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火起こし――きりもみ式

 ――――海岸に戻るついでに散策をした。取れた物はノーチェが見つけた芋類が数本。スコップなんてないためナイフと大きい貝殻で土を掘ったがなかなかの重労働だった。スライスして、火はまだないため岩場に置いて太陽光が焼くことを祈る。焼ければポテトチップスだ。……きっと。


 新たな海岸の漂着物も、使えそうなものといえば麻袋と帆船のボロ布ぐらいだ。布のほうは寝場所に引くだけでもマシになってくれるだろう。


「火起こしか。……海賊式火起こしみたいのはないのか?」


「そんな便利なもんねえっすよ。火なんて大体魔石頼りっす。そもそも火はそんなに使わないっす。魔法が強いっすからね」


 聞いてると魔法だの魔石だのが便利道具に聞こえてくる。けど彼女は火の魔法とやらはできないらしいし、だとすれば方法は一つ。


「なら手段は一つだ」


(魔法頼りのファンタジー脳みそに焼き付けとけ。火だけに)


 思いついた渾身のギャグが頭に響く。俺は石で安定した土台を作り昨日拾って乾いていた木材を置いた。樹皮を剥がしツルツルとした木の棒が一本。火口ほくち用として椰子の実から取った繊維質の塊もある。


 本当に椰子の実は素晴らしい。味以外は完璧だ。お皿にも火種にもなるんだから。


「異世界人は馬鹿にするかもしれないけど、こうして木の板に切れ目を入れて、それから棒を必死に手で回すとだな」


「摩擦熱で燃やすんすね! それなら砂を少し入れたらさらに摩擦が良くなると思うっすよ」


 ノーチェはニヤリと八重歯を見せて、尻尾を揺らしながら砂粒を摘む。


「科学もあるのか」


 魔法なんて都合のいい力があるんだからてっきりまるで発展してないかと思ったが。


「無かったら船も家も作れないっすよ。魔法だって魔力がないとできないっすから、可能な限りは普通に井戸掘ったり、火打ち石を使うもんす」


(火打ち石か……)


 やけくそになってガチガチとその辺で拾った石をぶつけ合ってみるも、当然のことながら火花の火の字だって出やしない。あれはどういう理屈なんだろうか? やり方? 石の材質? ……考えても仕方ない。気を取り直して本命の作業に掛かることにした。


「よし、行くぞ」


「(これで火がつけば貝焼き蟹焼き。シャコ貝の貝殻を使えば小さいけど煮込みだって……はは。ふははは!)」


「気を保つっすよ! ふれっふれー! 多分心の声が漏れてるっすよ! おしゃべりっすね案の定」


 ノーチェが期待に目を輝かせて小さな翼をパタパタと動かす。思いのほか感情が体に出るタイプらしい。つい可愛くて注視して、すぐに露出の多さと膨らみのある双胸が目について顔を背けた。


 大きく深呼吸。全身の緊張をゆっくりと解いて、次の瞬間俺は渾身のパワーでもって木の棒を回転させた。


「…………


(付け! 付け! 熱を! 火を!)


 大きく息を吐きながら上から下へ力を流し、回転。回転。回転。摩擦。手が擦れて熱が篭り、肩の筋肉強張る。


「頑張れ。頑張れ。火がついたらパーティっすよ。嬉しくてハグしちゃうかも」


 嘲笑うようにノーチェは体をくねらせて、ショートパンツを爪で摘み上げる。頭にカチンと来るものがあった。俺が見ないように見ないようにと努力してるのに舐めてやがるんだ。


「言ったなお前」


(あとから言い訳しようが絶対ハグしてやる。胸がむにゅってするぐらい。……ダメだ。頭が馬鹿になってきてる。火が出ないせいで思考が熱い)


「はぇぁ!? そんなマジトーンにならないでほしいっすよ! ほら、そもそも火がつかないとしないっすからね」


 いままでこんなにも必死で棒を回し摩擦させたことはない。普通の人は棒を回転させて摩擦熱で着火なんて人生で行わない。ただ一点を見つめて煙が出ることを祈りながら回して、回して、ひたすら擦る。


「ああ、くそ……。つけ。つけ……」


(手が痛い。手が燃える)


