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   その四

 ナディアが争う姿勢を示したことで、各国の軍隊も動きをみせたようだった。 国教としてナディア教を信仰すると国と今が契機とばかりに反旗を翻した国がすでに戦っているらしい。

 参謀であるゼフィストが近況を伝えると、議場に招集した重臣たちの間で激しく口論がされた。

 それを末席でアレイとともに聞いていたカルアの顔色がだんだん悪くなっていく。


「ナディア様は……」


 カルアの胸の内を不安が渦巻いていた。

 ゼフィストはナディアたちがここまでたどり着けないとみていた。セラフィックもそれに賛同し、どこかの国の兵に捕まり、死刑になるかその場で首を取られるだろうと推測していた。

 そのため集まった重臣たちの関心はナディアにあるようで、どの国が一番に手柄を取るのかと盛り上がっていた。

 特に喜んでいたのがディエス司祭であろう。彼は身を潜ませている教徒に連絡を取っていたようだった。この機に、ナディア教の教徒を一掃(いっそう)させようと考えているのかもしれない。


「陛下、わたしはナディアの最期をこの目でしかと見届けたいと思います」


 ディエス司祭がそう告げると、次々と名乗り出る声が上がった。

 喜劇でも観にいくような彼らの様子にカルアは両の掌をきつく握りしめた。喜び合い、笑う声が酷く耳障りだった。

 ナディアが死ぬかもしれないというときに、カルアは笑えなかった。

 信仰心は薄れたといっても、やはりナディアに対する愛情は消えなかったのだ。

 セラフィックがなぜ自分をここに参加させたのか不思議だった。みなカルアを快く思っていないというのに。ナディアの仲間だ、という蔑みに満ちた目は、正直居心地がいいとはいえなかった。隣にアレイがいなければ退室していただろう。


「カルアさま……」


 胸中を察したのか、アレイがそっとカルアの掌に手を乗せた。

 温かいぬくもりにハッと顔を上げると、アレイが悲しげに微笑んだ。


「わたくしも教祖さまが嫌いです。ハーミアのことを考えるとこの手で殺してやりたいくらいに……」


 ハーミアはやりは死んでいたのだ。

 使者として地下牢に囚われていたシーファスから得た情報であった。

 彼は、年が近いということもあり、ハーミアと仲がよかったらしい。それで使者として名乗りを上げ、ハーミアがどうなったのか調べようとしたのだという。聞き出したのはまだ入信して日の浅い見張り番だったようだが、彼は金貨に目がくらんで教会の裏に精通している仲間からそれとなく聞いたらしい。

 三年前にナディアの秘密を知って殺された女がいる、と。

 その女がカルア、逃げてと何度も叫んでいたために、よく覚えていたのだという。なにしろカルアという名は、ナディアが最も慈しんでいる者の名前なのだから。

 己が死ぬかもしれない究極の状況下においてもカルアのことを案じていてくれたのだ。カルアは友を裏切った自分を恥じた。

 そしてようやく真実を知ることができたアレイは、カルアを罵倒しなかった。取り乱さず、ただ静かに受け止めた。便りが途絶えたときから覚悟していたのだろう。ハーミアを死に追いやったカルアに対してもこれまで通り侍女として親身に仕えてくれた。

 その優しさがカルアには嬉しくもあり、辛くもあった。


「けれどカルアさまにとってはまだそうではないのですよね?」

「……」


 セラフィックは言っていたではないか。

 獣族を殺したのはナディアの差し金だと。あれは蛮族ではなくナディアの息の根がかかった者たちだと……。

 もしそれが本当だとしたら自分はナディアを憎むようになるのだろか?

 蛮族に抱いていたような深い憎しみの心をナディアに……。

 考えても考えても答えは見つからなかった。

 やがて、カルアは何かを決意したように顔を上げた。


「――私も参ります」


 論争が繰り広げられる中、カルアは凛と告げた。決して大きな声ではなかったが、不思議と騒がしい中にあっても響き渡った。


「カルアさま……」


 アレイが戸惑ったように瞳を揺らした。その目には危惧しているような色があった。カルアが自暴自棄になってしまったと思ったのだろう。

 突然のカルアの宣言に、ざわめきがすっと引き、周囲に沈黙が落ちた。


「それはなりません」


 鋭く返したのは、セラフィックの後ろに座っていたゼフィストであった。眼鏡の縁が冷酷に光る。


「伝導師であるあなたがナディアの味方につかないとも限りません」

「ではどうしたら許可をいただけますか?」


 カルアが食らいつく。


「じゃあさ、俺と戦って勝ったら行かせてやるってのはどう?」


 ゼフィストの反対の位置で行儀よく正座していたシーファスが、ぴょこんと元気よく立ち上がると手を挙げた。


「ね、いいでしょ? セラ兄様」

「シーファス、戯れ言は寝てからいいなさい」


 ゼフィストが冷たくいなすと、シーファスが口を尖らせた。


「いいじゃん、俺一回でいいからカルアと戦ってみたかったんだよね。ずいぶんと腕が立つって評判みたいだし。味方だったら心強いんじゃないの?」


 にひひ、と笑うシーファスとは対照的に周囲は失笑を漏らした。

 背丈こそ平均より少し高めだが、華奢なカルアと、ああみえて猛将と名高いシーファスとの戦いなど結果は目に見えていた。


「面白いね、それ。僕もこの目でみてみたい」

「な……!」


 ゼフィストが顔色を変えた。


「兄上はどうも頭が固いようだから、カルアの真の価値を全身で感じてみるといい」


 純粋な血統に勝るものはない。

 そう告げるセラフィックに、さすがのゼフィストも二の句が継げないようだった。


「恐れながら陛下、わたしもお手合わせ願いたいのですが」


 挙手した男性は、ちらりとカルアに視線を走らせた。


「フォン将軍みずから?」

「一度、伝導師と手合わせをしてみたかったのです。なぜ恐れられるのか、わたしはその強さを知りたいのです」

「シーファスさまに加え、フォン将軍が参戦なされば、まだ年若い伝導師も勝ち目はなかろう」


 二人相手ならば、さしものカルアも体力が持たないだろう。なにしろ彼らの目に映るのはうら若き娘の姿なのだ。噂ほどあてにならないものはないと彼らは侮っていた。


「カルア、君はどう思う?」

「私が勝利を収めたのならば、ナディア様のもとへ向かってもよろしいのですね」

「ああ、もちろん」

「ならば、異存はございません」


 紫色の双眸に炎を宿らせたカルアは承諾した。


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