その三
青と金を基調とした豪奢な議場に居並んだ年かさの男性はみなこの国の未来を担う重鎮ばかりであった。
急の招集にも慌てた様子なく、白い布の敷かれた上に座り、雑談を交わしていた。
その寛いださまが、低い銅鑼の音が鳴り響いた瞬間、ぴりっと張り詰めたものに変わった。胡座をかいていた膝を正し、頭を深く垂れ、組んだ両手を頭上より高く掲げた。
晴れ渡った空というよりは、藍色に近い絨毯が敷かれた中央を静かに渡る音があった。
静まりかえった中に、シャランという小さな鈴の音と衣擦れの音だけが聞こえる。
しばらくすると銅鑼の音が今度は二回鳴った。
それが合図だったかのように畏まっていた重鎮たちが面を上げた。彼らが向き直る先には、乳白色の石段の上に座す王の姿があった。
華やかな珠がついた藍色の絹の敷布で覆われた小さめの段の上に座る王は、四本の銀の支柱を軸に金紗が幻想的にかかった中にあってことさら神々しくみえた。
王のみに許された蒼い衣をまとい、にこやかな笑みを浮かべる国王はまだ十八になったばかりの若者だ。
見た目は線の細い女性的な美しさがあったが、彼を王として仰ぐ重鎮たちは、見かけ通りの優男でないことを知っていた。
がっしりとした体つきで、雄々しかった前王と違い、この度の少年王は細く、たおやかですらあった。
老いたとはいえ、それなりに訓練を積んできた重鎮たちが束になって襲いかかればあっけなく命を奪えてしまえそうな風情の少年王を前に、王より何倍も生きている重鎮の顔つきは少し固い。
それは王を認めていないというよりも、どこか恐怖を感じているような色があった。
「みな、顔色が冴えないようだね」
王――――セラフィック・ウィル・ハーゼストは、わずかに眉を上げた。
衣以上に鮮やかな色をしている蒼い双眸をすっと細め、刺繍の施された金の肘掛けに腕をのせた。
そのひょうしに、頭に戴く冠が少し動き、尖端についた鈴がシャランと軽やかに音を奏でた。
「陛下、すでに噂は国中に広まっております」
そう声をかけたのは、重鎮ではなく、段の下に畏まっていた青年であった。知的な容貌の彼は、腰を浮かすと王に顔を近づけた。
「民だけでなく臣下も動揺しております。まだ我々にはあの者を受け入れる準備はできていないのですよ」
どこか険の滲む声音に、セラフィックは苦く笑った。
「兄上、僕にも予想外だったんだ。まさかこんなに早く来るなんてね。でも嬉しい誤算だ」
楽しげに瞳を輝かせたセラフィックは、パンっと手を叩いた。
何事かと目を丸くしたのは青年だけではなかった。重鎮たちも驚いたように目を見開いた。
「伝導師をここへ」
セラフィックが鋭く命じると正面扉に立っていた兵士が一礼してから出て行った。
「なんと……!」
「伝導師が……」
ざわめきが広がった。
それを愉快そうに見つめていたセラフィックは、何か言いたげな青年の視線に気づいて、にやりと口の端を上げた。
「兄上、彼女の処遇に関してはこれまでも散々話し合ってきた。もう十分だ。たとえ反論する者があろうと――――」
いったん言葉を切ったセラフィックは、蜂の巣を突いたような状態の重鎮を上から見下ろし、目を眇めた。
「ナディアがようやく手放したのなら、この絶好の機会を僕は見逃すわけにはいかない」
「ですが、陛下。あの娘がこの国に災いを運ぶのなら、私は貴方の命令には従えません」
「では僕は兄上から全力で彼女を守るとしよう」
「なぜそこまで……いくらあの娘が、」
青年が言いかけたそのとき、銅鑼の音が響き渡った。
その瞬間、ざわめきがぴたりと止んだ。
青年もすっと後ろに下がり姿勢を正した。けれど、どこかぴりりとした空気は消さなかった。
「ようこそ、蒼き国へ。伝導師殿」
セラフィックは、重厚な扉の向こうから現れたカルアをにこやかに出迎えた。
歓待するセラフィックとは対照的に、居並ぶ重鎮の顔色は冴えない。
それでも、カルアがゆっくりと中央に進み出ると、渋面だった顔から険が抜け、目を丸くした。一様に息を呑み、背筋を伸ばして進むカルアを見つめていた。
その姿は、雄々しいと表現するにはあまりにも頼りない華奢な体つきで、人殺しである伝導師像とはかけ離れていた。
蕾が綻びはじめたような美貌は、たとえ男装していても色あせることはない。礼装としては似つかわしくない服装ではあったが、だれひとりとして咎める声はあがらなかった。
「これは、また……」
セラフィックもカルアが男物を身につけていることを知り、愉快そうに片眉を上げた。その目には、カルアに対する素直な称賛があった。
見事に彼女は重鎮の口を黙らせたのだ。
思いの外彼女には蒼き国の衣装が似合っていた。
美しく飾り付けてくれたアレイにも褒美をやらなければならないだろう。あれほど騒いでいた重鎮たちが、今は彼女の一挙一動に注目していた。
