準備と情報
ゲームショップで買い物を終えた4人は、大学からの距離が近い陽輝の住むマンションに集まっていた。サークルの活動がない日はここで駄弁るのが通例となっている。
「最近のゲームにしては箱でかいねー。楽しみ楽しみ」
脇においた箱をペシペシと叩く砂川。
砂川美月は明るい茶髪の女子大生で、圭馬は最初にサークルで見たときは住む世界が違う人種だと思った。ところが話してみれば話題はアニメやゲームのことばかり。ただの社交性のあるオタクだった。
「それだけ色々入ってるってことだな。でも、今日はここに置いて帰るんだろ?」
「そうなんだよー。明日までのレポートがあるからねー。持って帰ったら絶対やるし」
「私達も明日からにする?」
出さないと落ちる奴だし、と肩を落とす砂川を見て、黒瀬がそう提案した。
黒瀬は、よく言えば清楚、悪く言えば地味な黒髪女子である。砂川と並べば今どきの女子大生に見えるが、部室の隅で携帯ゲームをカチャカチャやっている姿は、なんかいろいろと残念である。
「買ったゲームをその日にやらないという選択肢があろうか。いや、ない」
「あたしのことは気にせず先に始めなよ。私も明日の午後からは自由だしさー」
レポート出したら速攻持って帰るからね、と名残惜しそうに箱を撫でる。
「……そういえば、ランドクリエイト・オンラインってどんなゲームなんだ?」
「……ケイとは、ハードの話ばっかでソフトの話はしてなかったな」
「一応、VRMMOってことは知ってるけど」
「私もよくあるファンタジー世界のネトゲってくらいしか知らないわ」
「んー、まあ俺もネタバレ嫌だったから、ほとんど紹介PVとか、公式情報くらいしか漁ってないぞ?」
と前置きをして、陽輝が説明を始める。
ランドクリエイト・オンラインは、一般的なファンタジー世界をイメージした広大な仮想空間である。魔法が存在し、魔物が生息し、いくつもの国が存在する。プレイヤーたちは、その世界の住人として、冒険したり、依頼をこなしたり、生産したり、商売したり、といった生活を送る。そして、その肝となるのが――
「――『なんかすごいAI』なんだ」
「なんだそのフワッとした表現は」
「公式が言ってるんだから仕方ない」
開発スタッフによると、その『なんかすごいAI』により、ほとんど全てのゲームシステムが管理されているらしい。
「新しいシステムを追加したり、改善したり調整したり、とにかく色々できるらしい。ユーザーでシステムを、その世界を作っていく、ってのがコンセプトなんだってさ。ゲームバランスの調整や迷惑行為の抑制なんかをリアルタイムでやってるらしい」
「へー。なんかすごいんだねー」
「なんかすごいな」
「なんかすごいのね」
「なんかすごいだろ?」
なんかすごいがゲシュタルト崩壊してきた所で、陽輝が皆を見回し口を開く。
「さて、それでだな。ゲームを始める前に、いくつか決めておきたいことがあるんだ」
「なんだ?パーティのルールとかか?」
「まあ、そこは追々でいいと思う」
「んー、各キャラの職業とかー?」
「そこは自由にしようぜ。せっかくだし好きなキャラ作りたいだろ?」
「じゃあ、集合場所とか?」
「……忘れてたけど、それは大事だ。スタート地点は8つの町から選べるらしいから、このイトリスって町にしとこう」
黒瀬の意見に頷きながら、最初の町を決める陽輝。スタート地点の町一つ一つに大きな違いはないらしいが、一緒に遊ぶつもりなら決めておかないと困るそうだ。
「で、決めておきたいことってのは?」
「それはな……」
陽輝はそこで言葉を切り、グッと溜める。
「キャラネームだ」
「……それ、溜める必要あったか?」
「……キャラネームって、それこそ適当でいいんじゃないの?」
「それは甘いぞ黒瀬!」
陽輝がビシッと指を突きつける。その勢いに黒瀬の体がビクッと反応した。
「キャラネームにも色々ある。漢字名、カタカナ名、ひらがな名。左右に†(ダガー)を付けたり、星を付けたり、顔文字だったり。それほんとに名前かって人とか痛い痛い痛い」
「人に指を突きつけるもんじゃないよ?」
ニコニコしながら人差し指を逆に曲げていく黒瀬さんマジ怖い。ビックリさせられたお返しなのか、がっしりと陽輝の手首を握って黒い笑顔の黒瀬に戦慄しながらも、圭馬は話を戻す。
「まあ、ユーザー名って色々いるもんな。真・漆黒の堕天使さんとか、冷たい角煮さんとか」
「……そんなわけで、パーティを組むからにはある程度名前を統一したいわけだ。俺としては、カタカナ名がいいと思ってる」
「ゲームとしては西洋風ファンタジーなんでしょ?じゃあ特に私は異論ないわ」
「問題は無いな。多分そうしただろうし」
「了解ーかまわんよー」
と、全員一致でカタカナ名に決まる。
「じゃあ俺は……ケイディ……いや、ケイディアにしよう。略称もケイになるし」
「ああ、それいいわね。じゃあ私はクロ……クローディア、は後ろが被るから、クローベルにしようかな」
「流れを読まずにあたしのキャラネームはサリミラにするー。他のゲームで使ってるやつー」
「俺は……ダングルスにしよう。キャラ名はフィーリングだ」
そうして4人のキャラ名はサックリと決まり、あとは実際にやってみてから、という運びになった。