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4 女王陛下と大公殿下

 きつく締めあげられたコルセットの圧迫に耐えきれず、思わず、うっ、と息が漏れる。

 その瞬間、私の頭の上をクルクルと回りながら浮遊していたちびボットから魔法陣が浮かび上がり、発せられた光がコルセットを消し去った。

 コルセットの紐を締めあげていた王宮女官が、蹲って頭を床にこすりつける。誠に申し訳ございません、お許しください、と全身を震わせながら、裏返った声を何度も何度も発する。

 まわりの女官たちも一斉に膝を屈め、ブルブル震えながら頭を下げる。

 こちらこそごめんなさい、ごめんなさい、と謝る私の頭上を、ちびボットは何事もなかったようにクルクル回り続ける。


 ちびボット――四角い頭に四角い胴体を持つハールバルズ辺境公爵の姿そのままに、手乗りサイズにしたロボット。

 守護精霊として私のまわりをフワフワと漂っているのだけど、王宮の控室のあちこちに魔法陣を浮かび上がらせていろいろ調べたり、私にドレスを着せるために遣わされている王宮女官たちに魔法陣を浴びせてくまなく調べたりと、辺り一帯に恐怖を撒き散らしている。

 こんなことならボットに一緒に控室にいてもらったほうがましだったと、溜息がこぼれそうになる。

 女の子の着替えに同席するなんて野暮なことはしないよと、扉の向こうで大きなロボットと一緒に待っているボット。

 その代わりにというか、守護精霊だからというか、ちびボットが私を守っているのだ。

 ちびボットが自分で考えて動いているのか、ボットが動かしているのかよくわからないのだけど、ちびボットの私への守護っぷりは血の気が引くほどだ。

 何があろうと顔色が変わらないように訓練されているであろう王宮女官さえ、気絶寸前のような顔色で私の着付けをなんとかこなしている。


 ようやく女王陛下の謁見にふさわしいドレスへと着替えさせられた私を、女官たちが命の恩人でも見るかのような笑みで送り出してくれる。

 ボットがキラキラした瞳で私のことを、綺麗だねと褒めてくれる。キュウキュウに締め付けられたコルセットで浅い息しかできない私は、心拍数が上がるのが恐くてボットから視線をそらした。

 その先に大きなロボットとちびボットが親子のようにフワフワ浮いている。少しだけ血圧が下がったような気がした。

 ボットと大きなロボットとちびボット。ボットは私の右目にしか映らないから、ボットのほうを向いてしゃべると周りから不自然に見える。

 大きなロボットはガ・ガ・ガというノイズを振りまきながら単語を並べるだけという設定になっているので、私がしゃべる相手はちびボットということになる。

 ただ、人と会話ができる守護精霊なんているのだろうか。守護精霊は常に守護主を守ってくれるが、精霊界で生まれなかったせいか力が弱いと言われている。人と会話をするどころか、犬や猫ほどの理解力しか持たない下位精霊であることがほとんどなのだ。

 ただ……いずれにせよ、ロボットの姿をした精霊なんてものが存在としてすでにおかしいのだから、しゃべったところで今さらたいした問題じゃないよ、とボットは軽い口調で言った。

 たしかに、ボットの言うとおりかもしれない。いまさらだ。


 大きなロボットの後ろで、背丈の四倍はあろうかという大きな扉が開くのを待つ。

 この先に、ドロテア王国の女王陛下がいらっしゃる。心臓の鼓動が早まり、息がいっそう浅くなる。

 気を抜くと倒れそうになるのは、コルセットのせいだろうか。

 それとも、伯爵家の皆様の命を奪い、私をも殺そうとしたクリスティーネ・ドロテア女王陛下への恐怖だろうか。それとも……憎しみだろうか。


 大きな大きな荘厳な扉が、ゆっくりと開いていく。大丈夫だ。ボットが私のすぐ傍にいてくれる。会話はすべて、ちびボットがしてくれる。私は気を失わず、立っているだけでいい。ボットが守ってくれる。

 心配なのはむしろ女王陛下や王宮の人たちだ。どうか、ボットが怒るようなことを言わないように、と思いながら扉の向こうに視線を送った。


 大きなロボット、つまりハールバルズ辺境公爵が、浮いたままゆっくりと前に進みだす。慌てて私もついていく。ゆっくり、ゆっくり、歩くだけで息が上がる。

 女王陛下と大公殿下がいらっしゃるところまでめまいがするほど遠い。でも、あそこまで行かなくてもいいはずだ。真ん中あたりかな、それとも、もう少し先かな。

 左右にずらっと並んでいる人たちはなんだろう。えらい人? それとも、精霊使い? 魔術師? 騎士? 視線が冷たい。いや、刺すような視線だ。駄目だ。気にしたら息がとまる。

 ボットのことだけ考えよう。何があったってボットが守ってくれる。ボットは私のすぐ横にいる。私の右目にしか映らないその姿は、心配いらないよとでもいうように優しい微笑みをこちらに向けてくれている。

 うん、大丈夫だ。きっと、私の一番の敵はこのコルセットだ。私の腰を、あばらを、背中を、ギュウギュウと締めあげる恐るべき存在。

 金色の右目がなければ、こんなものを身につける必要はなかったのに。ああ、でも、金色の瞳がなければ、ボットに出会えなかった。感謝すべきなのか、恨むべきなのか、よくわからない。でも、息がとまりそうだ。困ったな。


