流転する泥川
最新話から評価ポイントをいれられるッス!!!!!!!
「なッ……な、お前ッ……!」
「なーに照れちゃってんすかぁ? 裸で抱き締めあった仲じゃないっすかぁ」
(確かにそうだが雨のときはあくまで生きるためで……! 今は、今は……)
呼吸が落ち着いてくると途端に顔が熱くなる。違う。俺はそんな邪な気持ちで抱き締めたわけじゃなくて――。逃げるように遠くを見ているとチャポンと水音が響いた。水面に落ちた蝉が生きた化石みたいな魚に食べられる音だった。
「と、とりあえず捕まえた奴を食べよう!」
恥ずかしさを掻き消そうとしたら不自然なぐらい声が裏返った。
――巨大海老の丸焼き。大きな葉っぱを使った蒸し。残っていたココナッツを使った煮込み。今が実りの時期なのか果物も多く味付けは豊富だった。残念なことがあるとすれば、あのゴキブリが手持ちにないことぐらいか。
「それで――もし大丈夫なら私にもっと教えてほしいっす。ヨースケは何が見えたんすか?」
説明しようと口を開くとまたズキリと頭が刺された。けどもう吐き気はない。水を吸いきって白く濁った俺の死体。砕けた頭蓋。ちぎれた腕。巻き上げた泥と雨水に混じった確かな異臭。全部鮮明に蘇っても、もう平気でいられた。ノーチェの熱が上回っていた。
「あのフグの怪物を目の前にして咄嗟に動けなくて死んだ俺の死体だった。……なんて言えばいいんだろうな。そいつの記憶が微妙に俺の中にあって、そのおかげで咄嗟に動けたんだと思う」
(死んだ俺の記憶が時間を巻き戻って今の俺に戻った……のか? けどだとしたらなんで死体がある)
たき火の揺らめき。鳥の囀りと波打つ水面の音。数秒黙り込んだだけで周囲の音や匂いが呑み込もうとする。急かされるみたいに俺は言葉を続けた。
「それで……死体に触れたら俺が死ぬ瞬間を思い出して、怖くなった。ノーチェには助けられた。その、ありがとう」
「素直に褒められるとなんか調子狂うっすよ……ぉ」
やるせない様子でノーチェが頬を掻いてジっと半開きの瞳で睨む。けどすぐに毅然とした面持ちになって向き合った。ゆらりと黒い尾が立つ。
「もしかしたら――それがヨースケの転移者としての力なのかもしれないっすね。多分言ったと思うんすけど、別世界から来た奴って大体勇者だの賢者だのと……こう、異常なまでの能力があるんすよ」
「能力?」
「以前、魔族を大量に虐殺して英雄扱いされたやつにいたんすよ。不死者を名乗って、死んでも足元の泥から細胞レベルで同じで、記憶もまんまなそいつが生まれる」
――それは本当に不死なのか? ただ全く同じクローンが引き継いでるだけで、じゃあ俺は? 俺も本当は泥で出来てるんじゃないか?
消えかけていた不安がわき立って全身が凍りつくような、指先に力が入らなくなる。……握り締められた。ぎゅっと。ノーチェの華奢な指が交る。顔がグイと近付いてそのまま額が触れあった。土と草と水の匂い。熱が熱い。青い瞳が覗き込む。
「断言するっすよ。いくら蘇ったって死んだ事実は消えないっす。生命に干渉する魔法が神の領域にまで行っただけ。記憶も何もかも引き継いだ別人を生み出す魔法であって、結局死んだ奴は五感も、思考も全部、途切れちゃうんすよ。誰だってそれは同じ。ヨースケも、私も。死んだらそこで終わり。時間だの生命だのに干渉したって――」
握られた手はされるがままに彼女の胸に触れた。脈動する心臓。小っ恥ずかしそうにノーチェは微笑む。
「同じ川に二度と入ることはできないっすよ。……でも今ここにいるヨースケも私も確かに生きてるっすよ。だから大丈夫。いままで通りに、食べて、飲んで、怪我をせず……ッス!」
真剣で不安そうな眼差し。ノーチェは小さくガッツポーズをして翼を広げる。彼女を見ていると自分が誰なんだとか、考えても仕方ないことを思いつめてるのが馬鹿みたいだった。
(胸がドギマギする。手を離すべきだ。……脈拍がバレる)
「ッ……ノーチェの言うとおりだな! 生き延びよう。まずは寝床をもっとよくして……あとは食料のレパートリーが欲しい」
誤魔化すみたいに声をあげて俺は立ちあがった。悩んでたって仕方ない。これからすることを考えよう。例えばなんだ。魚を捕まえるとか、植生がこの岩がゴツゴツした拠点をもっと住みやすくするとか。
「そうと決まれば行動あるのみっす。まず周囲の環境をもっと見て回らないっすか? あんまりこの水浸しが長く続くならイカダでも作っちゃいたいっす」
乾いた服を慣れた手つきでノーチェは身につける。ショートパンツを履いて、青い布きれで胸を隠す。そういえば今まで裸だった。
「……ヨースケもいつまで生まれた姿でいる気なんすか?」
「慣れて違和感がなくなってきただけだよ。着れるなら着るって」
追うように着込んだ。軽やかにステップを踏んで岩壁の拠点から出る。水面から突き出る樹木。緑は濃くて、その所為かより一層木陰が黒く見える。けどこの浸水で倒れてしまった木も多いのか、改めて空を見上げると浸水する前より霞んだような青色が目立つ。
うだるような蒸し暑さのなか。幸いなのは風通しが良いことぐらい。水面から突き出た岩場。倒木。陸地を足場にひとまず散策をすることにした。
(魔法は使うな。緊急時だけにしろ。あれはおまえの唯一の武器だ)
頭のなかで掠れた記憶が警鐘を鳴らす。何故? 怪物に殺された俺の記憶はもうとっくに途切れているはずなのに。あんなにノーチェに励まされて、力を貰ったのに。未だに不安の元凶のようなものが拭えない。
「……注意して行こう。いつモンスターとか蜂とかに遭遇するか分からない」
自分に言い聞かせるみたいに言葉にした。湿った樹木を橋にして進んでいると透き通った水を泳ぐ魚の群れとか、濃い緑のなか目立つ極彩色の果物とか。壮観する景色に呑まれるのが心細くて、俺は自分からノーチェの手を求めた。




