桜の祠
轟々と燃え盛る炎が夜空を赤く染め、城全体を今にも呑み込もうとしていた。
谷あいの盆地の小高い丘の上に建つ小さな城はもはや落城寸前であった。
「もはや、これまでのようじゃな」
本丸から眼下を見下ろし、美しい少女が静かに呟く。
三つある曲輪のうち、三の丸、二の丸はすでに陥ち、この本丸も時間の問題。
城郭内にたなびく旗印はすべて敵のもの。
「姫様。この城では保たぬと解っていながら、なにゆえお逃げくださらなかったのか!」
すでに満身創痍で傍らに控えていた若い侍が悔し涙を流す。
敵の来襲を本城に知らせる早馬に乗れば、そうでなくても避難する村人たちと共に行けば十分逃げられたはずなのに、この姫は妻子のある兵を村人たちの護衛として共に去らせ、自身はあえてこの城に留まったのだ。
「城下の村人たちが父上の在る本城に逃げるための時間をかせぐのが、彼らの年貢で養われてきたわらわの務めじゃ。民あっての国、とは父上の口癖じゃったの。それに、これほどの大軍。父上が迎え撃つための支度を整えるための時間もかせがねばの」
事実、この姫の采配によって、この城に残ることを選んだ僅か二百の兵で万を越す大軍をこの地に三日間足止めし、敵方に千に届くほどの損害を与えたのだ。
しかし、もはや矢も尽き、生き残った者もこの本丸に立て籠る数十名のみ。
姫の凜とした声が響く。
「皆の者、今日までよくぞ忠義を尽くして闘ってくれた! 民を、国を護らんとする汝らの鋼のごとき強き意志が一日で陥ちると言われていたこの城を三日も保たせたのじゃ! 父上に替わり礼を言う。大儀じゃった!」
「……姫様、もったいのうございまする」
「最期にこの城を預かる城代として見事に死に花を咲かせてみせようぞ! わらわと共に逝く者は誰ぞ!?」
『うおおぉぉう!!』
白装束を纏い、薙刀を手にした姫の呼び掛けに、その場にいた全員がときの声を上げて立ち上がる。
その日、火の粉が雨のように降りそそぐ中、姫以下二百名ことごとく討ち死にしたと伝えられる。
時は流れ、今や城のあった丘には桜が咲き乱れ、この地を守って散った勇敢な姫を祀る小さな祠だけが桜吹雪の中にひっそりと佇み、この地を見守り続けている。
Fin.