 ようやく大きなロボットが動きをとめ、ガ・ガ・ガ・ガとノイズを撒き散らし始めた。


「ガ・ガ・ガ・ガ……チイサナ……ロボット……ガ・ガ……シャベル……ガ・ガ」


 慌てて膝を屈めて頭を下げた私の頭上で、ちびボットが大きな声を出した。


「おい、バカ女王とバカ大公。とっとと、さっき渡した書状の返事をよこせ」


 静寂な空間に、ちびボットの甲高い声が響き渡る。その言葉に血の気がサーッと引く。いっそ、気を失ってしまいたかったが、残念ながらそうはならなかった。

 駄目どころではない。ボットが言ってるのか、それとも、ちびボットが言ってるのかなんてどうでもいい。生まれたての赤ん坊だってわかる。女王陛下と大公殿下に言っていい言葉じゃない。いや、赤ん坊にはわからないのかもしれない。

 でも、友達にだって言ってはいけない言葉だ。どうかしてる。泣きたい。思わず目を閉じた。何も見たくない。

 左右にずらっと居並ぶ悪意が一斉に動こうとした。


「はっはっはっ! ずいぶんと口が悪いんだな、辺境公!」


 正面から闊達な笑い声が響き、誰かが立ち上がった気配がした。慌てて目を瞠る。


「しかし、助かるな。辺境公はどうにも口が重いからな。なかなか口をきいてもらえなくて困りものだったが、そうか、その小さな精霊が代わりに話してくれるのか。ありがたい。皆の者も辺境公の話をおとなしく聞くがいいぞ。辺境公の話を遮るものは私の機嫌を損ねると心得よ」


 まるで楽しくて楽しくてたまらないというように、目を輝かせた大公殿下がゆっくりとこちらに歩を進める。

 動き出そうとした居並ぶ悪意を手を振って押し留めながらも、ちびボットに好奇心いっぱいの視線を送る。

 大公殿下はもともと隣国の王子様で、クーデターの時に宰相に捕まったところをボットに助けられたと聞いている。

 おそらく、気を利かせて事を大きくしないようにしてくれているのだろう。


「わからないのか、バカ大公。ずいぶんと優しく話してやっているんだぞ。ホルンの命を奪おうとしたのだから、本来ならこの国ごと滅ぼしているところだ。口がきけるだけでも感謝しろ」


 助け舟を舟ごと蹴倒したちびボットに、大公殿下は怒るどころか、ますます楽しそうに笑いかける。


「そのぐらい言ってくれるとわかりやすくて助かるな。やはり、会話というものはテンポが大切だからな。ノイズも出ないし、すばらしいな。ところで、その言葉は辺境公の思ったままなのかな? それとも、小さな守護精霊の言葉なのかな?」


「そういえば、おまえとひとつ約束をしていた。思い出した。おまえの命があるうちに約束を果たしておく。あの世で嘘つき呼ばわりされては心外だ」


 大公殿下の言葉が一切聞こえなかったかのように、ちびボットは大きなロボットに向き直って、何か合図をした。大きなロボットが魔法陣を浮かばせる。

 謁見の間にさらに緊張が走る中、空間から大きな額縁が引きずりだされた。


「受け取れ、バカ大公」


 興味津々で様子をうかがっていた大公殿下が額縁を覗き込み、みるみる顔をほころばせた。

 額縁を手につかんで顔に近づけたり離したりと忙しそうだ。

 不思議な方だなと思って見ていると、さらに大公殿下の表情がニタニタしたものに変わっていく。

 およそ、大公などという高貴な身分の方が浮かべていい表情ではない。


「すばらしいな、辺境公。これほど精密な写真は見たことがない。いやいや、精密だとか、そんなことはどうでもいい。このシーンを何度も絵師に描かせたのだが、どうにも満足なものができあがらなくてな。よく、覚えていてくれたな。さすがは辺境公だ。女王陛下、ご覧ください。とうとう、手に入れましたよ」


 またしても、高貴な身分にふさわしくない軽いステップを披露して、女王陛下のところに戻った大公殿下が、母親に褒めてもらいたくてたまらないといった子供のような笑みを浮かべ、額縁を高くかざす。

 しぶしぶといった表情で額縁に目をやった女王陛下の顔が、みるみる真っ赤に染まった。


「そ、そ、それは……しまって! すぐにしまいなさい! フラン大公! 命令です!」


 立ち上がった女王陛下が額縁を掴もうと手を伸ばす。大公殿下は身をひるがえし、さっと額縁を背中の後ろに隠した。


「女王陛下、これほどのものを辺境公に献上されたのですから、褒美が必要でしょうな。どうでしょう? 辺境公に何か欲しいものがあるか、お尋ねになってはいかがでしょうか?」


 立ち上がったままの姿勢で、女王陛下は何か考え込むように、動きをとめた。


 そして、ゆっくりと玉座に腰を下ろし、目を閉じた。


「よろしいでしょう、フラン大公。その献上品に見合う褒美を与えなさい。わたくしは少々気分がすぐれません。あとのことは任せてもよろしいか?」


「かしこまりました、我が君。あとはわたくしめにお任せ下さい」


 大公殿下は大仰に跪き、頭を下げた。

 そのはずみで、額縁に入った大きな写真がちらっとだけ見えた。

 口づけを交わしている若き日の女王陛下と大公殿下の写真。

 私は思い出した。

 ロボット辺境公に囁かれるまことしやかな噂を。

 絵物語が大好きなロボットは、王子様と王女様を助けた後、愛を誓って口づけを交わしたふたりを写真に収めた。

 絵物語の新たな挿絵として使うために。

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