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   その六


「シーファス王子が負けた……?」

「伝導師が勝ったというのか!」


 ざわめく男たち。

 今見たのが信じられないと言いたげに目を見開いていた。

 カルアは手の甲で汗を拭い、息をようやく整えるとセラフィックの前で跪いた。


「ずいぶんと手間取ったようだね。殺さない試合は苦手?」

「……」


 カルアは答えられなかった。

 黙ってしまったカルアに、ふっと微笑したセラフィックは、厳かに告げた。


「ではカルア。君にこの国を出る許可を与えよう」

「陛下!」


 セラフィックとともに試合を見ていたゼフィストが咎めるように声を上げた。


「兄上、約束というのは守らなければね」


 それは正論であった。王から諭されたゼフィストは気まずそうに頬を赤らめて俯いた。

 けれど、そのような道理を踏みつぶすのが、この国の重臣であった。


「お、お待ちください! いくら約定を交わしたとはいえ、わたしは納得いきませんぞ!」

「わしもだ!」

「伝導師を行かせてなるものかっ」


 老齢の重臣が声を上げたのを皮切りに、見物人が次々と賛同する。


「待たれよ」


 重々しい声が割って入った。すっと一歩前に進み出たディエス司祭は、興奮している重臣の顔を見回した。


「伝導師のあの素晴らしい活躍に異を唱えるか。主神ラザスは、陛下が約定を違えるのを好ましく思われないであろう」


 聖職者らしく偽りを恥ずべきと思っているらしいディエス司祭は、カルアを擁護しているようだった。

 ディエス司祭の諭しに微かに躊躇した重臣たちであったが、すぐに不平をぶつけた。ディエス司祭の言葉を快く思わなかったのだろう。


「ならば司祭殿は伝導師を行かせるおつもりか」

「伝導師が勝った。それは間違いようのない事実。それに、蒼き国の民ではない伝導師をわれらの勝手で縛りつけてどうする? 彼女には自由があるはず。もし無理やりにでも留まらせるのならば、それは悪女ナディアと同じではないか?」


 淡々とした口調の中に鋭さを含ませたディエス司祭は彼らを睨めつけた。


「ディエス司祭のおっしゃるとおりだよ。お前たちはどうも頭が固くていけないね。父の代から仕え、僕にも忠義を尽くしてくれるのには感謝しているけれど、伝導師というだけでカルアを悪く思うならば、僕は不快だね」


 優しげに微笑む目の奥は険があった。その冷ややかな視線を受けて、王よりもずっと年上で体格もよい重臣たちはすくみ上がった。やっと己の失言に気がついたのだろう。


「陛下、私は気にしておりません」


 カルアはそっと口を挟んだ。


「ああ、カルア。君はどうしてそんなにも優しいのだろうね。君のその懐の深さを彼らにも与えてあげたいよ」


 大げさなまでにカルアを褒め称えたセラフィックは、そこで極上の笑みを浮かべた。


「もう少し秘めておこうと思っていたけれど、このままカルアの評判に傷がつくのはよくないね。このような場で申し訳ないけれど、カルア、立ちなさい。ほかの者はその場で拝手(はいしゅ)を」


 セラフィックが命じると、戸惑いながらもみなが従った。

 こちらへと促すセラフィックのもとへと近づいたカルアの肩を抱いたセラフィックは高らかに言い放った。


「伝導師カルアは、わが国の戦女神にして勝利の女神であられる暁の王妃の妹君を祖母に持ち、今ではただひとり純粋な獣族の血を受け継ぐ者。もし彼女に不審を抱く者があれば、今ここで名乗るがいい。僕が相手になろう」


 自信満々のセラフィックとは対照的に、寝耳に水だったような重臣たちは、ぽかんと口を開けた。

 そして、しばらく経ったのち、ようやく理解したのか、拝手を解くと、我先にとその場に座し、平伏(ひれふ)した。

 暁の王妃、獣族という言葉に酷く動揺し、冷や汗を流していた。ようやくどれほどの失態を演じたのか理解したのだろう。王族の血は引いていなくとも、暁の王妃の血縁者ともなれば、それだけで尊い身分だ。

 たとえ忌み嫌う伝導師であろうとも、その身に王妃と同じ血が流れているのならば、崇敬したくなってくるのが蒼き国の民。

 それゆえに、カルアに対し暴言を吐いていた者たちは、犯した罪の大きさに気づき、今にも自害しそうな雰囲気であった。


「なんと! 獣族であったか……。そういえば、髪と目の色が暁の王妃と同じであるな。なるたることだ」


 呻いたディエス司祭も重臣と同じように平伏していた。彼も獣族がどのような存在であるか知っているのだろう。

 悔いるディエス司祭は、先ほどの戦いぶりを見て、またカルアが獣族と知り、いくぶんか憎しみは薄れたようだった。


「やはり暁の王妃と獣族の名は効力が絶大だね」


 愉しげに眺めているセラフィックに対し、カルアは態度をころりと変えた彼らを見て、理解ができないように眉を潜めたのだった。



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