野営地
(はは。すぐに見つけられたぞ)
思わず笑みが零れそうになった。視界に広がる陽だまり。昨日の嵐によってその一帯だけ樹木が根こそぎ持っていかれて視界が開けていた。とは言っても点々と太い樹は残っていて適度な日陰もあり、雨溜まりと泥沼地からも遠すぎない。
(記憶の映像と寸分の違いもない。……ならまた近いうちに死ぬ可能性があるのか?)
薄暗い思考が過って、ごまかすみたいに乾いた笑いを浮かべる。最悪なことはいつだって想定すべきだが考え続けていても精神的に疲弊してくる。
「どん底まで行ったらあと上がるだけだな。見ろよ。絶好の火種だ」
死んだ記憶を頼りに一本の倒木に向かった。倒れた……というよりは縦に半分裂けたというべきか。稲妻に打たれたのだろうその樹木は樹皮は剥げ焦げ、内部の木材がものの見事に炭化していた。
火を食らうために集まったのか、いつぞやの火喰蜥蜴がクワガタみたいに密集している。赤熱したような鮮やかな鱗。抱きしめたい気分だった。そんなことをしたら身体が焼けるが。
「ある程度掃除と屋根を作れば野営できそうっすね。雨溜まりからも泥沼地からも遠すぎないのはいい立地っす」
パタパタと小さくなった翼を羽ばたかせて緊張が緩んだのか、ノーチェはゆったりと背筋を伸ばす。日差しが当たる場所は熱かったが暴風に薙ぎ払われただけはあってか風通しは良い。真っ白な髪が煌めきながら靡いていた。
「……少し休んでから作業するか」
適当な倒木を五回ほどナイフで叩いた。追加で三回ほど蹴って、安全を確認して腰を下ろす。虫に噛まれるのは懲り懲りだった。知らないうちに腫れていた手もいまだに痺れが取れない。ノーチェも少し微笑んで隣に座った。
怪我をしている脚を伸ばして、巻き付けていたシャツを一度剥がす。蛭に噛まれた場所もそうだが長い移動のせいで固まっていた血の一部が我て傷口の周りが滲んでいた。嗅ぎ慣れない臭いが鼻を突き刺す。
「魔族の血は人間からすると濃度の濃い魔力そのものっす。あんまり嗅いでると酔うから……嗅ぐなッス!」
「わ、悪かったって! また何かあったのかと思って不安になったんだよ! ……っ。とにかくだ。さすがに安静にしてろ。掃除とかは俺がやるから」
紛らわすみたいに立ち上がって倒れていた樹の枝をへし折った。杖代わりにして落ち葉を掃こうと思っただけで、さほど他意はない。掃除をするにしたって素手で何かを触るのが嫌なだけだ。
「わかったッスよ。…………でもあんまり離れちゃダメっすよ?」
手を握られて不安げにそんなことを言われた。深い蒼の双眸が俺を覗いている。危険だからっていう意味なんだろうが心臓が酷く跳ねた。
「あ、ぁあ……! ああ! 離れないって」
ノーチェはもう少し俺の鋼の精神を褒めてくれてもいいと思う。まぁ俺にはあの脚の傷で歩ける気力はないだろうけど。
ともかくとして野営地作りの準備に入った。必要な道具を作るとこからだから半日は掛かるだろうか。けど幸い、この島の日は長い。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
野営地を整えるために何をどうすべきかと考えているうちに大量の道具をノーチェに作ってもらっていた。倒木の枝を蔦で縛って作った箒やら先端に石を巻いただけのやや使いづらいスコップの類。サラマンダーや木炭、その他もろもろを入れるための葉籠。
まずは周囲をナイフで斬り払った。落ち葉は一纏めにして焼いてしまう。中に毛むくじゃらの蜘蛛やらもいたので躊躇うべきではない。
このあたりは雨溜まりにはならないかもしれないが、スコールを受けて泥地みたいになるのも嫌だったので焼石程度に溝を掘った。何度か休憩を挟んだこともあって、この頃には太陽は相応の位置に傾いていた。
寝床用の屋根もノーチェが作ってくれた。椰子系統の葉を枝に編んだもので、拠点を移動させることを考えて持ち運べるように、いくつかの束になるようにしてくれた。
熱帯の日差しが斜陽に変わり掛けた頃には相応の野営地が完成していた。魔法で造ったときのような壁や頑丈な天井こそないが、拓けていて落ち葉のない地面。倒木に立てかけた椰子の葉の屋根。それに火。なくなったものは取り戻しきれてないが初日の環境よりは断然いいほうだ。雨溜まりのおかげで水も大量にある。
「うーむむむ……。今からあの泥地に行く余裕はないっすね」
行って亀だのを捕まえて戻ってくるころには真っ暗になっているだろう。日は長いが夕暮れはすぐに暗くなる。林冠が覆っている所為もあるだろう。
「あそこは……あんまり行く気がしない。一瞬だけ頭痛があった。……けど原因が分からない。いままでは音だとか、モンスターの見た目だとかがぼんやりわかったのに。そういうのが一切ない」
それでも今はもう頭痛も記憶の混濁もない。行くタイミングの問題か? だとしても死ぬ直接的な原因が分からないままだ。
「まぁヨースケがそういうなら……ヨースケに従うべきっすけど。正直な話、……魔力欠乏がきついっス。虫だとか魚だと補給効率が悪いって言えばいいんすかね。あと本音を言うと肉が無性に食べたいっす」
「肉は俺も食いたい」
あながち冗談ではない気がする。ノーチェの身体がどの程度人間と同じ構造なのかは分からないけどそれなりの量を出血したことを考えるに鉄分だとかミネラルの類。それに単純なエネルギー量が詳しくは分からないが足りてないようにも思える。俺自身も。
「でも今日はまだこれがあるぞ」
新たに捕まえたビネガローチをノーチェに見せつける。心の底から理解できないモノを見る目で睨まれた。それでも彼女は嫌々と手に取って、バヂリと噛み千切る。舌が触れないように工夫して食べていた。
「……ヨースケ実はこの虫が大好きだったりするんすか?」
「秘密にしてたけど割と味は好きだな」
鼻を突き刺す酸の臭いが混ざり合った記憶が区分けしていく。時折、吐き気がするくらい頭を軋ませる近視感も、こいつを食べてるときだけは異臭に頭のリソースが取られてるのか曖昧だ。
「肉か……」
不安はぬぐい切れない。少なくともいままで記憶が間違っていたことはなかった。モンスターに襲われたときも、安全な場所を探すときも。けどあの場所は、危険性のない動物は貴重だ。二度と来ない機会かもしれない。
(偏食は死を招く――まぁ、明日だな……)
まだ平気かもしれないがいつまで平気かは分からない。決めなきゃいけない。そうは思いつつも決断しきれないまま、酷使した筋肉を伸ばすと睡魔はすぐに訪れた。




