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第八章 暴徒 その一

 セラフィックアの先導により蒼き国を飛び出したカルアはアシュにまたがりながらナディアがいると思われる国を目指した。


「ああ、これは酷い……」


 カルアの隣に並んだセラフィックが呟いた。

 カルアひとりでは行かせられないと自ら供に加わったのだ。それをほかの者が許すはずもなかったが、王の命令には逆らえないのか見送るゼフィスト視線は悔しげであった。

 けれど反対していたのはゼフィストだけで、カルアが獣族と知ってからは、彼女ほど頼りになる者はいないと重臣たちが低姿勢で送り出してくれたのだ。もうカルアが伝導師だから裏切るのではないかと、無駄な口を叩く者はいなかった。

 もちろん、蒼き国の警護も怠るわけにはいかず、まだ臥しているファン将軍の代わりにダーガ補佐官が担当することとなった。

 王の警備には、漆黒の服に身を包んだ者が十名と、それにシーファスとアレイが名を連ねた。

 いたるところで戦渦が見える中で、王の警護にしては心許ない人数であったが、人数が多ければ移動に時間がかかり、またいざこざの元となる。

 早く、早くと焦りばかりが大きくなるカルアは、思ったよりも厄介な状況に苛立っていた。何度足止めをくらっただろう。暴動が各所で起こっている今、群れをなしているカルアたちは警戒すべき対象なのだろう。

 セラフィックのおかげで検問に引っかかることはなかったが、国内を巡回している警備官や役人に引き留められることはたびたびあった。

 そのとき、ひときわ大きな歓声がカルアの耳を打った。


「伝導師を捕らえたぞ!」


 カルアは思わずアシュに止まるよう合図を出していた。その声のほうへと馬を走らせる。


「カルア?」


 いきなり道を変えたカルアに、セラフィックが訝しげな声をかけた。

 けれどそれに振り返ることもせず、ひときわ大きな群れの中へ突っ込んだ。


「そこを退きなさい!」


 馬のいななきに驚いてか、すっと人の波が開ける。

 アシュから飛び降り、鎌の柄を伸ばしたカルアは、ぐるりと回して威嚇した。

 騒ぎの中心には、ボロボロの服で横たわる伝導師と教徒区員たちがいた。血を流し、痛手を負った姿は、聖職者の雰囲気からほど遠いものであった。


「なんだ、てめえぇぇ!」

「そんな奴ら殺してしまえ!」

「ナディア教の奴らにゃ死を!」

「殺せ、殺せっ」


 負の感情がうねり、カルアを襲った。

 激しい叫び声は、憎悪と殺気で満ちていた。

 カルアは目の当たりにした現実に、ぎゅっと柄を持つ手に力を込めた。


「彼らに何の罪があります!」


 カルアは声を張り上げた。

 喧噪にかき消されてしまいそうだけれど、カルアは負けじと腹の底から声を出した。

 その声に気づいたのか、うめき声を上げていた伝導師が目を開け、カルアを見た。カルアは伝導師の制服を着ていなかったが、どうやらカルアの顔には見覚えがあるらしかった。カルアの髪の色と目の色は珍しいから、普通よりも覚えやすいのだろう。


「あなたは……」


 カルアより倍ほど年を重ねた伝導師の目が驚きに見開かれる。

 ちらりと彼に視線をやったカルアは、力づけるように小さく頷いた。


「――わが名は、伝導師カルア」


 そう凛と言い放つカルアに、罵声が一瞬止んだ。そして理解すると一気に爆発して、カルアを罵る言葉となった。

 今にも襲いかかってきそうな市民を相手に、カルアは考え込むように口を閉ざすと、ダンッと鎌を地面に突き立てた。力を入れすぎたためか、地面に亀裂が走った。

 その輪の外では、セラフィックが事の成り行きを見守っていた。今にも飛び出しそうなシーファスを押さえていたが、カルアの身が危なくなったらいつでも攻撃できる態勢を整えていた。


「私は、聖女ナディアの教えを広げる者」


 そう言葉を紡いだカルアは、気色ばむ市民に向かって膝を折った。

 伏していた伝導師が驚いた声を上げる。


「私たちの行いは許されたものではないでしょう。民の命をたやすく奪い、教えを強制しました。その非道さを私は気づかなかった。罪を罪と認識せず、悪の芽を摘むことこそが正義であると信じていました」

「カルア、なにを……」


 カルアは伝導師に憐れみの視線を投げた。彼の顔は聖地で見たことがあった。


「伝導師デイト。私たちの存在は決して善ではなかったのです。私たちの行いは、はたからみれば愚かすぎるものだったのでしょう。ナディアの教えで守ろうと……導いていた民に憎まれ、嫌悪されていても、私たちは気づけないでいた。けれど、私はようやく真実の目で周囲が見えるようになりました。あなたはまだわからないと思います。私のこの発言を裏切りと捉えるでしょう。それでも……」

「なにをグダグダ言ってやがる!」

「仲間なら一緒に殺してやる!」


 遮られたカルアは、距離を縮めてくる彼らを静かに見つめた。

 そのまっすぐな澄んだ眼に、彼らの動きが鈍る。


「あなた方の怒りは最もです。この中には私たちに家族を奪われた者もいるでしょう……」


 カルアは彼らから目を逸らさなかった。すっと立ち上がり、ゆっくりと顔を動かし、ひとりひとりと視線を合わせていく。


「それでも、もし、ナディア様の教えに救われた方がいるのなら、どうか怒りを静めてください。ナディア様の行いがすべて悪だと決めつけないでください」


 カルアはナディアの優しさを思い出していた。

 そして、ナディア教の教えを……。


「ナディア様はただ平穏とあなた方の幸せを願っていたのです。この国は確か、奴隷制度が根付き、下級階級の者たちは虐げられていたはず。命を屑のように扱われ、疲弊していたあなた方に光をもたらせたのはナディア様ではありませんか?」


 微かに市民の間に動揺が走る。

 今でこそ立派な服をまとっているが、十年前まではボロ切れをまとっていたのだ。貴族でない者たちは、その日に食べる物にもかくありさまだった。餓えによって多くの者が死に絶え、悪事の温床となり、毎日道ばたに死体が転がっていた。

 貴族はそんな彼らをあざ笑い、綺麗な屋敷から見下ろしていた。

 やせ細った市民に反乱する気力もなく、ただ貴族に生まれなかったことを恨み死んでいくだけであった。

 そんな彼らを救ったのがナディアの教えであった。

 国王がナディアの保護区となることを了承したことにより、彼らは人としての尊厳を勝ち取ることができたのだ。ナディアは、民を虐げることをよしとしなかった。刃向かう者には厳しいが、敬うならば守るのがナディアである。

 国王よりも権力を持ったナディアにより、民の暮らしは改善され、飛躍的に向上したのだった。

 それはたった十年前のことだったというのに、怠惰で安定した生活は彼らに感謝の念を忘れさせ、恨みしか植え付けなかったようだ。


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