その五
稽古場として兵士にも使用されている場所を明け渡してもらった。重臣だけではなく、噂を聞きつけたのか城の警備をしている兵士までもが集まってきた。
「みんな暇人だ」
外では争いが繰り広げられているというのに、蒼き国は平和であった。
ふふっと笑みを零したセラフィックは、開始の合図を出した。
刃で人を傷つけないよう刃先はくるんだままにして鎌を構えたカルアは、声がかかってもその場に立っていた。
時間の節約を考え、二人まとめて相手をしたいと申し出たのはカルアだ。
それぞれ離れたところで機会をうかがっている二人に気配を配り、集中した。しばらく慌ただしかったせいか、こうして組み合うのも久しぶりだ。
集中力を高め、戦闘態勢に入ったカルアは地を蹴った。
まずはフォン将軍に鎌を向ける。大柄で、たくましい体つきの男であった。頬に入った刀傷が、顔つきにすごみを与えていた。威圧感もあり、立っているだけでも気迫が伝わってきた。将軍の名に恥じることない武将なのだろう。
先に動いたのはフォン将軍であった。
大ぶりの剣を振り回し、剣先をカルアに向かって突き出した。カルアは跳躍すると、その剣先を足場に飛んだ。身軽なカルアに、見物人が息を呑んだようだった。
くるりと一回転したカルアは柄の先に力を込め、将軍の背中をついた。巨漢は見事に前のめりで倒れた。
「……ぅうぅっ」
思わぬ一打をくらい、痛そうに呻いた将軍は、顔をしかめながらもなんとか立ち上がり、地面に転がった剣を手に取った。
「こしゃくな!」
彼が一振りするとぶんっと空気が鳴った。もしカルアが避けなかったら体を真っ二つにされていたかもしれない。
顔を真っ赤にし、怒り狂っている様子の将軍を冷静に見つめていたカルアは、剣を振り上げたそのすきを狙って懐に素早く入り込むと、拳を入れた。さすがに鍛えられた腹筋は、鋼のように硬かったが、カルアがほんの少し力を込めると、巨体は後方に吹っ飛んだ。
すごい勢いで飛んだ体は大木に当たり、ずるりと地面に落ちた。その衝撃で、将軍の体よりも太い幹にヒビが入り、音を立てて倒れた。
将軍の体はぴくりとも動かない。きっと気を失っているのだろう。
「油断大敵っ!」
「――!」
すぐそばで聞こえた声に、カルアはとっさに後方へ飛んだ。そのすぐ前を剣先が過ぎていく。
気配などなかったのに。
さすが獣族の血が流れているだけのことはある。爛々と輝く目は、さながら獲物を前にした猛獣のようだった。身のこなしの軽いシーファスは果敢に攻めてくる。
カルアは重い一振りを柄で受け止めながらも、じわじわと圧され始めていた。額に汗が浮かぶ。
「あの女、シーファス王子と対等に戦っているぞ!」
「なんというすさまじい気迫……」
見物人のだれもが白熱した戦いに一驚を喫したようだった。
二人がぶつかれば、稲妻の閃光のように走る光。火花のようにパッと散り、またぶつかり合う。キイーンッという金属音が、激しさを増す。
本当に同じ人間なのかという闘技にだれもが目を疑っていた。将軍をまぐれで討ち取ったとしてもシーファス相手五分の戦いを見せるとはだれも予想にしていなかった。
シーファスは十五という若い年齢だが、将軍やダーガ補佐官を抑え、今や国一番の剣の使い手である。彼に勝る猛者はいないだろう。将軍とてシーファスの前では赤子と同じ。人間が獣の前では為す術がないように、戦闘状態となったシーファスに勝てる者はいないのだ。
「くっ」
カルアは歯を食いしばった。これは気の抜けない戦いだ。
シーファスは強い。カルアよりも強いかもしれない。実践にも慣れているのか、すきをみせずに急所をつこうとしてくる。
負けるかもしれない。そう思うと柄を握る手に汗が滲んだ。カルアは長期戦が苦手だ。じわりじわりと浮かぶ焦燥。
「な~んだ、伝導師ってこんなもん?」
シーファスはつまんなそうに声を上げた。
「俺より弱いなんてね。がっかりだし。っていうかさぁ、獣族はこの程度なわけ? 将軍をさ、吹っ飛ばしたのを見てちょっと期待したのにな」
好戦的な目がカルアを貫く。それはまるで知らない人のようであった。無邪気なシーファスはどこにもおらず、ただ純粋に戦いを楽しむ剣士だけがいた。
剣を受け止めたカルアは、至近距離からシーファスと視線を合わせた。人とは思えない強さと素早さは、獣がみせる本能そのものであった。
ぞくっと背筋を駆け抜けるのは恐怖ではなく……。
カルアは負けぬかもしれないこの状況を愉しみはじめていた。ナディアのためになんとしてでも勝たなければならないというのに、体が熱くなっていくのだ。熱に浮かされたような高揚感はこれまで感じたことがなかった。
カルアは柄を振り上げ剣を弾くと、刃のほうを振り回した。
けれどうまくかわされる。
そのまま間髪入れず地を蹴ったカルアは、くるりと体を回転させ、足を出した。もちろんそれも避けられたが、それは予想の範疇だった。宙を蹴った足を地面につけると、反動を利用してもう片方の足で蹴る。
「……っと」
鎌ばかり使っていたカルアが足技を合わせることで反応が少し遅れたらしいシーファスがたたらを踏んだ。
そのすきをカルアは見逃さなかった。
シーファスの首目がけて鎌を振り下ろす。
「――それまで!」
セラフィックの鋭い声に、カルアの手が止まった。
全身から汗がしたたり落ちる。
もし制止の声がなければ首を折っていたかもしれない。布が巻かれているとはいえ、凶器には違いないのだから。
「ええ~、なんでさぁ」
シーファスは納得がいかないように口を尖らせた。
「もしこれが生死をかけたものだったなら、お前の首は落とされていたよ」
カルアは乱れる息を整えながらもまだほてっている体を冷ますことができないでいた。あっけなく終わった試合に物足りなさを感じていたのだ。
シーファスはまだ若い。そして己を過信しすぎていた。その慢心が招いた結果だったのだろう。
もしシーファスが愉しまず本気を出したままだったのなら、カルアは確実に負けていた。実践ではカルアのほうに利があるだろうが、一撃で倒す術を得意とするカルアと長期戦を得意とするシーファスでは彼のほうに軍配はあがるのだ。




