保熱
にゃーんだけでもいいから感想とか欲しくて仕方ない。
数日の日没は呆れるくらい長かったが雨天に限っては違うらしい。急速に冷えていく気温と共に灰色の雲がよりどんよりと暗くなって、少しすると森の視界は最悪な状態になった。
腕を伸ばした先が夜闇に紛れて見えなくなる。明かりは背を照らす炎だけ。もう恥ずかしいだの緊張だのしている余裕すらなくて、ただただ寒さに体が震える。
腕や脚を擦り、身体を縮めて横になる。寝よう――寝ようとして必死に目を瞑る。雨が止むことを祈る。ガチガチと鳴り続ける歯。冬の寒さとは違う雨風の暴力。冷えた湿気すら身体を濡らす。真っ暗闇のなか、目も効かなくなった熱帯雨林に打ちつける音だけが響いている。
「寒い……さすがに。ノーチェは平気か?」
「そのまま振り向かないで」
すぐ隣で声が聞こえた直後、焼けるような熱が背から覆うように密着した。柔らかな感触が押しかかる。トクントクンと脈打つ音と動きが筋肉から脳へと廻って、褐色肌の腕が回されて脚が絡みつく。細い尾が脚の間から出てきて、俺の腿に挟まった。
吐息が耳元を掠る。柔らかな髪が確かに俺の肩や首を撫でる。
(――ッ!? なにしてるんだ? これ、ノーチェ……背中に)
「今日だけっす。……私も本気で寒いから、お互いダウンするのはやばいっす。だからこうやって。……こうしてるだけ。変な気起しちゃダメっすよ」
肩に顔をうずめられる。ぎゅっとさらに抱き締められた。握られる手。指は彼女のほうが冷えていた。ノーチェの華奢と柔らかさ、熱。脈動が分かりたくない域にまで分かってしまって。
ああ、でも確かに刃だと肌が密着している部分は熱っぽい。感情的なことだけじゃなくて底冷えた空気に晒されるよりも何倍も。指先や脚。背。寝ようにも火の熱だけでは凍えていた部分に血が通う。
(変な気を起こすなって言われても……これじゃあ寝れない。嗚呼、分かってる。俺は死んでも手は出さない。そういうのはお互いが……というかこんな島じゃなくて安全な場所で、かつ愛があって……!)
されるがままだった。嫌なわけでもなくて、ただ生き残る為にしている事に俺だけが動揺していて、それが嫌で仕方なくて、罪悪感が胃を苛む。咄嗟に身を退くことも何か言葉を発することもできなかった。
(いや、俺は彼女とそういう関係でもないのになんでこんなことを考えなきゃいけないんだ。そもそもノーチェだって今は仕方なくこうなってるだけで明日晴れたらお互い忘れるのが一番だ。何が愛だの安全な場所だのと……! 俺達は確かに普通の状況だったらあり得ない事態になってるけど、今は普通じゃない。凍えそうだからで、だからつまり堪えろ。そう、ウニを数えよう。スカベンジシーキャットが一匹、スカベンジシーキャットが二匹……)
念仏みたいに頭のなかで昨日みた巨大ウニを思い出す。あれが砂浜をピョンピョンと飛び跳ねる姿を想像することにのみ頭のリソースを割く。けど無意味だ。意識しないように、考えないようにするほどノーチェの僅かな動きに過剰反応して肩が跳ぶ。
(む、ムッ……が!)
肌から響く心臓の音。位置が分かる。些細な動きですら柔らかに沈み込むような。ああ、顔が真っ赤になっている気がする。目を瞑っても開いてても誤差だ。雨音に耳を澄まそうとしても自分の心音しか分からない。
脈動はノーチェにも響いているのだろうか? だとしたら最悪だ。そういうやつだと思われたくないのに緊張の糸が張りつめたまま緩まない。意識が向かう。気にし続けてると彼女の音と自分の心音すらごちゃごちゃになって頭が真っ白になって。
「……歌ったほうがいいっすか?」
囁き声で問われた。歌……ダメだ。彼女にこれ以上魔力は使わせられない。むしろ苦しいのはノーチェのほうだ。彼女からこうしてくれてるのに、お互いが生きるための行動を率先してくれてるのに。俺だけ甘え続けるのは話にならない。
この状況で眠れそうにないのは違いないが、もう彼女が血の涙を流したり蒼白した顔で息を果てさせるようなところは見たくない。
「このままで平気だ。……その、ごめん。ノーチェだって無理してるのに」
「私は問題ないっすよ。確かに個人的にはこういうこと……苦手かもっすけど、種族の性質上は……問題ないっすから」
向かい合っていないから表情だけは今も分からなかった。けど彼女は時々、寂しげというか自嘲するみたいな笑顔を浮かべてるときがある気がする。今も……その表情な気がした。




