表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/40

   その五

 その三日後、自害して果てたハルヴィの遺体が森の中で見つかることになる。彼はナディアと同じように喉をかっきいて死んでいたという。

 ハルヴィが死ぬ間際になにを思ったのか、だれもその心を知る者はいないだろう。けれど、その知らせを聞いたカルアは思った。もしかしたらハルヴィは、罪の大きさをはじめて知ったのではないかと。ナディアの優しさにはじめて気づき、おののいたのではないかと。

 カルアはそう思いをはせたのだった。




 ナディアの遺体を清め、ひっそりとだれも足を踏み入れることのない地に埋葬し終えたカルアは、気を張りすぎていたのか、倒れてしまった。アレイの手厚い介護のもと、馬車でセラフィックたちと蒼き国へ戻ったカルアは、回復するまで二週間以上もかかってしまった。


「カルア、具合はどう?」


 政務もあるだろうに、寝込むカルアを案じてか日参していたセラフィックは、今日も訪れていた。


「ええ、だいぶ良くなりました」


 ようやく平静を取り戻したカルアは、旅の支度をしていた。その様子を眺めていたセラフィックは、静かに問いかけた。


「行くの?」

「はい、お世話になりました」


 カルアがまとっている服は、伝導師の制服とよく似ていた。これは、シーファスを助けたときにそのまま聖地へと制服を置いてきてしまったカルアのために、アレイがつくったものだった。制服を失い寂しがっていたカルアの気持ちを慮ってくれたのだろう。

 さすがにアレイだけあって、採寸もぴったりであり、本物と比べても見劣りしない出来映えであった。


「君が鳥だったのなら、その羽を切り落として飛べなくしてしまったのに……」


 恐ろしい比喩に、けれど冗談だと思っているカルアはくすりと笑った。


「私はナディア様の分も罪を償いたいと思います。私になにができるのかわかりませんが、それでもナディア様がくださったこの鎌と一緒に、人の命を奪うのではなく、幸せにするために歩んでいきたいと思います。――伝導師カルアとして」


 紫色の双眸は、決意に輝いていた。

 澄んだ眼差しは、初めてこの地に下りたときよりもずっと力強かった。彼女はもうナディアの妄信的な教徒ではなかった。だれかに従うのではなく、自分で物事を考え、前へ進むことを知っていた。


「僕のことは幸せにしてくれないの? 君と一緒にいられる日をずっと夢見ていたのに……。邪魔なナディアがいなくなったとたん、君は去ってしまう」

「陛下……」

「本当は、行かせたくない。暁の王妃のように、この国で……僕の隣にいて欲しい」


 セラフィックは真剣な目でカルアを見つめた。いつも笑みばかりだったから、その真面目な顔に、カルアの胸が少しだけ高鳴った。笑みを浮かべるセラフィックは、だれよりもたおやかで美しかったが、笑みを消すと男らしさが引き立った。

 情熱的な蒼い目がカルアを射る。


「城から出られないように足を切り落として、部屋に閉じこめて……そう思ったときもあったけれど、そうしてしまったら君は君ではなくなってしまう。暁の王妃とは違って、君は自由だ。自由に羽ばたける羽を持っている」

「……」

「僕はそれを邪魔できない。惚れた弱みかな。シーファス聞いたら笑うだろうけれど」


 ふふっと笑うセラフィックに、カルアも表情を綻ばせた。


「でもね、カルア。僕は諦めないよ。だってずいぶんと長い片思いだったからね、何年でも待つよ」


 そう(うそぶ)くセラフィックに、カルアはなにも言えなかった。小さく芽生えていた想いを胸にしまった。セラフィックに対する好意は本物だ。最初は腹立たしい存在でしかなかったが、セラフィックの優しさには何度も救われた。もし、彼が目を覚ましてくれなかったら今もナディアを盲目的に崇拝し、迷い民を殺していただろう。

 けれどこれが恋なのかは、恋愛経験のないカルアにはわからなかった。

 それでもセラフィックと離れるのは寂しいと感じていたし、想われて嬉しかった。あんなに綺麗な人に告白されて不快に感じる者はいないだろう。


「いろいろとお世話になりました。お元気で」


 カルアは雑念を払うように荷を背負うとセラフィックに別れの挨拶をした。左手を胸に当て、右手を拳にして床に押しつけ、頭を下げた。それは最上の敬意を表す礼だった。深く下げていた頭をゆっくりとあげたカルアは、立ち上がるとそのまま振り返らずに部屋をあとにした。

 セラフィックは一瞬手を伸ばしかけたが、すぐにもう一方の手で押さえた。そして去っていくカルアを黙って見送るのだった。


「セラ兄様! カルアが出て行ったってほんと!?」


 それからしばらくして、シーファスの騒がしい声が聞こえてきた。セラフィックがここにいるのをだれかに聞いたのだろう。


「僕には浸ることも許されないのかな。ねえ、カルア?」


 セラフィックは珍しく苦笑を浮かべ、晴れ渡った空を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