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8 キッティラ王立魔術学院

 孤児院では何をするのも、みんな一緒だった。掃除も、食事も、お仕事も、みんな一緒だった。寝るときもみんな一緒で、その日の出来事をみんなでわいわい話しながら眠りについた。

 伯爵様のお屋敷でも、使用人の方々や、家庭教師の先生たちが気軽に話しかけてくれた。寂しいと思ったことはなかった。

 唯一、伯爵家から逃げ出してボットに出会うまでの間が、人生で一番寂しかった時期かもしれない。

 でも、まさかこんなにたくさんの人に囲まれて授業を受けているのに、寂しさを感じるだなんて思いもよらなかった。

 横の席にはソフィーが座っているし、机に置かれた筆箱の横にはちびボットが立っている。

 ボットはいろいろなクラスを覗きにいったりと忙しそうだけど、ちょこちょこと帰って来ては、私の様子を見てくれている。

 魔術の知識が他の人に比べて圧倒的に少ない私は、授業についていくだけでも精一杯だ。

 寂しいなんて感じる間もないはずなのにな、と思いながら窓の外で色付く木々の葉っぱに目をやった。ふっと溜息がこぼれる。


 みんなを騙してるせいかな、とも思う。

 入学式の後、クラス分けのための魔力検査があった。特殊な魔法陣に魔力を流し込むと数値化される機械で魔力を測ったのだけど、私はこの検査で百四十二点という誰もがびっくりの数値を叩き出した。

 新入生の最高得点がソフィーで三万四千五百十三点だった。

 ふたりともダントツだった。まったく逆の意味で。

 ソフィーってすごいね、と目を輝かせながら褒めたのだけど、ソフィーはどんよりとした表情で首を何度か振った。

 あんた、ありえない得点出してんじゃないわよ、と凍りついた声で言われた。

 そのロボットのせいなの? とまるで疫病神を見るような目つきでちびボットを指差された。

 そいつ、どんだけ魔力食ってんのよ、と溜息をつかれながら。


 うーん、どうなんだろうね、と応えながら、私はちびボットに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 生まれながらに守護主と魂が繋がっている守護精霊は、守護主の魔力を消費して生きている。

 そのためか、守護精霊は生まれつき魔力が高い人のところにしか現われない。

 そして、魔力検査の数値は守護精霊が消費している魔力が引かれたものになっているらしい。つまり、ソフィーの実際の魔力はもっと高い。

 そして、ちびボットは私の魂と繋がっているように偽装されているだけで、実際には繋がっていない。つまり、ちびボットは私の魔力を使って動いているわけではない。

 前からわかっていたことだけども、私の魔力はびっくりするほど低いのだ。伯爵家のコンロだと弱火で一時間煮込んだだけで、くたくたになるほどに。


 ただ、周りの人はその事実を知らない。守護精霊を持っている私の魔力が、普通の生活にも差しさわりがあるほど低いなどと思いもつかないのだ。

 私の魔力値が低いのは、ちびボットのせいだと思われている。

 魔法陣を使っているということ自体、ちびボットが上位精霊であるという証しであり、上位精霊であればもちろん膨大な魔力を私から奪っているはずだ、と考えるのだ。

 上位精霊を守護精霊として持つ稀有な存在。私は周りのみんなからそう思われている。


 百四十二点という魔力検査の結果、魔力の最も低い九組に振り分けられた私。

 その九組の中でも、もっとも魔力の低い私が、みんなから羨望の眼差しで見られてしまっている。

 そして、みんなが私に同情の声をかけてくれる。その小さなロボットがいなければ一組なのにね、と。

 学院に掛け合うべきだよ、と言ってくれる優しいクラスメイトもいる。

 その優しい気遣いが、私の胸をチクチクと刺す。

 ちびボットのせいじゃないの、本当に私の魔力は新入生で最下位なの、と言えたら気が晴れるだろうか。

 うーん、それはそれで同じくらい居た堪れない気がする。私はずるいのだ、間違いなく。


 隣に座っているソフィーにも申し訳なさでいっぱいだ。

 新入生でダントツの魔力量を誇るにもかかわらず、私のお目付け役ということで、同じ九組に入れられてしまった。

 ドルテア王国の要望とはいえ、優秀な守護精霊持ちの公爵令嬢が、私なんかのせいで一組に入れなかったのだ。

 しかも、九組の授業は魔力の少ない人向けに魔石を使ったものが多い。魔術師向けではなく精霊使い向けなのだ。魔術を極めるためにこの学院に入ってきたソフィーには、九組の授業は合っていないと思う。


