火おこし――収れん式
大慌てで寝床に戻った。椰子の日陰、ノーチェは特別動いたりはしてなかったが休んでもいなかった。砂地に広がる椰子の葉。無造作に敷かれたものではなく、丁寧に編み込まれていた。寝転がりながら今も椰子の葉を編んだものを作っている最中だった。
「遅かったっすね……。大丈夫っすか?」
「ああ、悪い」
(この量を短時間で編んだのか? 全然休んでないじゃないか)
まじまじと見つめていると彼女は快活に笑う。滴る汗を有意義そうに拭って、純白の髪が揺れる。無理矢理休ませようとしたときと比べると調子は良くなっていた。精神的なこともあったのかもしれない。
「……凄いな」
「もっと褒めていいっすよぉ? これで少しは快適になるっすね♪」
(嗚呼……注意するつもりだったのに。けど俺のほうが無茶をしたから人のこととやかく言えないか)
彼女はバテていたのに頑張ってくれた。まだ出会って数日だけど頬が緩みそうになる。胃のなかが甘酸っぱかった。俺もやらなきゃいけない。一人で抜け駆けしてたんぱく質取ったんだ。絶対に火を着ける。
「ノーチェ、少し閃いたことがあったんだ。見ててくれないか?」
「うっす? なにかいい事でも思いついたんすか?」
興味津々に瞳を輝かせて顔を近づける。正直ノリノリだった。島に漂流して以来最高の気分で俺は持っていたペットボトルを見せつける。戻り際に汲んだ海水が水面を揺らした。
「こいつで火をつけるんだ」
チャポンと、太陽の光で煌めいた。
「その容器で? 中に入ってるのは高濃度の酒だったりするんすか?」
「まさか。さっきそこで汲んだ海水だよ」
俺はそそくさと準備を始める。森と砂浜の境目で拾えた比較的黒っぽい色の枯れ葉に椰子の実から取った繊維の塊。火口用だ。ノーチェは椰子の葉を編む手をとめるとジッとこちらを覗き込んだ。いつの間にか背後に立っている。
「紐とか使わないんすか? それでどうやって着けるんすか?」
「ボトルの曲がってる部分あるだろ? 水を入れて湾曲したレンズの代わりにする」
説明しながら実践していく。太陽光にペットボトルを当て、影に重ならないように、光が集中して煌めくような角度を探す。直射日光が屈折して、落ち葉の一点に当たるような位置に砂で固定。あとは待つだけだった。
「こんなんで本当に着くんすか? 太陽光で火が出ちゃったら今頃そこら一帯火事っすよ」
「光が一点に集中しなければ大丈夫だ。逆にそうなると火が出るくらい熱くなる……と思う。あとは曇らないことを祈って煙を待つ」
そそくさと二人で日陰に戻った。ペットボトルに注意を払いながらノーチェの作業を見様見真似で俺も進めていく。シダ状の椰子の葉を裂いて、手に巻いて織物を作るみたいに交差させて……思っていたよりも難しい。
「ヨースケ、ちょっと手を貸すっす。そこはっすねぇ……」
ノーチェは何も気にしていない様子で俺の手をぎゅっと掴んだ。華奢な指が触れて、シュルシュルと葉を引っ張っていく。
「お前っ……!?」
咄嗟に隣を振り向く。顔が近い。肩やら頬を柔らかな白髪が撫でる。目が合うと、ノーチェはニヘラと笑った。
「照れてるんすかぁ? 最初はあんまり喋らないタイプかと思ってたっすけど意外とそうでもないっすよね。ヨースケって。なんもかも顔に出るっす」
「……やかましい」
白昼の晴天を眺めながら黙々と椰子を編んでいく。椰子で水分補給。ノーチェは衣服を作っているらしい。樹皮の紐を通すと不意に立ち上がって、自身腰回りに合わせていた。
「体調は?」
(朝のときと比べて顔色はマシだけど、今も立つときにはフラついてる)
大量に置かれた空の椰子の実。俺が砂浜を散策してる間にも彼女はきちんと水分は取っている。魔力欠乏もそうだが明らかに運動量に対してカロリーが足りない。
「よくなった!? ちょ、ヨースケ! 煙! 煙!!」
砂に足を取られそうになりながら慌ててノーチェと駆け出す。ペットボトルの反射光に焼かれた枯れ葉が黒く焦げて灰色の煙を立て始めていた。俺はすぐに火口の繊維質を手に取って、空気が通るように左右に振るう。
「熱っ! ノーチェ、火どこにやれば!?」
二回、三回とやっていくと火の粉が飛び散って、手が堪らないくらい熱かった。いままでずっと出てくれなかった火が、パチパチと音を立てる火が着いたのだ。
「本当に着くと思ってなかったっすよ!? え、ええと! ここ! ここっす!」
興奮気味に声をあげて、大急ぎで彼女が搔き集めた枯れ葉やら枝やら、椰子の繊維の山に炎を投げ込む。幸い火傷はしなかった。勢いよく上がった手頃な石で囲って一段落。俺達は立ったまま火を見下ろした。数秒、我を忘れてたと思う。
「火が……着いたな」
「……っすね」
顔を見合わせる。動転して呆けてた表情は次第に吊り上がって、見開いていく瞳が爛々と輝いて、思わず手を握り合う。ぶんぶんと振った。抑えられない。渦巻いていた黒い靄が吹っ飛んだ。最高の気分だ。だって、だって! ああ! ようやく……ようやく火が! 火が!
「着いたんだ!」
「着いたっすぅッ!?」
感極まって彼女を思いきり抱き締めた。華奢な肢体。びくりと肩が大きく跳ねる。柔らかなものが押し当たる。けど関係ない。だってずっと着かなかった火がようやく着いたんだ。
「ちょ……!? ヨースケぇ! ハグはブーっす! ずっと身体洗ってないから絶対臭いから! というかヨースケは基本言葉足らずなんすよぉ……! もっとなんか無いんすかぁ……!」
「火が着いたぞ」
(火が着いた)
「情報量ぉ!!」
ノーチェは身体を強張らせていたけれど、観念してか力を抜いて寄り掛かった。不満そうに膨らむ頬。褐色肌が赤らんでいる。バクバクと響く心音が伝わってきて、変な気分が芽生えそうになる。
「い、いつまでー……続けてるんすか」
耳まで赤くして弱々しい声で囁かれた。心音が弾んで、身体が熱っぽくなるのに反して冷めていく思考。……俺はなんで抱き着いてるんだ。女の人に。
「……いや、ごめん」
ゆっくりと彼女を離した。一歩、二歩と距離を取って、直視できずに顔を背ける。柔らかい感触が刻まれて頭を抱えた。しかも俺から抱きしめた。嫌われる? それは嫌だ。
(とんでもないことをした)
「本当にごめんなさい」
「謝られると逆に恥ずかしいから! ……え、ええと、火も着いたし狩りするっすよ狩り。生意気な牡蠣共に引導渡すっす」
「だ、だな。あと、ええと、臭くはなかった」
「……言うなっす!」
ノーチェは逃げるように岩場に駆けた。俺も後を追う。無人島で火がついた。男女二人きり。やることはもはや一つしかない。
(狩りの時間だ)
実際のところ動きの鈍い蟹やらを収穫するだけだが、つねに飢える胃は確かに俺達の心臓を高鳴らせていた。




