家づくり:魔術式
6
六日目の朝を迎えた。絶対寝れないと思っていたが疲労の蓄積もあって気絶するみたいに意識が落ちたらしい。ゆっくりと目を開ける。白く空気を染める霧。暴風こそなくなっていたがいまだに雨が降り続けている。
「んにゃ……もう朝っすか」
身体を起こした所為で密着していたノーチェも目を覚ました。絡んでいた脚がほどけて、回されていた腕が離れる。――目が合ってしまった。お互い半身を起こした状態で向かい合って黙り込む。
張りつめた両翼。尻尾だけが機敏に揺れている。ノーチェの青い双眸が俺の顔を見つめたあと視線を少し下に向ける。一瞬無表情になって、遅れて目を見開くとそのまま顔を背けられた。
「い、いや、これは朝なのもあるから」
(見苦しいにもほどがある)
咄嗟に言い訳をして大慌てで距離を取ったが思考は冷え切っていた。自分への軽蔑が気道を突き刺す。すぐに服を着ようとしたけどまだぐっしょりと濡れていたので諦めた。火はいつのまにか消えていたが幸いサラマンダーは逃げ出してない。雨さえやめばすぐに乾かせる。
「お互い見ないようにすると逆に意識してつらいっすよ。気にしない方向で善処するっす。……私も」
お互い全裸で向かい合ったのは初日以来だ。背を向けて会話したり密着して寝るのとは違う恥ずかしさがある。ノーチェは気づかないフリというか、特に言及はしないでくれてるけど親切心が逆に辛い。時々視線が下のほうに向いてる気がしてならない。
「服まではいかなくていいと思うが最低限なにか作ろう……本当に申し訳ないとは思ってる」
彼女のためではなく俺の保身のためにそう提案した。露わになった翼の付け根や臀部を見てしまって意識することもだが、それ以上に俺が見られることが耐えられない。このままだと人間としての倫理を失ってしまいそうだった。
「んんー……! ちょっとタンマっす。今ベキバキの時間だから」
ノーチェは嫌に色っぽい息を漏らしながら背を伸ばす。ピンと伸びた翼に尾。半身を曲げてストレッチし始めると背骨があらん限りに鳴っていた。髪が逆立って腋やら首やら。元々露出の多い恰好でいままで見えていた部分ですら変に視界に入る。
「うにゃ、どうかしたっすか?」
数日と変わらない笑顔を向けられる。小さな口から垣間見える八重歯。息が止まりそうになる。なぜだ? 昨夜の所為? だとしたら俺は不純過ぎる。それじゃあ彼女の――――。
(考え過ぎだ。今の状況を理解しろ。水こそあるけど食料もない。崖の形のおかげで最低限の雨は防げるけど、逆に最低限しか防げてない。改善しなかったら体力がなくなるだけだ)
デジャブがした。脳裏に突然思考が纏まって記憶が軋む。まるで過去に考えたことをふと思い出したみたいな違和感がした。前にも似たようなことがあった? ……いや、初日は確かに裸で向かい合ったあったな。ここまで俺は酷くなかったと思うが。
「ヨースケ。ひとつ提案があるんすけど……魔法はもう使えそうすか?」
申し訳なさそうに小さな声で彼女は尋ねた。体調がいいか悪いかと訊かれたらあまり良くないが、【石槍】を放ったときの虚脱感というか、魂が抜ける感覚はもうない。
「多分平気だ。どうしたいい?」
「リフォームするっすよ。火や水は結果的に手に入ったっすから……土は今にしてみればラッキーだったかもしれないっす」
小悪魔の笑みが向けられる。腕を組んで翼を広げて仁王立ち。その一瞬だけはあられもない姿なのを忘れてしたり顔だった。俺が中途半端に顔を背けるとすぐに縮こまったが。
「まずは儀式の準備っすよ。魔法使ったらヨースケ確実にぶっ倒れるんでここで先に休憩しとけっす」
ノーチェは雨に濡れた草を踏みしめて森に向かおうとする。艶やかな肩、首に雨粒が打ち付ける。滴り伝う。背中の小さな翼がパタパタしているのを見てると、なんだか不意に不安が込み上げてくる。昨日の嫌な夢が忘れられない。
「ノーチェ!」
ビクリと少女の肩が跳ねる。尾がピンと立ったまま困惑した表情で振り返った。普通に呼ぼうとしたのに無意識のうちに声が裏返っていた。
「ど、どうしたんすか……? 突然私の名前叫んで。それに表情……こ、怖いっすよ」
「いや……ただモンスターいるかもしれないから、あんまり離れない方が」
「フッフー? 可愛い心配しなくても目の前の木から一本枝貰うだけっすよ。あ、ナイフパスしてほしいっす」
「投げないってさすがに……」
手渡すと雨に打たれながらガツガツとナイフを振り下ろした。身の丈ぐらいの長さで太い枝をへし折ると崖の下に戻ってくる。
「これでなにを?」
「まぁ見てろっす。魔族の儀式っすよぉ♪」
濡れた白髪から落ちる雫を拭いながら彼女は作業を始めた。蒼く妖しい瞳がうっすらと蛍光していた。
――――今採れたばかりのちょうどいい大きさの太い枝。先端に巨大な巻貝を樹皮を使って巻き付けるとノーチェは小さな傷を指につけて血を一滴垂らす。
「それは何を作ったんだ? あと火は並べたぞ。言われたとおりにミントみたいな草を燃やしてるけど」
昨夜口にしたツンとする葉っぱで焚火を作りを円状に五か所置いてくれと言われたのでその通りにしたけれど、一から十まで彼女が何をしたいのかわからなかった。霧雨のなか立ち込める黒煙。あの香草を炊いてるせいで鼻がおかしくなりそうだが、おかげで虫がいなくなった気がする。
「これはねぇ……ヨースケのための杖っすよ。杖」
無知な俺を嘲るみたいにクスクスと楽しそうに笑っていたけれど、地面に五芒星を描き始めたので素人でもなんとなく理解に至った。表情に出たのかちょうどよく杖を手渡される。
「これで魔法を使えと?」
(けど前に魔法を撃ったときは本当にヤケクソだっただけだ。今こうしていかにもな舞台装置を造られて同じようにできるのか?)
「魔法は才能があるなら準備二割想像八割。イメージっすよあとは。杖を強く握って地面を突くっす。声をあげながら! 岩を置くんじゃなくて岩盤ごと持ち上げて壁にするみたいな!」
「いや、そんなこと言われても――」
急かされて杖を力強く握り締める。前に魔法を使ったときと同じように一点だけを見詰めた。
(前に? ……ああ、【岩槍】を撃ったときだ。他に魔法なんて使ったことはない。一切も)
集中力を注ぎ込むと呼気が震えた。この杖を握り締めたのが一度や二度ではない気がして頭が真っ白になってくる。――俺は、俺は。
(魔法を使えなければいつか死ぬ)
直観が囁く。まるで未来でも見たかのように。フラッシュバックするみたいにこの身体がモンスターに食い千切られ、切り裂かれる一瞬が脳裏に映り込む。
「――――ッ! 【岩盤壁】!」
掻き消したくて大声で叫んだ。杖の底を地面に押し込む。
瞬間、五芒星を描こう炎が全て消えた。グラリと空気が震撼して全身から力が抜けていく。地響きがした。足をつける地面が流動して、壁を築くように想像通りにせり上がった。
「フー……! フー……!」
崖と岩壁によって横殴る雨が断絶される。出口以外を覆えたらしい。無骨な流線形の岩が地面から生えていた。