 人間界で唯一、精霊の協力のもと創られたキッティラ王立魔術学院ではあるけども、実際には精霊使いよりも魔術師を目指している人のほうが圧倒的に多い。

 対価としてすさまじい魔力を要求する精霊は、経済性という点では魔術師よりはるかに劣る。

 下位精霊ぐらいであれば自身の魔力を対価に差し出すことで、願いをかなえてくれるが、中位精霊や上位精霊ともなるとそうはいかない。

 結局は魔力の代わりに魔石を差し出すことによって、願いをかなえてもらうことになる。

 ただ、大量の魔石をどうやって手に入れるかというと、結局はお金だ。

 魔力に恵まれなかった貴族や富裕な商人の子息が、財力にものを言わせて精霊と契約を結び力を手に入れる。キッティラ王立魔術学院とはそういうところでもある。


 高い魔力を持ち、魔術師として力を手に入れようとする一組の生徒たち。それに二組、三組と続き、最後に九組。

 九組ともなれば、魔術師として力を発揮することなど夢のまた夢だ。その結果、授業内容は魔石を使っての魔法陣作成といったものが多い。

 魔術師に必須とされる秒単位での魔力による魔法陣構築からの発動といった授業は九組にはない。

 九組にあるのは時間をかけて魔法陣を描き上げ、それに魔石を塗り込めていくという、地道な時間がかかる作業を主とした授業なのだ。


 それでも、ソフィーは私に文句を一切言わなかった。

 私のせいで九組になったのだと知って、ごめんなさいと頭を下げた時も、どこにいようが魔術を極めてみせるわ、と雪の守護精霊をやさしく撫でた。

 私はね、と涼しげな銀色の睫毛と漆黒の瞳で私の目を覗き込んだソフィーは、こう見えてもあなたに感謝してるのよ、と言った。

 そして、薄い唇を三日月形に吊り上げた。お嬢様学校に放りこまれて、爵位しか誇るものがない婚約者のお守り役になるはずだった私が、こうして魔術を学べるのはあなたのおかげだわ。

 二年もあれば、私は世界で二番目に強い魔術師になれるわ。ふふっ、一番はさすがに無理だけどね。そうすれば、私はひとりで生きていける。爵位になんて頼らなくてもね。


 一番強い魔術師というのはボットのことだろうかと思いながら、私はソフィーの熱い決意に打ちのめされそうになった。

 そういえば、ソフィーが初めて学生寮の部屋に入って来た時、新しい人生が始まるみたいなことを力を込めて言っていた気がする。

 それに比べて私はどうだろう。この学院で何をしたいのだろう。

 ボットは私が精霊と契約するためにって、学院に入れるようにしてくれた。

 たしかに、私の魔力では魔術師と呼ばれるような存在にはなれない。

 でも、ボットが手に入れた魔石で精霊と契約しても、私の力じゃない。

 何から何までボットに頼りっきりだ。悪いなと思いながらも、私には何の力もないのだから、ボットに頼っていいのだとも思う。

 でも、何にもできない私を、前世で仲が良かったからといって、いつまでもボットが好きでいてくれるだろうか。不安だ。

 たぶん、私は我儘なのだ。何にもできないけど、ボットに必要とされたいのだ。困ったな。


 今の私の第一の目標は、ボットの言うとおり精霊と契約を結ぶことだ。

 魔術師を志す者にとっても、精霊使いを志す者にとっても、キッティラ王立魔術学院は憧れの学び舎だ。

 その理由は人間界でここにしかない上位精霊自らが描いた精霊契約魔法陣にある。

 精霊界にしかない精霊石を使って描かれた魔法陣は、少ない魔力であらゆる精霊を呼び寄せることが可能とされている。

 人が描いた精霊契約魔法陣などではとうてい呼び寄せられない上位精霊すら呼び寄せることができるのだ。

 精霊使いにとってはもちろん、魔術師にとっても契約精霊の恩恵は大きい。

 いざというときの切り札としても使えるし、魔力が枯渇しそうな時に魔石を対価として精霊の力に頼ることができるからだ。

 だから、魔術師と呼ばれる者でも、契約精霊を持っている者がほとんどだ。

 そして、優れた精霊と契約するためには、ここキッティラ王立魔術学院に在籍することが一番の近道なのだ。


 ふと、窓の外から視線を戻すと、ソフィーのノートにびっしりと魔法陣が描き込まれていた。

 まずい。ボーッとしてて板書が遅れた。大慌てでせっせとノートに描き移す。

 私は板書も苦手だ。魔法陣のせいだ。右目と左目では、魔法陣のルーン文字が違って見える。

 左目で見える魔法陣はソフィーのノートに描いてある魔布陣と同じだ。

 でも、右目に映る魔法陣は、おそらくボットの言っていた完全なルーン文字で描かれたものだ。

 ノートに描き写す時は、左目に映った簡単な線の細い魔法陣を描き写すのだけど、右目が邪魔だから閉じていないと描きにくいのだ。

 ただ、片目を閉じるとどうしても描き写しにくくなる。

 そのせいなのか、単に私が描き写すのが遅いせいなのか、あとでソフィーのノートを借りることになることも多い。

 ただでさえソフィーの足を引っ張っているのに、さらに申し訳なくなる。


 あたふたと魔法陣を描き写していると、終業のベルが鳴り響いた。

 描き写せなかった。あとで、またソフィーにノートを借りようと肩を落としていると、ボットがふらーっと飛んできて目の前でいつもの優しい微笑みを浮かべた。

 雲間から光が射したように、ふっと気持ちが軽くなる。ちびボットが飛び上がってボットの顔の位置でクルクルと歯車を回す。

 私はちびボットに笑いかけるように見せて、ボットに笑いかけた。机に手をついて勢いよく立ち上がる。今日の晩ご飯は何にしようかな、なんて思いながら。

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