れる波のように煌めく。


 ごくりと唾を呑んだ。ロマンチックな雰囲気に負けるな。水こそ椰子に支えられてるけど安定した食料もないし火種もない。見たくない現実も見ないといけないときがある。


「このまま菜食主義に傾倒して健康でいられる自信がない」


(火が付いたら貝とかを食べようって話だったが、火はいつ着くんだ? 確かに俺だって生食は不安だし、甲殻類を生で食べるつもりはないが)


 ビタミン的なのものや糖質は取れているだろうが、たんぱく質やらカルシウムやら鉄分やらは動物的なものが取れていない。今はまだ症状も少ないけど、このまま火が着かずに偏食を続けたら間違いなくいい状況は訪れない。


 それがどんな悪影響を及ぼすかなんて物知り博士でも学者でもないから知らないけれど、悪い事が起きるってことぐらいはわかる。


「……それは、貝とかを食べるってことっすか?」


「貝と虫」


「本気で言ってるんすか? 狂ってるっすよ。虫を食べるなんて。いや、生食するなんて」


「俺の世界じゃ貝の生食はあった」


(……生食用のだが)


「五日だ。それまでに火が着かなかったら俺は食べる。それで腹を下したりとかが無ければノーチェも食べろ」


「死ぬっすよ。私は海賊だから見たことがあるんすよ。飢えて船に付いてた牡蠣とかミミックを食べたやつの末路を。腹下して脱水でおだぶつっすよ」


 ミミックは貝類なのか? 牡蠣はわかる。……ミミックってなんだ? 俺のなかで小さな疑問が過る。


 ノーチェは心底嫌そうに顔を歪めた。船の上なんて下手すれば無人島よりも過酷だろう。苦痛を噛み締めるような表情から容易にそのことが想像できた。


「まぁ、火がずっと着かなかったときだ」


(明日には着くだろうと願いたい。というか着けなきゃあまずい)


「明日また再チャレンジっすね。二人できりもみ式っす。ほら、今日は寝るっすよ。火がなかったら夜なんて一寸先も見えねえっすから」


 日が沈もうとしていた。時計なんてないからわからないけど、多分現実世界より数時間ほど昼が長い。いや、現実でも南のほうなら日は長いか? 


 解けない疑問を思考しながら昨夜寝た場所に二人で横になる。砂の下に椰子の葉と漂着していた白い帆を布団代わりに引いたおかげで相当マシになっている。砂で寝るのは考えてみればひどい経験だったと思う。


 ……しばらく沈黙して空模様を眺めていた。目が良くなりそうなくらい高く広い夕暮れは、数十分もすると一転して夜闇に変わっていた。昨日も今日も雲一つない。異界の星空が煌めている。昔、一度だけ行った海外旅行先で見た空と似ていた。


「…………寝たっすか?」


「起きてる」


(もしかしてまた歌ってくれるのだろうか。……っ、俺は何を期待してるんだ)


「また歌ってあげてもいいっすよ」


「…………結構だ」


「素直じゃないっすねぇ。表情が見えなくても分かるっすよ。その代わりそっちの世界のこと知りたいっす。別世界があって、そっから来る人間種が強い力を持ってるって話だけは知ってるんすけど、幸運にもいままで遭遇しなかったっすからね」


 俺は彼女の声に顔を向けた。夜の帳の所為で表情すら窺えない。……幸運にも、か。最初の対応もあったを見るに、彼女、普通の人間と違って翼と尾があるし、海賊だって明言してるし、よくある勇者とか冒険者のような存在からしてみればやっぱり敵なのか。……そもそもこの世界で、よくあるなのかもわからないが。


「俺の世界は……」


 喋ろうとして言葉が詰まる。あまり人付き合いをしなかった弊害だ。それでもノーチェとは不思議と会話できている方だったが、話の内容を考えて語ろうとすると思考が止まりそうになる。


「大丈夫っすよ。どんなことでもいいから知りたいんすよ。どんな違いがあるか。どんな世界か」


 ノーチェはきっと穏やかに笑った。砂が擦れる音。手を握り締められる。夜でよかった。じゃなきゃ目を見開いたことも顔が赤らんだことも丸見えだ。


「……多分、この世界とじゃ文明、科学に大きな差がある。帆船なんて使わない。木製の船なんて論外。大砲も使わない。あと剣とか槍、弓もだな。もう実際の戦闘とかでは使わないと思う。街も三十階はある建物とかが普通にある。けど俺の世界に魔法はない」


「いまいち信じられないっすね。でもヨースケは魔法の存在も知らなかった。……じゃああと何があるんすか? ブーメラン? ポーション? それでどうやってモンスターに対処するのか教えてほしいっす。焦らさないでほらほら」


 ポーションは薬品の類って解釈でいいんだろうか。でも魔法関連な気もする。


「火薬でなんかいろいろしてな。鉄の弾を矢よりも早い速度で連発する武器がある。ポーションは……薬品って意味なら使うな。燃えるやつとか毒とか。モンスターはいない。悪魔も。だから人間同士で使う」


「……もしかして聞いちゃダメなこと聞いちゃったっすか?」


「いや、俺の国ではもう全然そういうのはない。気にしなくていい。あとはそうだな……木造とか石造りの建物はほとんどないな。あと鉄道が……って、言葉はどれくらい伝わるんだこれ」


「トロッコみたいなもんすか。それがどんなものかまではわからないっすけど、なんとなく意味は伝わるっすよ。……不思議っすね」


 ノーチェが笑った気がした。暗闇のなかでは何も見えないけれど。こうしている間は気が楽になる。ずっと握られていた手の感覚は一体化して、不思議と心臓の高鳴りは落ち着いた。……まだ二日。それでも体はへとへとで、明るい夜が恋しく思えるけれど、これはこれでいいのかもしれない。


 俺はノーチェに自分のいた世界のことを話し続けた。インターネットとか、学校とか、漫画とか。話しているうちに小さなホームシックが消え失せて、いつの間にか俺は眠りのなかに落ちた。夢で彼女の歌が聞こえた気がした。



メガトード


 両生綱無尾目メガトード科に分類するカエルの総称。体長5~8m。平均体重770~1200kg。背面の皮膚には粒状の突起が密集する。背面の体色は緑がかった黄褐色。四肢腹面の体色は黄色や橙色の個体が多い。


 幼生は全長30cm~2m。変態直後の幼体は3m。オスは左右の眼の間に灰色の斑紋が入る。

鳴嚢が発達しており、その鳴き声はよく響く。


 生息地域は広く底が泥状であれば北部地域の湿原地帯にも生息する。分布的には熱帯雨林気候に多く生息している。食性は動物食で池を泳ぐナマズや水を飲みに来た動物、怪虫類などを好んで捕食する。


 繁殖形態は卵生。メスは卵を泥のなかに埋めると番いのオスはそれを飲み込み口のなかで保護し続ける。その間は一切の食事をとらず、泥のなかで身をひそめる。卵から返った幼生は親の肉を食い破り水中に出る。


 人間を食べることや家畜に被害を及ぼすことが多く、初心者冒険者の討伐対象となることが多い。しかしぬめりけの強い粘液や巨体をもって返り討ちにしてしまうこともある。ある程度の知性があるのか、自身に攻撃してきた対象はすぐに仕留めずに嬲り殺す習性がある。

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