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   その六


 数日後、セラフィックは執務室にアレイを呼び出した。

 カルアが去ってからというもの侍女の任を解かれたアレイはどことなく覇気がなかった。


「アレイ、なぜ呼ばれたかわかっているね?」


 アレイの目は一瞬期待に輝いたが、すぐに落ち着いた顔で、否定した。


「いいえ、陛下」

「侍女はそんなに楽しかったかい? 僕に仕えるよりも?」

「滅相もございません! わたくしは王家に仕える身です。この命は、陛下の御身を守るために在るのです」

「その答えは、正解だけれど間違いだよ」


 アレイは表情を強ばらせた。不興を買ったのかと青白くなる。


「闇の一族は確かに王家の影となり、汚い部分を引き受けるのが役目。けれど僕は僕の代わりにお前の命が散ってもなんとも思わない」

「……存じております」

「それなのに、闇の一族に生まれたからという理由だけで命を簡単に差し出すの?」

「昔……父に連れられ陛下を遠くから拝見したとき、わたくしのお仕えするべき主人は陛下だと確信いたしました。陛下は幼少のみぎりからそれは聡くていらっしゃり、王としての風格を備えておいでてしたから」

「今もそう思うの?」

「! もちろんでございますっ」


 アレイの口が一瞬躊躇するかのように震えた。


「アレイ……」


 セラフィックがため息をつく。呆れたような声に、アレイの体が硬直した。


「僕はお前の命をかけて守られても嬉しくはないと言っているんだよ? 察しが悪いね」


 セラフィックの言葉は酷く難解であった。

 アレイの双眸が惑う。

 セラフィックの言葉は時折解読するのに骨が折れたが、今回はどんな言葉を返したらいいのかわからなかった。

 言葉を失うアレイに、セラフィックは丸めた羊皮紙を投げつけた。とっさにそれを受け取ったアレイに、読むよう命じる。


「これは……」


 青白かった顔に色が戻り、驚きから喜びへと変化していく。

 その様を面白そうに見つめていたセラフィックは言った。


「それでも僕に仕えたいのなら命令を取り消そう」

「わたくしが参りますっ」


 間髪入れず答えたアレイの瞳は輝いていた。多分これはカルアを失って悲しんでいるアレイのためではなく、ただカルアをひとりにさせるのが心配だからという理由からなのだろう。けれど王の心中などアレイにはどうでもよかった。今後はずっとカルアの側にいられるということが大事なのだ。

 ハーミアからカルアの話しを聞いていたアレイは、ずっとカルアが気になっていた。獣族の血を引く、強く美しい娘。侍女として初めて会ったときから、アレイの心はカルアに囚われていた。もちろん、闇の一族であるアレイがカルアに心を砕くのは認められない。

 けれどアレイは、カルアの人柄を知るたびにますます好きになっていた。最初はハーミアがどうなったのか真実を問いただすためだけに近づこうと思っていたのに、いつしか本気で仕えたいと夢見るようになってしまっていた。本来の主人であるセラフィックよりもお側でお仕えし、守りたいと願うようになってしまったのだ。

 許されるはずのない気持ちにセラフィックは気づいていたのだろう。王の優しさに初めて触れたアレイは、深く感謝した。王の命令であれば、闇の一族は口を出せないだろう。こうして羊皮紙にきちんと記してくれたのは、闇の一族を黙らせるためなのだ。


「では、これからは僕ではなくカルアの命を守ってくれるね?」

「はい、この身にかえても必ず……!」

「下がってよろしい」


 セラフィックが命じるとアレイは入ってきたときの陰鬱さが嘘のような笑顔で去っていった。

 それをどこか面白くなさそうに見つめていたセラフィックに、黙って見守っていたゼフィストが声をかけた。


「陛下、よろしいのですか?」

「兄上、僕は王だ。僕の肩には十二万の民の命がのっているんだよ。……けれど、アレイが羨ましい。紙切れ一枚でカルアのもとへ行けるのだから……」


 アレイが出て行った扉を切なげに見つめていたセラフィックは、言葉尻を濁した。

 アレイがカルアを慕っていたのは知っていた。だからこそそばに置くことを許したのだ。

 闇の一族は王家に絶対の忠誠を誓う。もし心替えをして王家の者ではない者に忠誠を示したのなら、いかに王が許したとしても闇の一族はその裏切りを許さないだろう。だからこそセラフィックはあえてアレイに命令したのだ。その一生をカルアに捧げ、命を賭して守るようにと。これでだれも邪魔はできないだろう。


「陛下……では、執務をはじめてください。陛下がカルアにうつつを抜かしていたせいでだいぶ仕事がたまっております」


 容赦のない言葉にセラフィックは肩をすくめた。どうやらまたしても余韻に浸ることができなかったらしい。

 それでもゼフィストがカルアの名前を呼んだことに驚いていた。あんなにも嫌っていたのに、少しは軟化したのだろうか。

 セラフィックは密やかな笑みを浮かべた。カルアが獣族であると公表してから、城だけでなく民もカルアに好意を抱くようになったようだった。伝導師であることは、あえて見て見ぬふりをしているのだろう。カルアを迎えやすい環境は整ってきているようだった。


 ――これならば、計画を早めても大丈夫かな?


 セラフィックは輝かしい未来を思い浮かべ、少しの間カルアに会えないことは我慢しようと思ったのだった。



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