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夕暮れの椰子

 椰子の実と言われて緑色の方を想像する人と茶色いほうを想像する人に分かれると思いますが本作では緑のほうです。

 ノーチェは達観したように笑って、俺が一番受け止めたくなかった事実を平然と言ってくれた。


「あぇ? 意外と驚かないんすね。てっきり腰抜かしてみっともない姿を見せてくれると思ったのに」


「……まぁな」


(嫌な予感はしていたんだ。異世界? 異世界ってなんだ。何が転移者だ。何が無人島だ。理解したくない。棚を開けなきゃよかった。いっそ転移するなら一人にしてほしかった)


 これで漂着ゴミの謎もノーチェの異世界じみた服装も翼と尻尾も納得がいく。このまま戻れないのだろうか。……戻る意味も感じられないが。俺の世界でも時間は進んでるのだろうか。いや、こんなことを今考えても無駄だ。現状を把握すべきだろう。


「俺以外にもいるのか?」


「転移者のことっすか? 多いっす。めちゃくちゃ多いっすよ。神様に呼ばれただのとらっく? に轢かれただの。神聖な場所に行って気づいたら~とか。どちらにせよ皆、勇者だとか聖剣使いだの賢者だのと凄まじい力を持ちやがるっす」


 ノーチェは力強く握り拳を作って恨めしそうに語った。体調も回復してきたのだろうか。心なしか顔色も良くなっている。


「誰かに名前を呼ばれたらここにいたんだ。それもよくあるのか?」


「運命の人パターンっすね! ロマンスあるじゃないっすか! 大体はクリスタルに囚われてるお姫様とかの声がするんすよ! そして二人は結ばれるんす!」


「君の声だったんだが」


「はぇ……!?」


 会話が途切れる。ノーチェは頭を抱えて沈黙してしまうと、しゃがみ込んで砂を弄り始めてしまった。


(バカバカしい。運命の人なんているはずないだろう。何がクリスタルに囚われたお姫様だ。にしても……思ったより無人島って音はするんだな)


 彼女が途端に黙り込んで静寂が広がると、波の音や鳥の囀り。蝉の鳴く声までした。異世界にもいるのかもしれない。


「こ、この話終わり……! それよりいい加減現実と向き合うっすよ。……あの飲み物に関しては本当に助かったっす」


「水と食べ物か。椰子の木が沢山あったが?」


「船の上でも陸の上でも偏食は死を招くっすよ。ずっと同じもの食べてると気が狂うっす。水分に関しても応急処置にしかならねえっす」


「ないよりマシか」


(何も摂取できずに川を探して歩き続けるようなことになったら死にかねないから、相当運が良かったかもしれない。面倒事は嫌だし、誰かと一緒にいるのも嫌だけど、死ぬのはもっと嫌だ)


 それに真水にしたって案外すぐ見つかるだろう。川……というには言うには無理があるものの広く足首程度の水深だが沼地も広がっていたのを見た。マングローブが大量に生えて森のようになってしまっているが、より陸地を目指して進めば川があるかもしれない。


 けど気候が気候だ。椰子があるくらい温暖で、何もせずとも汗を掻くし、活動すればもっと水分が持ってかれる。応急処置をしなかったら水源の前でくたばりかねない。


「人間は、いや、私のような悪魔やエルフなりドワーフでもこの気候なら何もせずに寝ていても四百ミリリットルは水分がなくなるっす。ジリ貧っすよジリ貧。だからヨースケ。いますぐ椰子の実を取ってくるっす。私は食べれそうなもの探しておくっすから」


「なんで俺?」


「ナイフ持ってるからっす」


(椰子の木を切り倒せとでも言いたいのか? いや、長い枝をナイフで切ってそれで実を落とせばいいのか? いや、そもそもそんなことを俺がするくらいなら返したほうがいいか?)


「……まぁ、善処する」


 味は甘いのだろうか。食べたことも飲んだこともないから正直な話、少し楽しみだった。……間違ってもバレたくない心境だ。




 ――――楽観的でいられたのも椰子の実の皮算用をしていた頃だけだ。低い木は大体四メートル程度の高さだったが太い木の枝を振り下ろして実を落とすのは一般人の俺にとってハード極まりないものだった。


 重い枝を持ち上げて、振って、空振って、当たってもなかなか落ちない。段々イライラしてくるし、だらだらと汗を掻くしで苦行以外なにものでもない。ぜぇはぁと息を切らして、日が沈む前になんとか取れたのが六個。緑の硬い外皮で覆われた果実は苦労相応の重みがあったと思う。


(……そもそもなんで俺はこんなことをしてるんだ?)


