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水没林の探索



「ッ、不意打ちは卑怯っすよ。こういうのは私から握る派なんスから」


 ノーチェは素早く手を振り解いて、むず痒い表情で俺に手を伸ばしてくる。そういう意図じゃなかったのに恥ずかしいことをした気がする。手を握り直そうと思ったけど、こうも改まれると正気で彼女の手を掴むのは無理だった。


「……手を繋いでると水に落ちたら巻き込むかもしれないし、やっぱりやめておこうか」


「……っすね」


 そこで会話が途切れた。薙ぐような風が生暖かい空気を攫って一瞬だけ涼しくなる。一瞬だけだ。日が昇ってきて水面が蒸発してきてるのか蒸し暑さは今までで一番酷い。それでもノーチェの真っ白な髪が柔らかに靡いているのを見ると清涼感だけは味わえた。


 風に乗っているのは髪だけじゃない。揺れる枝葉。それに大量の蜻蛉。大きさは思いのほか普通で、蚊だの蝶だの蚋だのを片っ端から捕まえていた。


 俺達からすればありがたい限りだ。ミント臭のする草を肌に擦り付けたって刺されまくってる。多分だが汗で草の液が全部流れ落ちた所為だ。


「ヨースケ、ちょいストップ。血腐沙魚ジャララハァーゼがいるっす」


 水を吸いに吸って深く沈む腐葉土に踏み出したとき、不意にノーチェは姿勢を低くして二本目のナイフを構えた。


 聞いたこともないうえに発音不可能な言葉を呟いて、次の瞬間一気に地面を突き刺す。それから何かを強く踏みつけると笑顔を浮かべて手招きした。


「うぇ、なんだそいつ。蛇? 鰻? でもなんか色々気持ち悪いな」


 彼女が仕留めた得物を覗き込む。体長は片腕ぐらいの長さ。青と黒の縞模様で、蛇みたいな胴体。ナイフで踏み斬られた三角の頭。けどエラと背びれがあって、腹部には巨大な吸盤。見たこともない生き物だった。


「こいつは牙に血が腐る毒があるっす。ハゼの仲間で吸盤で樹木とかに張り付くし、肺呼吸もできるっす。泳ぐのはド下手っすけど」


 ひとしきり説明をしてくれると思むろに葉籠に放り込まれる。……食べるらしい。念願の魚肉……だが釈然としない。毒牙のある頭部も何に使うのかわからないが丁寧に葉で包んで仕舞い込まれた。


 それからさらに三十分ほど歩いた。足場が悪く探り探りなため距離はあまり移動できていない。無駄な体力を使わないほうがいいのかもしれないが、何かあったときのために逃げ道は把握しておきたかった。直感がそうすべきだと告げている。


 強風で薙ぎ倒された木々を道にして進んだ先、密林のなかにぽっかりと穴が開いたような場所に出た。今がチャンスだとばかりに水中で若い苗木が芽吹いている。


 それに見間違えでなければ俺達は思っていたより運が回って来たかもしれない。思わずノーチェと顔を見合わせた。彼女もそれの有用性を理解している。


 密林の枝葉にも負けないほど濃厚な緑。真っ直ぐに伸びて一定間隔に節を持つその植物は、俺の記憶違いじゃなきゃ間違いなく竹だ。竹林のようにはいかないが浸水した地面から突き出るように、他の南国情緒ある植物に紛れている。


「ノーチェ! 竹だ! 竹がある!」


「ヨースケ! コーヒーノキがあるっす!! ……うん? 竹?」


 お互い首を傾げて沈黙。刹那遅れてノーチェだけが「あっ」と声を上げる。……俺にはどれが珈琲の木なのかわからなかった。指の差してる方向を見ても樹木が鬱蒼としているだけだ。太い枝から垂れるカーテンみたいな根とか、刺々しい葉を茂らせる椰子の類だとか。


 わからないで探しているとノーチェが喜々として飛び跳ねながら俺の手を引っ張る。ぬかるんでる地面を蹴り込んで、さっき手は掴まないって言ったのにお構いなしだった。恥ずかしがる暇もない。


