閃き煌めき
今すぐにでも吐き出したくなる食感。なんとか咀嚼して、酸の臭いが鼻孔を突き抜ける。目が染みた。けど特別口の中が痛くなるようなものじゃない。味を楽しむ余裕なんかなくて、何度も噛んで、肢をすり潰して羽根をバリバリに破いて、飲み込む。飲み干す。
「ヒュー……! ヒュー……!」
息が荒ららいだ。胸を押さえると心臓の爆動が響く。さらに残っていたその虫を考えるよりも先に捕まえて、握り潰して、また口に運んだ。とても褒めれた味じゃない。酢とエビと磯臭さが舌に纏わりついて、何度も吐きそうになった。
「…………俺、なに食ったんだ」
独り言が漏れる。……サソリ? 尻尾があった。けど刺してこないし針もない。形状はむしろ――――黒光りしていて、カブトムシみたいだけど柔らかくて。もう少し平べったくて。
(嗚呼、駄目だ。考えない方がいい)
けどおかげで眠気が吹き飛んだ。突き刺すみたいな酸味が脱力感を強引に打ち消した気がする。椰子の木に体重をかけて立ち上がった。立ち上がれた。
「歯になんか……うわ、肢か」
ペッと吐き出す。喉がイガイガする。中途半端に肉を口に入れたら余計に胃液が込み上げる。足りない。……もっと欲しい。火おこしはそのあとだ。俺は改めて周囲を見渡した。
岸壁と砂浜の間、やや引き潮によってむき出しになった岩場を覗く。俺が近づくとフナムシに似た生物が一瞬で逃げ出していく。貝は沢山あった。マングローブ林にいる牡蠣とは違って小さな巻貝ばかりだったけどどうでもいい。
ナイフで持てるだけ岩から引っぺがして捕まえた。手頃な石を殻に振り下ろす。一回。二回。砕けた殻。潰れた黒い実。ひとまず1匹分、毒味もかねて舌にのせた。痺れたりはしない。旨味のある毒だったらそれまでだけど、そんなことまで考えられない。
指先ほどの中身をいくつも口に頬張った。磯と塩の味。くそまずい、というより好みじゃない。けどコリコリとした食感はあの酸っぱいゴキブ、虫よりいささかマシだった。
咀嚼して、飲み込む。途中から数えるのをやめたけど十個以上食べたと思う。それでもまだ足りなくって枷が外れたみたいに食べた。砂浜に戻って、手あたり次第枯れ葉をめくり、尻尾つきゴキブリを鷲掴む。口にいれる。
(きもいけど慣れるとマンドラゴラとかよりマシだな)
鼻孔を突き刺す酸味が力をくれた。それに、枯渇していたたんぱく質が胃に入ると思考が開けて、指先に力が入るようになってきた気がする。直射日光もなんのその。自然と口角が吊り上がる。
「はは……ははは。最高の気分だ」
食中毒は不安だけどいいアイディアが浮かんだ。火を起こすのに力なんか必要ない。小学生のときにやったじゃないか。いい方法があった。これは、これならきっといける。
(急いでノーチェのとこに戻ろう)
俺は駆け足で砂浜を蹴りこんだ。体力の無駄だけど、歩いてちゃいられなかった。
大慌てで寝床に戻った。椰子の日陰、ノーチェは特別動いたりはしてなかったが休んでもいなかった。砂地に広がる椰子の葉。無造作に敷かれたものではなく、丁寧に編み込まれていた。寝転がりながら今も椰子の葉を編んだものを作っている最中だった。
「遅かったっすね……。大丈夫っすか?」
「ああ、悪い」
(この量を短時間で編んだのか? 全然休んでないじゃないか)
まじまじと見つめていると彼女は快活に笑う。滴る汗を有意義そうに拭って、純白の髪が揺れる。無理矢理休ませようとしたときと比べると調子は良くなっていた。精神的なこともあったのかもしれない。
「……凄いな」
「もっと褒めていいっすよぉ? これで少しは快適になるっすね♪」
(嗚呼……注意するつもりだったのに。けど俺のほうが無茶をしたから人のこととやかく言えないか)
彼女はバテていたのに頑張ってくれた。まだ出会って数日だけど頬が緩みそうになる。胃のなかが甘酸っぱかった。俺もやらなきゃいけない。一人で抜け駆けしてたんぱく質取ったんだ。絶対に火を着ける。
「ノーチェ、少し閃いたことがあったんだ。見ててくれないか?」
「うっす? なにかいい事でも思いついたんすか?」
興味津々に瞳を輝かせて顔を近づける。正直ノリノリだった。島に漂流して以来最高の気分で俺は持っていたペットボトルを見せつける。戻り際に汲んだ海水が水面を揺らした。
「こいつで火をつけるんだ」
チャポンと、太陽の光で煌めいた。




