食事
自分の分とノーチェの分で計四匹ほど捕まえて戻ると香ばしい煙に胃を刺激する音がする。駆け寄るとノーチェが枝に突き刺した蟹やタコを豪快に焼いているとこだった。
「おっ! 来たっすね。けどもう少し待つっす。これでも火力が弱くて困りものっすね」
バチバチと熱気が蟹の甲羅を赤く染まってタコが表面を焦がしながら身を縮めていく。もう半分ぐらい大きさになっていた。
「貝とヤドカリも焼こう」
火にくべる。ヤドカリのほうは逃げてしまわないように石で蓋をした。貝は刺々しい殻を砂に突き刺して炙るよう身を焼く。裏っ返すとぐろい斑模様のカタツムリみたいだけど慈悲はない。鼻をくすぐる匂い。唾液がとまらなかった。
「ほらヨースケ、乾杯っすよ。ナイフ貸すっす」
「いいよ。俺が開ける」
ナイフは渡さずに彼女から椰子の実を二つ受け取った。ザスザスと突き刺して、穿いて堅い外皮をくり抜く。もう慣れたものだ。こんなの五分だって掛からない。
「ほら、こんなので慣れると味もマシに思えるな」
「んじゃ、これで乾杯っすね。うへへっ……。人間と悪魔。いかがわしい契約以外でこんなことをするなんて、歴史的にも貴重っすよ?」
俺達は椰子の実を両手で持って、それっぽい気分で乾杯を交えた。ガツンと重みが腕に響く。グラスのようにはいかない無骨な音。お互い苦笑いしながら喉に通した。
火を挟んで小さな沈黙。目が合ってしまって、ノーチェはゆらりと微笑んだ。褐色肌がわずかに赤く染まる。いや、火の反射の所為かもしれない。
「……こういうのって乾杯するとき、なんか言う気がしたんすけど、ヨースケのほうではどうっすか?」
「じゃあ、火が着いたことに乾杯?」
(恥ずかしかったからもうしたくないんだが)
ジィッと蒼い瞳が俺を見詰める。意味深げに煌めいている……気がする。気圧されて顔を引くと嘲るみたいに笑ってきて、触手の先が焦げてしまったタコを突き向けられた。
「んー……! 二人でこうして食事ができることに乾杯っすかね? いままでの、食べるって感じじゃなかったじゃないすか。私がいなかったらヨースケは今頃ダウンして、ヨースケがいなかったら火は着けられなかった。奇跡っすよね?」
(そんな改まった風に言われても返す言葉がわからない)
「……まぁ、そう。なのか?」
「照れてるんすか? ほら、だからもう一度もう一度!」
お互い緊張しながら椰子の盃を交える。今度は触れるくらいにゴツンと、さっきよりは無駄な衝撃なくできた。
「乾杯っす」
「……乾杯」
(俺だけ照れてるのか? ノーチェは距離感が近すぎる。別にいいんだが、なんだろう。モヤモヤする)
考え込みそうになると口元にまでタコを押し付けられた。鼻孔から舌に突き抜ける食事の匂い。ノーチェはニヤリと笑って唾液を堪えるように口を拭った。
「ほーら、タコっすよタコ。ヨースケ食べていいっす。私が捕まえた今日一番の得物っすよ? 咀嚼しながら頭のなかで感謝の念を一万回は唱えるべきっすね」
「……いや、ノーチェが食べていいって」
(そんな物惜しそうにされると食い辛い)
「じゃあ半分貰うっす。ほれ、あーん……! こうされると人間は喜ぶって聞いたっすよ」
ノーチェはふざけたような、甘えたような声で囁いて俺の口元にタコを寄越す。グサリと甘酸っぱい想いが突き抜けるのを堪えて、俺は表情を隠しながら彼女の好意に甘えた。
「うん……旨いな。やっぱり」
パリッと焼いた食感に弾力あるタコの身。噛めば噛むほど染み出る旨味。小さな個体だったけどその分味が濃い気がする。……本当、味のない花やら痺れるサボテンやら最悪だった。
「本当? 本当? なら私も――――うーん! 最高っすね!」
