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渉と六花の冬

最初の君に会うために

作者: 蒲公英

 先月ローンを組んだばかりの中古車を走らせる。車の中に流れているFMラジオは今年の終わりを告げる言葉のオンパレードで、ただでさえ焦り気味な僕の気持ちは更に急いた。高速道路の続く先に見えるのは大きな月だ。この道は、六花へと続く道。


 年末の慌ただしさにひと月近く会えずに、SNSだけで存在を確認しあっていた僕らは、やっと質量と共に相手の存在を認めることができる。互いの時間の合わなさを責め合うのはナンセンスだから、会えるときに会えるだけ会おうと言ったのは、六花だった。

 乗換を入れれば電間は二時間だけれど、高速道路を使えば一時間を僅かに超えるだけ。往復たった二時間の節約のために、僕は車を購入して維持することを選んだ。そんな経費を支払うのならば、いっそのことどちらかが仕事を変えて近くに住まえば良いと、誰かが言った。けれどお互いに納得した仕事を選んだのだし、それを始めてからまだ一年も経っていない。辞めても良いと思えるほど続けていないことを終わりにしてしまえるほど、生半可な就職活動をしたわけじゃないのだ。だから今は時間の折り合いの不都合よりも、そこをどう克服するかに重点を置く。

 いつか状況が変わり、たとえば結婚しようとするタイミングだとか、どちらかが仕事を大きく変えようとしているとか、今の状態に我慢ができなくなるとか、そんなことがあれば違ってくるとは思う。現状を考えればこれがベストなのだと、六花が言う。

 車を買うことで僕に大きく傾いてしまった交通費のことを、六花はたいそう気に病んでいる。一緒に外出すれば食事代を負担してくれようとするし、六花から僕のアパートを訪れるときは、生活用品を置いていく。僕が勝手にしたことに対してそんな気遣いを見せる六花は、本当に得難い存在だと思う。


「可愛くないらしいよ、私。性分なんだから、仕方ないじゃない」

 学生時代みたいに横並びでない社会では、男が女が先輩が社員等級がといろいろ立場があり、今までみたいに全員が同じ負担でなければ不平等ってわけじゃない。仕事量にしろ生活環境にしろ違って、その中には女は甘えさせるものって価値観の人も結構多い。同じだけの仕事をしてそれなりに努力を認められ始めているらしい六花を、ガツガツしていると批判する人は少なくないと言っていた。

「直接は言われなくたって、接していれば自分の評価ってわかるものじゃない」

 実は僕は、そこを察することがとても苦手だ。けれど六花の話を聞くと、それも悪いことばかりじゃないと思えてしまう。


 六花は辛い顔を見せない人だから、本当はもっとたくさんの悩みがあって苦しいこともあるのじゃないかと思う。明るい笑顔の下に何か隠しているのかも知れない。鈍い僕は、六花が言葉にしてくれるのを待つしかない。だから彼女が何かを話すときには、その言葉を最後まで妨げぬよう、話の方向の行方を変えぬようにすることだけができることのすべてだ。

 こんな僕を一緒にいて安心すると言ってくれる六花が、僕にとっては本当に必要だし大切で、たとえ少々食生活が貧しくなろうがシャツに自分でアイロンを当てなくてはならなくなろうが、優先すべき人だ。

 愛しているという言葉が、ありのままのその人を望むと言う意味ならば、僕はきっと六花を愛している。だから六花が僕を必要ではないと判断するまでは、必ず六花と寄り添っていたい。


 渡せなかったクリスマスプレゼントは、後ろのシートに置いてある。良く晴れた夜空には煌々と月が輝いており、そこに六花の顔が重なる。これから見る顔を思い浮かべ、僕は心の中で微笑む。年末の疲れなんて、なんのそのってヤツだ。


 六花の地元まで行くのは、初めてだ。暮れから休みの六花は里帰りを前倒しし、大晦日まで仕事の僕と正月を過ごす。思いの外遅くなってしまった仕事納めの時間で、すっかり夜が更けてしまった。

「とても非常識な時間になってしまうから、年が明けてからにしようか」

 そう電話したら、六花は即答だった。

「じゃ、私がこれから戻る。年の一番最初に見る顔はわたるだって、決めてたんだもの」

 そうだ。約束してたんだ。年を一緒に越して、お互いの新しい顔を一番に見ようと。物理的に無理じゃないことなら、僕は約束を優先したい。

「大丈夫、身体はそんなに疲れていないから。予定通りに僕が行く」

 もともと近隣のビジネスホテルを予約していたから、六花の家へは翌日に行くつもりだった。ただ連れ出すのもどうかなって時間だっただけ。


 大きな月を道連れに高速道路を降り、知らない道は車のナビだけが頼りになる。少し入り組んだ古い街は、角を曲がるのが不安になる。ああ、あと三十分で年が変わる。

『あと五分ほどで目的地に到着します』

 ナビがそう告げたとき、車の後ろから除夜の鐘の音がはじまった。六花はもうやきもきしながら、僕を待っているだろうか。庭先で足踏みしてるかも。

 少々せっかちな六花が、時計を気にしながら僕を待っていることが容易に想像できて、ハンドルを握る手に力が入る。想像じゃなくてリアルな六花に会いたい。


 古い大きな門構えに、六花の姓の表札があった。迷いながらその前で車を停めると、白っぽいダウンジャケットが庭から走り出てくる。

 車のドアを開けたそのとき、時計のアラームが新年を告げた。

「間に合った! あけましておめでとう!」

 ほっとした僕に、六花は瞳を潤ませていた。

「あけましておめでとう。あんまり遅いから、どこかで事故にでもあっていたらと思って、私が来いって言ったからって…… 良かった、元気な渉に今年も会えて」

 六花の実家の庭先にも拘わらず、僕らは固く抱きしめあった。六花の髪から、優しいシャンプーの香りがした。


 今年も僕の大切な君が、自分らしくいられますように。

 君が大切にしてくれる僕が、自分を見失いませんように。


 僕らの初詣は、神ではなくてお互いをお詣りする儀式。響いていた百八つの鐘の音は、今終わったらしい。六花の実家の玄関が開き、よく似た母親が顔を出した。


fin

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