プロローグ:無人島にて転移者と悪魔
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プロローグ:無人島にて転移者と悪魔
ざざん、ざざぁん。波の音がした。暖かで心地よい日差しの感覚。それでいて冷たい水が俺の全身を包み込むような――――。
(……どこだ。ここ)
不意に意識が覚醒して俺は目を開けた。びしょ濡れの服。砂まみれの手。どこかの岸辺に打ち上げられたらしい。けれども海に落ちた記憶なんかない。昨夜も怠惰で何もない一日だったはずだ。
ひとまず立ち上がって海水に浸かるのをやめた。周囲を見渡す。
目覚めてみると心地よいを越してじりじりと皮膚を焼く太陽。狂ったような晴天。白い砂浜を踏み締めて、目の前には水平線。ざざぁんざざぁんと波音。エメラルドグリーンの海。水平線の果てまで何もない。
(……まさかな)
何故だろう。現実としか思えない。夢のなかでこれが夢かどうかなんて考えるものではない。いやいや、けれどもこれは明らかにおかしい。日本じゃない。日本だとしても沖縄とかその辺の……熱帯地方だ。
「誰かいないのか!?」
陸地のほうは鬱蒼としたマングローブにそびえ立つ崖。人の気配は微塵もない。昨夜までは確かに東京にいたはずだ。昨晩のことを必死で思い出そうとすると、ピシリと頭に電流が走る感覚がした。フラッシュバックするようにその出来事が鮮明に浮かび上がる。
椰子の木の根元に腰を下ろして、俺は状況を整理することにした。
それは深夜のことだった。俺が寝ようとしたら何故か衣装棚から、ヨースケ! ヨースケ! って、女の人の声が突然したのだ。
心臓が止まりそうだった。両親は海外にいて家には俺しかいないはずだったのに、知らない誰かが俺の名前を呼んでいるのだ。それも必死に、今にも泣き出してしまいそうで、聞かないフリをしてたかった。面倒ごとは嫌いだから。
でも放っておけなくなって、恐る恐る棚に聞き耳を立てたのを覚えてる。彼女は嗚咽していて、喉が張り裂けそうなくらい泣き出していた。
「――なないで! ――を開けて!」
その声は近いような遠いような、俺にはよく聞き取れなかった。それでも流石に無視出来なくて、棚を開けたんだ。怖かったけどそれ以上に誰が呼んでるのか気になって仕方なかった。けどそれからのことは……何も覚えていない。
「……あほらしい」
(はは、まさか棚を開けたら海外に繋がってるって言うのか? どんな理屈だ? そんな技術があれば今頃世界はもっと酷いことになってる)
自嘲した。思いのほか冷静でいられている自分がいる。転移装置? 魔法? 考えられるのはそんな非現実的なものばかりで、ただそれでも夢ではない確信はあった。証拠はないけど。
……あの声の人はいるのだろうか。そんなぼんやりとした疑問が俺を動かす。しかし同時、ぶるぶると体が震えた。木の陰にいた所為か、水に濡れた服が寒い。それに重い。
(服、乾かしたほうがいいか)
濡れた下着を履き続けるのも不快で、適当な枝木に全てを吊るして全裸になった。どうせ誰もいないのだ。恥ずかしがる必要もない。
(……待て、本当に誰もいないよな? こんなことが原因で犯罪者にはなりたくない。それも公然わいせつなんて……最悪だ)
唐突に不安が込み上げて俺は今一度海岸を見渡した。そして見つけてしまった。なんで全裸になるまで気づけなかったのか。砂浜に流れ着いてるのは木材の破片や貝殻、椰子の実ぐらいとばかりに思っていた。
……女の子が海水に半身を浸けて眠るように砂浜で倒れていたのだ。どこの国の人なのだろうか。絶対に日本人ではないその風貌に俺は釘付けにされた。
絹のように綺麗な白銀の髪。頭にバンダナを巻いていて、ショートパンツにごついベルト。短剣が仕舞われていた。胸を隠すように縛ってある短い上着。艶やかな褐色の肌。すらりとした体つき。それに背中から生える蝙蝠のような翼とひゅるりと垂れる黒い尾。
(尻尾と尾……? 人間? いや、そもそも彼女は生きてるのか?)
「おいあんた。大丈夫か?」
慌てて駆け寄った。全裸のままだが仕方ない。彼女を海から引き上げて呼吸を確かめる。幸いにも息はあった。
(悪いとは……思ってる。けど俺だって恥ずかしいんだ。これは仕方ないことだ)
羞恥を押し殺して胸に耳を当てたが、きちんと心臓も動いている。けれども体が随分冷えていた。ずっと海に浸かっていたのだろうか。濡れた服を着ていたところで余計に体温を奪われるだけだ。
(服を脱がせるべきか。俺は別に問題ないが、あとで何か言われたら堪ったもんじゃない。触れないようにしよう。俺は問題ないが)
せめて彼女の裸を見ないように、見ないように目を瞑って歯を噛み締めて脱がせた。上着を解いて、ショートパンツを脱がせる。
(触るな触るな触るな触るな。大丈夫、俺は悪い事はしてない。…………けど、この翼と尻尾は本物なのか?)
倫理観はあったけど好奇心が勝った。興味本位で彼女の尾と翼の付け根を見て、一瞬だけ触って最悪な確信を得る。
――その尾と翼は本物だった。