俺が口につけたものをなんら躊躇いもなく頬張ってしまうと咀嚼し始めた。目を瞑り歓喜に腕を振るう。ゴクリと勢いのまま呑み込んでしまって、またジッと俺のことを見詰めてくる。
「……? どーかしたんすか?」
「いや、べつに」
(俺だけか? 俺だけが気にしてるのか? いや、これ以上考えるな。彼女は素でこういうことができる人……悪魔? なんだ)
思考を紛らわそうとじりじりと焼けてきたスイジガイにナイフを突き刺して、ねじ切るように身を取り出す。取り出――――、出てこない。あとで貝殻を砕き割ってしまおう。
「ヤドカリのほうもいけてるっすね。うへ、うへへへ……赤くなっててもう食べごろって感じ!」
こっちもナイフで取り出せなかったので貝殻を砕いた。スイジガイと違って熱で相当脆くなっていたため案外簡単だった。蟹らしい甲殻があるのは前面とハサミぐらいなもので、貝に隠れていた部分はくねり、プリプリと揺れている。
「そうだノーチェ。これに合いそうなのがあるんだ。掛けていいか?」
「おっ、もしかしてヨースケが取ってくるって言ってたやつっすか。いいっすよいいっすよ! かけるっていうことは果物系統っすかね。ベリーとか、柑橘類?」
(残念ハズレだ)
俺はポケットにいれていたゴキブリの一匹を取り出して腹を優しく押し撫でる。あの癖になりそうな酸の液体が数滴ほど垂らして、ついでにこいつらも火で焦がすことにした。焼いたら不快な食感もなくなってちょっと酸っぱいスナックみたいに食べれるんじゃないだろうか。
「すぐに焼けると思うから……」
(あ、いや待て。さすがにこれを説明なしにやるのはどうかして――――)
そもそもなんで俺はゴキブリを食べることに抵抗がなくなってるんだ? ハッとしてノーチェの顔を覗く。彼女は一転して表情を引き攣らせていて、けど怒るわけでもなく俺を憐れむような眼で眺めていた。
「……ビネガローチっすね。……うん。ときどき、いるっすよ? そいつ、好きっていうやつ。私の船にも、その、極限状態でフナムシとか食べるやついたっすよ……?」
「…………ノーチェは、いや、……ごめん。言ってから掛けるべきだった。どうかしてた」
「わかればよし! あ、私は食わないっすからね。そのゴキブリ」
乾いた声。気迫のある眼光が俺を睨む。思わず肩を縮めると、ノーチェは呆れるように鼻で笑った。瞳の光が寂しげに揺れる。
「怖がらないでほしいっすよ。そんなことされたら普通の人間と悪魔みたいじゃないっすか」
(違う。俺は怖がってなんかない。誤解された? 嫌だ。嫌われたくない。ろくに話し相手もいなかった俺にとって彼女は――――。とにかく誤解を解かないと)
俺は慌てて首を横に振った。なんて言えばいいんだろうか。しどろもどろして、数秒の沈黙が余計に気まずくなっていく。とにかく何か言わないと、なにかを。
「…………怖がってたわけじゃない。嫌われたかと思って、慌てたり勢いで意味わからないことして、は? って言われたり距離取られたりして……ノーチェに嫌われたくなかったから、その、どうすればいいか――――」
「あーあー! もういいっす! 私が悪かったっす! 嫌いになんてなってないっすから!! そんなこれから身売りされる小娘みたいな顔するなー! ……ふつうそんな恥ずかしいこと面と向かって言うすか? ……気に――るの私――? 私だけっす――……?」
ぐわんぐわんと肩を掴まれ揺さぶられて、けど声はだんだんと小さくなって、肩を掴む力も解ける。気まずい空気が振り戻った。
「……食べようか」
「っすね。蟹とかまだ沢山……いるっ、す」
忘れられない時間が過ぎた。