「珈琲はこの赤い粒々した木の実っすよ! これがあればもっときちんとした虫よけ蛇避け……それに珈琲が飲めて……ッ! もう泥臭い髪の毛ともおさらばっス!」


「竹だって水筒に皿、濾過機、罠。寝床の改善……ちょっと考えただけでもなんだってできる。これを持ち帰ろう! 拠点の環境が相当よくなるはずだぞ!」


 思わず俺達は手を取り合った。指を重ね合う。浮かれ過ぎだろうか。周囲を警戒――幸い蛇も猛獣も見ている人もいない。ノーチェもきょろきょろと周囲を見渡す。それから蕩けるみたいに、ニヘらァと笑みを浮かべて。木漏れ日が照らす褐色の肌。汗で煌めく。


「ハグしちゃうっすか?」


「し、しないからな? そんな表情したって――――からかうなよ……」


 慌てて手から逃げる。バクバクと高鳴る心臓。俺を嘲るみたいに笑ってたくせに、向かい合ってみると彼女まで顔を赤らめている。逃げ場を求めるように黒い尾がうねる。


「と、とと……とにかく使えそうな分だけ無理しない程度に持ち帰ろう」


 背筋がむず痒い。いつ何が起きるかも分からない場所なはずなのに、こうしてノーチェと一緒にいる分には悪い気はしなかった。

テトラオディ・フォーパル


 フグ科フユウフグ目に分類される陸生のフユウフグ。テトラオディはエルザレスト皇国言語において四つの歯を由来とするフグの名詞である。テトラオディ・フォーパルは南国において生息が多数確認されている。ただし近くに水辺がない場所では目撃情報が見られない。


 体は丸みを帯びる。鰓孔は1本のスリットとなり、胸鰭の前方に位置する。背鰭・臀鰭は体後部に位置する。鰭に棘条はない。腹鰭はない。歯は上下に2本ずつで嘴状になる。多くの肉食性の生物はいくつもの鋭利な歯を持って噛み千切ることを目的とするが、この種の歯は文字通り噛み斬ることに特化している。


 体長は1メートルから3メートルほど。色彩は生息環境によって異なることが、熱帯雨林に生息する種の多くが緑と赤の模様を持つ。


 浮遊する際に体内で空気より軽いガスと尿をバラスト水のように扱う。背鰭と臀鰭で推進力を生み出す独特の泳ぎ方をするが、速度を出す際はガスを肛門から噴射することで加速する。威嚇。同種の縄張り争いの際はこのガスを一度に大量に生成し体を膨らませる。


 雑食性で果実を食べることもあるが基本的には肉類しか食べない。死肉は好まず、生きた貝類や陸生のタコ、蟹などを好んで食べる。人間を食べたという例はないが縄張り意識が強く、テリトリーに入った動物に対してはバチン、バチンと歯慣らしで警告したうえで攻撃を行う。


 産卵時期は不明だが潮の満ち引きが深く関わっていると推測される。産卵は水中で行う。まずメスが岩場に卵を産み付けたのち、歯鳴らしを起こす。音を聞いて集まったオスが威嚇をし合い、勝ち残ったオスだけが放精を行う。産卵行為を終えるとオスメスともに死滅する。殻は極めて頑丈で有毒だが生まれたばかりの稚魚は毒を持たない。


 捕食行為の際に段々と毒が蓄積する。浮遊の際に発生させるガスもこの毒を気体にしたものであり、生まれたばかりのテトラオディ・フォーパルは水中で過ごす。また、このガスは可燃性である。



 人間とのかかわり。

 木こりや猟師への被害が多く死亡例もある。4本の歯で噛み斬られた傷は治癒魔法による回復を行いやすいが首の後ろ、腿の血管など明らかに弱点を狙って攻撃を行うために治療が間に合わないことが多い。


 そのためたびたび冒険者に討伐依頼が出される。甲冑を着込むなどをすることで安全に処理が行えるが、青銅程度では噛み斬った報告がある。また、魚類のなかでも特に炎に対して恐怖心を持っているためか松明を持っていると襲われない。このことが発覚してから段々と被害は減ってきている。


 内蔵、特に肝臓と卵巣、精巣に極めて強い毒を持つが解毒の魔法によって食べることができる。また、実には毒がない。味は癖が強いが淡泊で食感がある。内蔵は魚介の旨味を圧縮したようなと称されるほどであり極めて人気がある。一般には届かない味だがヒーラーのいる冒険者であれば討伐後にその味を堪能することもできる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 元となった生き物の生態を残しつつ凶悪性を高めて所謂魔物と呼べるまでに昇華させてるのは凄いなぁと思った。あと浮遊フグがかなり大きいので先に見つけやすく、狭いところに逃げたり火を起こす手段を持…
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