 燃えない。いっそ燃えてくれればいいのに。ただ熱くて痛いだけ。ナイフで樹皮は切っていたけどいつのまにか擦り切れている。


 火のないところになんとやら。煙の一ミリだって出ないまま、時間だけが過ぎていった。日差しは曇り、それでも喧しいぐらい鳥と蝉の鳴き声がして暑苦しい。干潮だったはずの海も気付けば戻りかけていた。


「火が出る気がしない」


 二時間ほど無言で火起こしに尽力した。棒よりも心が先に折れた。俺は自分で言っておいてその発言に背筋を凍り付かせて、認めたくないと必要以上に力んだ結果、ばきりと棒も折れる。


 言葉が出なかった。力任せに折れた枝を海に放り投げる。水音は波に掻き消されて聞こえなかった。


「……まぁ、こんなもんすよ。理屈が分かっても簡単じゃねえっす」


 ノーチェは俺の背中を撫でて優しい言葉を掛けた。ああ、クソ。クソ! 彼女のハグが欲しかったわけじゃない。いや、してくれるならしてほしかったけど、俺はただ火が欲しかっただけなのに。彼女に喜んで欲しかっただけなのに。こんな惨めな気分はない。


「やめろ。励まさないでくれ。別にショックなんか受けてない」


(……泣きたくなる)


 努力が無駄だったときのショックは大きかった。火への期待も合間って目頭が火がつきそうなくらい熱くなる。あまりにもみっともないから涙だけは必死で堪えた。


「ほら、水分補給っす。芋のほうを見てみるっすよ。もしかしたら太陽で上手く焼けてくれてるかも」


 ノーチェは俺を責めずに切った椰子の実を寄越してくれる。俺は果水を一気飲みした。気を取り直すつもりで芋のスライスを確認しに向かう。だが太陽は途中から曇っていて、日焼けすることなく時間経過でしなびた生の芋があるだけだった。


「ほ、ほら! これはこれで美味っゲホッ!」


 ノーチェが無理して食べて酷く咳き込む。やめてくれ。まずいならまずいと言ってくれ。


「…………っ!」


「ちょ! 泣くなっす! 誰も責めないしまた挑戦すればいいだけっすよ! 誰だろうと一回で出来るわけがないんすよ!」


(泣いてない。優しくしないでくれ。考えてみれば会ったときからだ。……優しくしないでくれ)


 火起こしの労力の果てに得たのは海よりも広大な虚無感だけだった。



島に自生する植物についての記述。その1



アマゾネスリリー

 草丈は1~2m程となる大型のユリの仲間であり、葉は互生し、小さめの披針形で先端はゆるく尖る。茎は紫褐色で細かい斑点がある。花弁は白一色。強く反り返る。種子は作らないが、葉の付け根に暗紫色のムカゴを作る。多くの百合はこのムカゴを食用にすることが多いが、アマゾネスリリーは花以外は極めて強力な神経毒を持つ。

 その名のとおりアマゾネスが多くいる熱帯地方に自生し、主に蜂蜜漬けなどにして食用する。ほんのりと高貴な甘みと香りがあり、華やかな見栄えもあってか王侯貴族に人気の高級食材である。


マンドラゴラ

 マンドラゴラ目マンドラゴラ科マンドラゴラ属のうち、引っこ抜くと叫び声をあげるほうの根を持つ植物の総称。鬱蒼とした森であれば凍土だろうと熱帯の地方であろうと広く自生する。生命力の強い植物で、50センチメートル以上もの長い根を持ち、最大で1メートル程度まで伸びる個体も珍しくない。

成長点が地面近くに位置するロゼット型の生育型で、茎が非常に短く葉が水平に広がっている。このため、表面の花や茎を刈っても容易に再び生え始める。撹乱の頻発する、他の植物が生きていけないような厳しい環境下で生えていることが多い。その根は魔力を持ち動物が掘ろうとした際に【怪音】の魔法を放つ。しかし滋養作用や精力増強、魔力回復作用を持つ根は価値が高く、冒険者に採取依頼が下ることは多い。

 生食は苦味が強いほか、人によっては中毒症状が出る。

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