「木に登って取ればよかったんじゃないすか?」


 ノーチェが隣で嘲りながら俺が集めた椰子の実をいくつか持ってくれる。けど無茶を言ってくれるな。あいにく部屋からテレポートした所為で裸足だ。


(間違いなく登ったら色々刺さる。砂の上歩くのだってときどき痛いし熱いのに。こんなことならスリッパを履く癖をつけるべきだった)


「いや、スリッパじゃ登れないだろ」


「なんの話っすか? とりあえず私も生で食べられそうな草取ってきたっすよ。ヨースケにはどれが毒かなんて分からないっすから」


 俺達は夕日を見ながら砂に腰を下ろした。静かに響く波は橙に染まる空を乱反射していて、ロマンチックな光景だった。女の子と二人きり。褐色の肌は沈む夕日に照らされるとなおのこと艶やかで綺麗だ。夕暮れの誰もいない砂浜。


(……バカバカしい。思春期じゃないんだ)


 頭でそう考えながらも彼女のことをあまり直視できない自分が嫌になりそうだった。


「ええとー! これがタロ芋でこっちがマンドラゴラの根。あと砂浜に生えてたサボテンの実と、アマゾネスリリーっす」


 ノーチェは瞳を輝かせて、ごろごろと丸い球根やら細長い顔のある根やら赤い果物やら白い花やらをその場に広げて得意げに説明していく。


「マンドラゴラってあの?」


 椰子の実にナイフを突き刺しながら尋ねた。思った以上に実が固く、刃で斬れない。


「どのマンドラゴラかは知らないっすけど、根っこに顔が合って引っこ抜くときに叫んで、引き抜くコツは先に口の部分を爪で潰せばいいマンドラゴラっす」


 ザスザスとナイフを何度も椰子の実に突き立てた。岩場でやるべきだったかもしれない。砂の土台じゃ不安定で、思った以上に中のジュースにたどり着けない。だらだらと汗が流れ落ちていく。この果物は本当に労力に見合うのだろうか不安になりかけていた。


「ほら、口開けるっすよ。あのジュースのお礼にしちゃ味もなっちゃいないっすけど。くっふっふぅ、女の子に食べさせてもらったことなんてどうせないっすよね?」


 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて、ノーチェは甘い香りのする白い花を俺の口に近づける。


(余計なお世話だ。確かに初めてだが何が悪い。こいつには羞恥心がないのか? 今日知り合ったばかりの奴に指であーんなんて)


「やめろ。俺がいつあーんしてって言った」


「あ、指は食べちゃ駄目っすよ?」


「誰が食べるか」


 拒絶しようと口を閉じたけど、ノーチェは思いのほか諦めが悪かった。ぐりぐりと頬に花を押し付けて、無理矢理口にねじ込もうとしてくる。


「……っち」


 仕方なく口を開けた。なんでそこまでして手で食べさせたかったかは分からない。花はシャキシャキとした触感だった。ほのかに甘いような、けれどもほとんど無味だ。


「まぁ、旨いんじゃないか?」


(ヘルシー思考のマダムが好きそうな味がする。あまり美味しいとは思えないな)


 カロリーが少なそうだった。抵抗しても無駄だったので餌付けコーナーのウサギみたく彼女が寄越してくる花を食べていると、ようやく椰子の実ジュースにまで刃が届いた。べたべたする汁がナイフを濡らす。


「ようやく斬れたぞ。あんたから飲め」


「好感度上げのつもりっすか?」


(誰が好感度を上げたいって言った?)


「また倒れられたら困るだけだ」


「優しいのは分かったけどあんたが飲めっす。昼から何も口にしてないしマジで倒れちゃうっすよ」


 強い口調で彼女に手渡したが、ノーチェは優しく首を横に振って突き返した。グッと俺の中で何かが込み上げる。耳が赤くなるような感覚がした。反吐が出る。幸いにも夕日のおかげで無駄に赤くなったのはバレていなそうだった。


「……じゃあ、飲ませてもらう」


 無人島で苦労の末に初めて飲んだ椰子の実は、薄い甘みのあとにツンとする臭みがして想像していたものよりも十倍は美味しくなかった。


「くそまずいなこれ」


(臭みしかないワサビをスポーツドリンクに混ぜた味がする)


 思わず零れた辛辣なレビューは波の音に溶けていった。



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