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雨溜まりの大地

「さすがに……疲れたこうも想像通りにできるとは……思わなんだ。ああ、けどいいな……壁と天井があるだけで……すっげえ落ち着く」


 全身の力が抜けてその場でバタリと仰向けになるとノーチェが手を伸ばす。思わず軽快なハイタッチ。手を交えて、ノーチェはニヤリと笑うと俺を起こしてくれた。


「ありあわせの杖でここまでできるなんて信じられないっすよ! 確かに悪魔の血は触媒として有用っすけど相性が相当よくな……ええとっすね……」


 何かを思い出していくかのようにノーチェの言葉は小さくなっていく。昨夜のことを彷彿とさせる褐色肌の赤らみ。


(なんでそんな表情をッ、ああ……! そういえば初日に運命の人だのなんだのって……いや、本気にしてるのか? まぁ、嫌じゃないけど……)


 気まずくなって誤魔化すみたいに火に薪をくべる。まだ出会って数日なのに満更でもない気持ちで、これはつり橋効果なのか? だとしたらもっと落ち着いた状況が欲しい。


「け、けどこんな立派な家出来ちゃったら雨が上がっても砂浜で寝るのは嫌っすねぇ……」


 顔を合わせずに濃霧の密林を蒼い双眸が覗く。吊り上がった声だった。雰囲気を和ませようとしてくれてるのかはわからないけど、確かに気は紛れる。


「火が着いてる限りは虫も少なくて済むしな。昨日刺された場所まだ痛痒いけど」


「晴れたら本格的にリフォームと食料探しっすよ。水は充分っす」


 岩に打ち付ける滂沱の雨。流れ伝って岩場の窪みに大量に溜まっていく。屋根から首を出して空を見上げるけれど、濃霧と雲が混ざり合っていて何も見えない。晴れるとは思えないけど、ノーチェが言うなら違いないのか。


「……晴れたら入り口にカーテンが欲しい。魔力が回復したらもっと魔法で住みやすくして」


 食料は海に取りに行って、あとは乾いた木々を集め直さないといけない。もしこのまま雨が降り続けてたら椰子の火種も尽きていた。そのあとは――――。


(……食料も住処も安定したとして、そしたら俺はどうすればいいんだ?)


 島から脱出? 元の世界に戻る? ……ノーチェはどうなるんだ?


「どーかしたっすか? ひっどい深刻顔はヨースケに似合わないっすよー」


 グイとあどけない顔が目の前に近づいて両頬を抓られる。笑顔―! だの言いながら無理矢理口角を吊り上げてきて、ノーチェのほうが俺を見て馬鹿笑いしていた。笑い返す。彼女の指は熱っぽかった。


(……今はまだ安定してないし、先のことを考えたって仕方ないだろ)


 そう言い聞かせた。だってまだ雨は降り続けている。少なくとも今日は何もできそうにない。魔力も使い切ったのか数日前の倦怠感が振り返してる。けど、本当に、本当に全てが上手くいって、生活が安定したら俺はその先どうするんだ?




 7




 七日目の朝が来た。二日半も降り続けた雨も岩壁の前には無力だ。魔力枯渇した甲斐あって寒さに震えることはなかった。椰子の葉やらその辺の草で作った寝床から起き上がる。砂浜で寝ていたときと違って肌が蒸れたりはしないがただただ肩や腰が痛い。


 胃が締め付けるような感覚に起こされた。雨が降ってる間まともに動けていないし、蟹を焼いて食べたのが懐かしいくらいだ。空腹だった。


「ノーチェ、朝だぞ。服も乾いてる。海に行って何か捕まえよう」


 呼びかけると寝ぼけ眼を拭いながらノーチェも起き上がる。グググと背を伸ばすと同時に広がる小さな翼。ピンと張った尾。それで完全に目が覚めたのか、いつもの快活な瞳が俺を覗いた。


「うにゃ。魔力も体力もスカスカだからこれ以上何も食べないとヨースケのこと取って食べちゃいそうっす」


 咲いたような笑顔を浮かべると小悪魔の八重歯がよく目立つ。食べられないためにもナイフと杖を手に取った。外に出て、踏み出した足が止まる。


「こんなに雨が降ったのか? もはや地形に見覚えがないんだが」


「……寝床に選んだ場所。海抜があって助かったっすね」


 思わず周囲を見渡した。雨が降る前までは腐葉土の積み重なった密林だったはずだ。トゲトゲの多肉植物に巨大な椰子やら蔓植物があって……けど今となっては全くの別世界だった。


 すぐ足元を満たす透き通った雨水。場所によっては身の丈ぐらいの水深があった。一昨日まで蟻が這っていた倒木に小魚が群がっている。木の根や苔むした岩が水没した地面から突き出ていた。一羽の水鳥が慣れた様子で泳いでいる。


 植生すら変わっていた。サボテン類は跡形もなく消えて、どこに隠れていたのか蓮の類が大量に水面を覆っている。鮮やかな桃色の花まで咲かせていた。

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