無謀な願い
ミスがあったので再投稿です……。
緩慢に時間が流れていく。青い海も黄昏時の太陽に染まって眩いくらいに反射している。
一緒にいても、いつも水や食料。雨。モンスター。何かに追われていて、こうして二人でぼんやりとした時間を過ごすのは久々だったかもしれない。
悪い気はしなかった。していられるのなら、ずっとそうしていたいくらいだった。手を握って、見つめ合ったりして。
それでも皮膚を刺す陽光がだんだんと穏やかに、気温が沈むにつれて焦燥は拭いきれなくなった。
奇跡のように現れた帆船に救助を求めなかったことに後悔はない。けどどうすれば? ……魔力。血。まったく方法が浮かばないわけではなかったが、現実的とは思えない妄想の類で明確な手段がない。
それを実行するにしても空が朱に染まってからでは無理な話だった。明日を待たなくてはならない。
「火。間に合ってよかったっすね」
初めて火を手にしたときと同じ方法でなんとか焚火は維持できた。バチバチと乾いた枝葉が燃えていく。炎の灯りが際立つのにそう時間はかからないだろう。
「焼けたぞ。……その、食欲はあるか?」
くべていた貝がぱかりと身を露わにした。ヤドカリも自分の殻で茹で上がって赤く染まる。こんなときでも胃を刺激する匂いを嗅ぐと、自然と唾液が口のなかを満たしていた。
「へへぇ…………。それぐらいなら全然あるっス。よ。少しでも食べなきゃ、少しでも魔力、補充できれば。それだけヨースケと万全な状態でいられるっすからねぇ……」
ノーチェは空元気を振り絞るみたいに笑うと、いつものように口のなかに頬張っていく。分かってはいたけども、ただ食事をするだけではノーチェの容態は間違いなく治らない。
「……ヨースケ」
もっと濃厚な魔力を。それこそ、俺が彼女の血を飲んで回復できたように。魔族の血と同等かそれ以上のものがいる。俺の血は――――きっと無意味だ。それでどうにかなったとしても、ノーチェはきっと同じことをする。
「ヨースケ」
「――――ッ~~! な、なんだ……!?」
いつのまにかノーチェの顔が目の前にあった。怪訝そうにジイっと。光の褪せた青く大きな双眸が俺を覗いていた。慌てて仰け反ると悪戯っぽく八重歯を見せる。
いつまで経っても慣れることなんてできそうになかった。体が焼けるように熱いし、心臓の音が外に漏れそうなくらい一気に鳴り響いている。
「上の空だったから、ちょっかいかけちゃったッス。…………ヨースケ」
「どうした。ノーチェ」
「……無茶したらダメっすからね」
見透かされたみたいで息ができなくなった。言葉が喉元で詰まる。
「……っ。ノーチェにだけは言われたくないな。でもまぁ、助けてもらったんだ。間違ったってノーチェの血を捨てるような真似はしない」
嘘を言ったかもしれない。ぼんやりと頭にある解決手段はとてもじゃないが理性的な方法ではなかった。うまく行く保障もない。
「けど大変だったな。あの……黒い翼竜。大陸の奴ら、冒険者だったか? とかはどうやってあんなモンスターに対処してるんだ?」
地面すら裂く爪。魔力によって稲妻すら落とす黒い翼竜。いまだに俺達のことを諦めきれてないのか、嘶きが聞こえることもあった。
「気温が低いと動きが鈍くなるらしい……すけど、竜なんて倒せる冒険者はほとんどいないっすよ。鱗も硬くて、剣が通るのは喉元の逆鱗ぐらいっす」
思い出すだけで鳥肌が立った。表情が引きつったことに気づいたのか、ノーチェが強く俺の手を掴む。逃げるときこそ死体をあまり見つけることはなかったけれど、今も確かに記憶がある。
獰猛な牙が肩を噛み砕く刹那。空から強襲されて成すすべなく爪が腹部を貫いた痛み。眼前で轟いた竜の咆哮。どれも俺ではない俺の記憶だったが、ハッキリと思い出せるくらい残っていた。
「本当に――奇跡みたいだったな」
「奇跡を起こそうと思ったから、……起こせたんすよ?」
日は水平線の向こう側に行っていた。藍と黒に染まった空。ついさっきまで煌めいていたはずの水面が夜に染まっていく。心地よい波と潮風が耳元を撫でていた。
「……ノーチェとここまで来れてよかった」
「なんすか……急に。照れるっすねぇ」
ノーチェは難しそうに頬を掻く。儚げで、今にも消えてしまいそうな気がして。すぐ隣にいるはずなのに見ていると胸が締め付けられる。
「ノーチェ。俺は――」
最後まで言うことはできなかった。かすかに風を感じた。体に密着する熱。ドクン、ドクンと響く心音。
抱き締められていた。首の後ろに回るノーチェの腕の感覚。視界のすぐ下にノーチェの頭があった。泥と土で汚れた白い髪。胸に顔をうずめるように体重がかかる。
「…………ノーチェ?」
「このまま」
ぎゅっと腕にかかる力が強まる。ゆっくりと呼吸をするたびに揺れる体。炎の光が揺らめいている。夜の影が一層濃く見えた。
「……ノーチェ」
時間が経つにつれて視界は明確に現実を突き付けていた。無意識のままに背に回した腕が翼のない肌を撫でる。華奢で幼い体躯。震えていた。
「私……は」
「絶対に助ける。死なせたりなんかしない」
死ぬのは怖くて、考えるだけで気が狂いそうで。けどそれ以上にノーチェが助からないことのほうが怖かった。自分の痛みよりも、突き刺すみたいに痛かった。だから俺は――――。
竜を殺す決意ができた。……稲妻すら落とす魔力があれば、竜の血があればノーチェを助けれられるかもしれないから。賭けることにした。
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