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過去を語る夜

 ――――日が沈んで何も見えなくなる前に夕食を取った。いままで食べていたものが確実に減ってきている。今日食べたのはサボテンの本体を一人一枚。ナイフで針を取って、適当に角切りしたものを口に放り込んだ。


 ぬめりけのある胡瓜のような味で悪くはなかったけど、ベロに乗せてすぐに痺れるような感覚があったため吐き出した。それから数分して発疹が腕と首に出始めている。赤く腫れあがっていた。


「椰子の実、果水でうがいして洗い流すっす。もったいないっすけど」


「……ごめん」


 謝ったら頭を撫でられた。慌てて距離を取る。撫でられた髪に感覚が残っている。ドギマギする。


「そういうときは、ありがとうって言うもんすよ。謝られても困るっすけど、ありがとうって言われたら嬉しいじゃないっすか」


(そんな風に言われたら余計言いにくい)


「……ありがとう。アレルギーだったのかもしれない。実のほうは平気だったから毒かとも思ったけど、あまり痛みとか痒さはない。……ノーチェもなんともなさそうだし」


 幸いなのはその二つだ。麻酔のような感覚こそあるもの見た目ほど痛みや痒みはないし、ノーチェに至ってはそんな症状一つなく食べ切っている。美味しかったらしい。


「うーん……冷やしたほうがいいんすかねぇ? でも変に海水とかに浸けるの嫌っすよね。腫れてるっすけど塩は刺激物っす」


 俺は数十メートル先の海を眺める。昼は吐き気がするくらい長いくせに沈むときは一瞬だ。もう波は夜によって黒く染まろうとしていた。遠くだけが、夕日で黄金色に輝いている。


「氷があればいいんだが」


(なんで俺は土属性なんだ? 土じゃなければ……もっとやりようはあったはずだ)


 よりによって一番地味で無人島で使い道のなさそうな魔法。火をつけられなかった無力さを思い出すとため息が零れる。さっさと寝てしまおうと横になった。けど痛みはなくても違和感は残る。喉が圧迫されるようで今日も寝付けない。


「ヨースケ実は甘えん坊なんすか? 毎夜毎夜私と話したがるっすねぇ」


「…………」


(誰が甘えん坊だ。俺はそんなんじゃない。ただ気を紛らわしたかっただけだ)


「拗ねるなっすよ。別に嫌とは言ってないっす。私もなかなか寝れないっすよ。いままでずっと足元が揺れてたんすもん。ザブン、ザブーンって。陸と船の差が消えないんすよ」


 ノーチェが隣で横になる。……いまさらだけど不思議な気分だった。男女が誰もいない夜の島で二人きり。状況を文にして考えるととてもじゃないけど冷静でいられそうにないのに、手を出そうとか距離を置こうとかそういう感情が湧いてこない。


「ノーチェは――――いや、なんでもない。この先どうなるかもわからないのに関わり過ぎたな」


「なんすかその意味深な。いいっすよ。なんでも聞けばいいじゃないっすか」


 慣れない。考えが鈍くなると咄嗟に嫌味な言葉ばかり出てる気がする。考えると、言葉が出ない。どこまで踏み込んでいいのか。俺には他人との距離感が測れてる気がしない。


「ノーチェは島に流される前は海賊だったのか?」


「っすよ。まぁ見ての通り下っ端っすけどね。やることと言えばパシリと掃除ばっか。でも私の魔法は重宝されてたんすよぉ?」


「土出すよか全然いいな」


 五感を鈍くする魔法だったか。正直羨ましい。嫉妬も込めて自分の魔法を比較に出したけど、ノーチェはむふんと鼻息を立ててしたり顔を浮かべるだけだった。


「シェフのガーファンクルが獰刃亀キルゲータを解体しようとして指切っちゃって大騒ぎだったから仕方なく痛覚の麻痺をしてやったらもう感謝感謝の大嵐で……って、この説明じゃ色々分からないっすよね」


 ガーファンクルがどんな人(魔族かもしれない)なのかも、キルゲータが何なのかもよくわからないけど、船のことを話す彼女はとても楽しそうだった。見ていると穏やかな気持ちになれる。


「続けてくれ」


(不躾過ぎたか? 格好つけだと思われてないだろうか。不安だ。けどガーファンクルがどんな奴か知りたい。ノーチェのことが知りたい。……これじゃあキモイ奴みたいだ。また俺は嫌われる)


 自責が苛んだけど、彼女は全く気にしていない様子だった。


「痛いことを平気で言うのは初日から知ってるから気にしないっす。……そうっすね。私のことっすか。いざ話そうとするとどこから言えばいいか。うーん……」


 ノーチェは黒く小さな翼をぱたつかせながら唸った。その表情も段々と夜の闇に飲まれていく。日は長いくせに沈むときは一瞬だ。きっと現実……俺がもといた世界より夕方は何時間も短い。


「いつから海賊だったんだ?」


「そんな長くないっすよ。せいぜい一年ぐらいっすかね。私は非力だし人間に依存しないと本領発揮ができない種族なんすけど、魔族の分類だからって迫害されて、それで海に逃げたら拾われて……。うぅ。ちょっとタンマ」


 ノーチェは不意に黙り込むと、多分、目を拭った。夜の真っ暗闇の所為で断言はできない。けど嫌なことを思い出させたかもしれない。


「ごめん。いつもこうだ。俺は他人のことを考えられない」


 最初会ったときも魔族が人間の敵って教えて貰ったのに、考えが回らなかった。明らかにこの世界は、俺がいた世界よりも差別的で、命の重みがない。


「ち、違うっすよ! これはただのホーム、ううん、シップシック? で! 船の奴ら思い出して……。っちょっと…………寂しくなっただけっすよ。ヨースケは寂しくならないんすか?」


 あまり感覚はなかった。見たいドラマがあったとか、家族がどうしてるかとか、考えようと思えば心配にはなるけど、話題に出るまで考えようとも思わなかった。友達はいない。いたけど、段々嫌われてる気がして、最近絡んだ記憶はない。


「あんまり実感が湧かない」


(しいていうなら冷たいソーダが飲みたい。冷蔵庫で冷やしたやつを首の裏とかに当てたい)


「……なんだ。海賊って、なにをするんだ? 略奪?」


 言葉が詰まって、なんと言えばいいか分からなくなって、俺はまったく別の話をノーチェに投げた。笑われた気がした。それでも彼女は言及せずに話題を切り替えてくれた。


「そりゃ略奪もするっすよ。だって人間だけが私たちを攻撃しておしまいなんて胸糞悪いっすからね。でも殺しはしないっす。生きていくのに必要な分まで取ったら次にその場所で収穫ができなくなっちゃうっすからね。作物みたいなもんす。ほかには――――」


 ノーチェは包み隠さず教えてくれた。海にいる巨大なモンスターを狩るだとか、宝を探して海底の遺跡や小さな島を散策することもあるとか。大変なことも多くて、船が沈みかけたり人間の自警団に攻撃されたり食料がまずかったり、腹が減って厨房で盗み食いをしようとする奴がいるとか。


 魔族と人間の違いは一部の身体的なものだけで、少なくとも彼女がいた場所はゲームみたいに人間を滅ぼそうとしてる訳ではないらしい。


「俺も無人島じゃなくて船に転移したかったな」


 精一杯に冗談を言った。


「恥ずかしいこと言うからダメっす」


 そこから先はあまり覚えていない。ノーチェの声を聞いていると不思議と眠くなるのだ。五感が重くなって、俺はいつの間にか眠っていた。

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