奇妙な緊張感漂う中、カルアは顔色一つ変えずに、すっと片膝をついた。
「名をカルアと申します。聖女ナディアの命により参りました。蒼き国の優れた統治者である若き王に聖女ナディアのご加護を」
「まだ、ナディアの加護は早いのではないかな、美しい伝導師殿」
セラフィックがそう嘯くと、カルアが顔を上げた。
硬質な美しさの漂う顔には、好戦的な色があった。
年頃の娘には似つかわしくない激情をたたえた双眸は、紫の炎を宿しているかのようだった。
「無礼な……っ」
だれかが声を上げた。
王の許しもなく顔を上げたカルアの態度を不快に思ったのだろう。
けれどセラフィックは、柔らかな笑みを浮かべた。
「僕はまだナディアの保護区に入るつもりはないよ」
「な……っ! それでは約束が違いますっ」
顔色を変えたカルア。
ようやく無表情ではない顔を見られたセラフィックは酷く楽しそうだった。
「約束、ねぇ。では、訊こう。遣わした使者はどこに? 使者の安否も不明の今、おとなしくナディアの教えを受け入れられると思う? そちら側が僕を信用していないのならば、守る約束もないね。立場が対等でないのならば、僕が反故しようと関係ないと思うけれど」
「……聖女ナディアは、私の身の安全を保障するために使者殿を聖地ハーエルへ留めておいでです。私がこの地で役目を果たし終え、無事に聖地へと戻ることができたのなら使者殿の身柄は解放いたします」
「へぇ、彼は五体満足に返されるのかい?」
「どういう意味です?」
「彼が拷問にかけられていないか疑問に思っただけだよ。なにしろ彼は蒼き国の民だからね」
理解ができないというようにカルアが眉を寄せた。
それを思案しながら見つめていたセラフィックは、ふっと肩の力を抜いた。
「ダーガ補佐官」
「はっ」
セラフィックが名を呼ぶと重鎮の中から一歩進み出て拝する男性がいた。
「任務に忠実な伝導師殿には、現実を見せてあげなければならないと思わない?」
「は? それはどのような……」
男性の顔に戸惑うような色が浮かんだ。
「有能な伝導師殿を受け入れるには、司祭殿の承諾も必要だ。まずは挨拶がてらに顔を引き合わすのもいいだろう。ダーガ補佐官頼んだよ」
「しょ、承知いたしました」
王に命じられてだれが否といえよう。
司祭と伝導師が対したときのことを思い浮かべてか、男性の顔から冷や汗が流れ落ちる。
「では伝導師殿。また後ほどお会いしましょう」
「あ、あのっ」
ダーガと呼ばれた男性に促され立ち上がったカルアは、不躾にもセラフィックに声をかけた。
「なにか?」
「お恥ずかしながら塀から落ちたところを陛下に助けていただいたと伺いました。お礼を申し上げるのが遅くなりましたが、陛下のおかげで命を救われました。ありがとうございます」
「ああ、それは、気にしなくていい」
セラフィックは後方から痛いくらいの視線を感じていた。
彼に状況説明を詳しく話していなかったせいだ。
「それで、その…私の荷物と……それに白馬を知りませんか?」
「あなたの側にいた馬ならば、厩舎にいるよ。少し衰弱していたから、獣医に診てもらったけれど、ずいぶんと毛並みのよい立派な馬だね。乗り手に似て、美しい馬だ。ダーガ補佐官に場所を案内してもらうといい」
「! そうですか。重ね重ねご面倒をおかけいたしました」
パッと嬉しそうに華やいだ顔のおかげか、彼女のまとう雰囲気が柔らかくなった。
無邪気な笑みに思わず目を奪われたセラフィックは、どこか安堵したように微笑んだ。
「今手元に荷物はないのであとで届けよう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたカルアは今度こそダーガ補佐官と一緒に広々とした議場を辞した。
とたん静観していた重鎮たちが口々に意見を述べ始める。
「アレが伝導師カルア? まだ小娘ではないか!」
「だが、美しい。笑った顔をみたか? まるで天から使わされた者のような清らかさではないか」
「笑止! 人を殺す伝導師がそんな清らかなものかっ」
「そうだ。伝導師は恐ろしい魔物だぞ。見かけに騙されてはいかんっ」
「それに礼儀知らずだ。陛下に対してあのような態度……!」
セラフィックは肘付きに肘をのせ、頭を支えた。
蜂の巣を突いたような騒がしさであった。
「さて、兄上はどうお考えで?」
「陛下には参考にならないでしょう。私からしてみれば伝導師すべてが卑しい存在ですので」
「そう……。卑しい、ね。けれどカツェラは……ああ、今はもうカルアだったかな。彼女はまだ無垢な面を失っていない。たとえ、教えに反したとして簡単に命を奪う非道さがあろうとね。ナディアがたいそう可愛がっていると聞いたから、権謀術数が得意になってしまったかと若干の不安もあったけれど、あの様子ならば突く隙があろうというものだ」




