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簡単な狩り

「笑えない雨のなかで」の回にイラストを貰いました。めっちゃ可愛いのでぜひ観てください。絵師は白妙菊様です。

 9




 穏やかな鳥の囀りが響き始めた。絶えずジージーと鳴き声を広げる虫。夜の外気で僅かに冷え込んだ朝露が頬に落ちる。夜が明けたらしい。ゆっくりと目を開けると既に日が昇っていた。同時、胃を締め付けるような空腹感と虚脱感が身体に圧し掛かる。


「ん……。起きたっスね。服、一応洗っておいたっすよ」


 ノーチェがパタパタと昨日よりも小さな翼を羽ばたかせて大きな欠伸をかく。なぎ倒された樹の枝に俺の死体から剥いだ衣類と彼女が着ている物一式が全て干されていた。


「裸じゃないか」


「今更照れないでほしいんすけど……!」


 毅然として俺の前に立っていたのにすぐに艶やかな褐色肌を尾と翼が隠してしまう。初めて会ったときよりもだいぶ痩せてしまっていた。


「ほら飯にするっすよ。ヨースケが起きるの待ってたら空腹過ぎて我慢できなくなりそうだったから酸っぱいゴキブリ以外もさすがに少し取ってきたっす」


 小さな名前も分からない木の実の類が数個。ゴキブリ。いつぞやに食べたアマゾネスリリーとかいう食べられる花。俺達は無心になって噛み締めて、少量のそれを胃に詰めていったけど満たされるはずもなかった。


 どんよりと包む倦怠。頭が重く、目を瞑ると額の辺りを圧迫しているような感覚になってくる。前にも似た症状が出た記憶がある。明らかに摂取してるエネルギーだとかが足りていない。


 食べ終わると同時、物足りないことを主張するみたいに腹の虫が鳴り響いた。ここ数日、モンスターに襲われ雨に追われていたのに随分間抜けな音だ。吹き出しかけた。


「……泥沼地。行ってみるか。けど何かあったらすぐに引き返すぞ。ノーチェ、脚のほうは平気か?」


 頭を軋ませる違和感があっても見て見ぬフリをできるような場所じゃない。亀を捕まえられれば肉が食べられるし、甲羅を蔓で縛っておけば生かした状態で保てる。食料に悩む心配がしばらくなくなるだろう。


「脚は心配ないっす。魔族のほうがそういう治癒速度は早いっす。それよりも魔力不足が本気できついっす。血が、血が足りねぇッス。魔力が完全に尽きたらちょっとした怪我も治らなくなって衰弱しちゃうんすよね」


 ――魔族は文字通り、魔力が重要な種族っすから、その分人間よりも熱とか幻覚とか、枯渇したときは酷いっす。


 海辺を拠点にしていたときにノーチェが言ったことがふとフラッシュバックしてくる。それで不安になって彼女の顔をしばらく覗いたけれど、確かに体調は芳しくないように見えた。翼の大きさもそうだけど、瞳の光がやや褪せていたり、尻尾の動きが気怠く見える。


「な、なんスか……! ジッとこっちを見て。その、あんまりじろじろされるのは恥ずかしいんすけど……」


「いや、考えてみたら頭痛がしなくたって危険なときは危険だって思っただけだ。一度様子を見て来よう。亀がいいな。銀鎧犀だとか針山鼬はどう対処すればいいか俺には分からないから」


 結局のところ死んだ記憶があるのは、他の俺が記憶のないまま危険なタイミングでその場所に足を踏み入れたからだ。どこでも起こりうる。どれだけ俺とノーチェが運よくこうして二人でいられても、燦々と日光を反射する雨溜まりや鳥の囀りが綺麗でも。……ここはそういう場所だ。


 ――泥沼地の付近にまで移動したが昨日とは違って死ぬ原因となる記憶のフラッシュバッグやら苦痛の共有が発生しなかった。雨溜まりの流れが進んでいるのか、一部の地形が抉れているものの拠点間での問題はない。


 鬱蒼とした低木を切り裂いて進んだ先、その一帯だけは雨溜まりのような透き通った水ではなく、浅く濁った泥が湧き出ている。理由は分からないが今日も何匹かの動物が泥を浴び、もしくは泥を食べているようだった。


「昨日と違って今は頭痛はしない。大丈夫……とは断言できないが。まぁこの状況で疑ってたら身動きが取れなくなる。危険な動物は本当にいないんだな?」


 コクコクとノーチェは頷く。俺達はすぐに獲物を見据えた。大きさは両腕で抱えるぐらいの奴が数匹。甲羅は苔むしていて擬態色になっているが見失うようなヘマはしない。


 一歩。二歩と。背後から忍び寄っていく。泥に踏み込むと足が沈んでまともに進めなかったがそんなこと些細な問題だ。ゆっくりと無理矢理接近していく。亀はこちらの気配に気づいたのかピタリと動きを止めた。逃げるわけでもなく微動だにしなくなる。ハッキリ言ってカモだった。


 恐る恐る甲羅を掴んで持ち上げた。中々に重い。西瓜ぐらいだろうか。そのうえぬめり気がある所為で持ちづらい。ずるずると滑っていく。


 しかも持ち上げた直後、思い出したみたいに亀は手足やら首を甲羅に隠すと血生臭い腐乱臭を漂わせ始めた。喉奥と嗅覚を押し撫でるような生ったるい異臭に吐き気が込み上げて亀を捨てそうになる。


(ああ糞……。そういうタイプの防衛方法かッ……!)


 隣でノーチェが顔を歪めながらも必死に亀を抱えて離そうとはしなかった。反吐が出そうな異臭のなか、飛び散った泥を拭って彼女は微笑む。


「ふへ……へ。私たちの勝利っすねぇ……! 取るもの取ったしさっさと逃げるっすよ。虫除け……あのゴキブリ嫌なの我慢して塗りたくったのにもう集まってきやがったっす」


 ものの一瞬で口のなかに入りそうなくらいたかられていた。この一帯だけやけに蚊が多いうえに服の上から問答無用で刺してくる。


「痛い痛い。なんだこの蚊。傷口がでかいぞ」


「硬い皮膚の動物相手でも刺せるようにするためなんすかね!? マジでこれ以上血は! 血を盗られるのは嫌っス!」


 ぷくぷくと腹部やら腿やら。服越しにゴキブリの虫除けが甘かった場所が集中砲火されていく。亀を持ってる所為で反撃もできなかったから慌てて逃げるしかなかった。

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