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蒼い朝焼けが滲むとき

 14



 ――――自然と目を開けたときには意識が完全に覚めていた。二週間がついに経ったらしい。朝の明るみが水平線から滲むように広がって闇を溶かしている。


 まだ薄青く染まっている砂浜。耳元を撫でる冷えた風。思考は冴えていた。体のだるさもない。魔力欠乏もノーチェの血のおかげか、症状は出ていない。


 鶏鳴のように竜のいななきが空高くから轟いていた。振り仰ぐと、遠くだが影が見える。


 ノーチェはまだ眠っていた。日に日に衰弱していくように顔色は悪くなる一方だった。限界が近いのか、強張るように目を瞑ったまま浅く呼気を重ねていた。


 風に吹かれて真っ白な髪が逆巻いている。ポトリと華奢な肩に落ちた朝露が褐色の肌を伝って砂に染みていく。


「……これは」


 砂に突き立てるように杖が刺さっていた。太く頑丈な樹木にツタを絡めたもので、先端に貝殻と使い道のなかった金貨が飾られている。荒々しくナイフで掘られた五芒星。明らかにノーチェが用意したものだった。


(いつの間にこんなのを――俺が起きるよりも早く? そもそも、なんで用意してくれたんだ?)


 杖を手に取った。やや重いが取り回しに不便はないどころか、体を巡る血の流れが、体を満たす魔力の波が感じ取れる。


「…………起きてるのか?」


 視線を感じた気がして咄嗟に声をかけた。少し待っても反応はなかった。ノーチェは目を瞑ったままで。顔を向けることもなかった。


「――――嫌って、言っても。無茶…………するんすよね」


 ごうごうと潮風が吹き付けるなか、掻き消えてしまいそうな小さな声で寝言のように呟かれた。


「……ごめん。こればかりは譲れない」


 言葉と言葉の間に長い沈黙が満たされる。ノーチェは顔を背けたまま、小さく震えたまま寝たふりを続けた。ズキリと、突き刺すみたいに胃の奥が痛む。


「私より弱くて――頼りなくて。死ぬのが、怖いヨースケが…………無謀っすよ。私は、私は一緒にいてくれれば」


「死ぬのは怖いけど、ノーチェと一緒にいられなくなることのほうが怖い。考えると叫びたくなる。暴れたくなる。どうしたらいいかわからなくなる。それにさ――――」


 一呼吸おいた。ざざん。ざざぁんと。波音が際立つ。


「ノーチェのために格好つけさせてくれって。ずっと、ずっと助けられてきた。だから今日ぐらいは俺が頑張って血を手に入れる。ノーチェの体調も治って万事解決。抱き締められてキスをする。それぐらい――こんな状況でも望んでいたいんだよ」


 言い切ってからお互い耳まで赤くなった。こそばゆくて砂を蹴る。ノーチェもノーチェで、少しだけバタついた。


「も、もう……二回もキスしたじゃ、ないっすかぁ……」


「足りない。ノーチェの翼と尻尾も触りたい。一緒にまた肉も食べたい。拠点も作り直そう。そういうことを考えてると力が湧いてくる。だからやれる。無茶じゃない。……こいつもあるしな」


 ザン。と。杖を突き立てる。


「まぁでも、祈っておこうか。いつもそうしてきたように。いつものように生き残るために行動して、ギリギリの瀬戸際をすり抜けられるように」


 しゃがみこんだ。膝に砂がつくが気にするつもりもない。依然、寝たフリを続けるノーチェの手を取る。指を交えて、それ以外なにをするわけでもなく、ただしばらく波音に耳を澄ませた。


「……ヨースケ」


 ぎゅっと指に力がこもった。ノーチェは観念したようにゆっくりと目を開いた。


 魔力欠乏のせいで色褪せ、濁った青い瞳が俺の顔を覗き込む。赤らんでいた。頬に涙の痕がある。


 それでも硬く重い表情は、達観したような微笑へ変わっていた。


「魔力。戻ったら――いくらでも触らせてやる……っス。尻尾も、翼も。だから……だから、っすね。絶対戻ってくるんすよ」


「ああ。わかってるとも」


「あぅぅうぅぅ。違っ、そうじゃないんすよ。私は――――私が言いたいのは…………」


「言いたいのは……?」


 ノーチェは俯いてしまうとぐしぐしと目を拭った。何度か深く呼吸して。不満げにジッと見つめられる。


「帰ってきたら続き。言うっす」


「…………ああ。行ってくる」


 指は自然と解けた。立ち上がって砂を払う。胸のなかがぽっかりと空いたみたいで杖を握る手に力が入る。


(やるしかない。ノーチェは信じてくれてる。先のことを考えろ)


 歯が軋んだ。乾いた口腔を椰子の果水で潤して、口元をぬぐい取る。焚火の跡に眠る火喰蜥蜴サラマンダーを慎重にペットボトルに入れた。


 大丈夫だ。海に出るまでに通った道は樹木の枝葉を見ればある程度は場所もわかる。翼竜は音と臭い、魔力にきっと反応する。目はあまり良くないけれど、開けた場所にいれば見つけてくれる。


「……やれる」


 意を決して鬱蒼とした密林へ踏み入れる。苔むした地面。分厚く重なる落ち葉を強く蹴り込んだ。

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