その五
シーファスに柔らかく微笑みかけたセラフィックは、唖然とした顔で会話を聞いていたカルアに視線を移した。
「カルア、話が脱線してしまったけれど、ナディアがどうやって若々しい外見を保っているか知っている?」
「ナディア様は女神の化身です。女神ならば、永遠の時を生きることができるでしょう」
「女神…女神ねぇ。穢れなき女神が人殺しを推奨するというの?」
それは問いかけるというより、諭しているようにも聞こえた。
ひらりひらりと薄織物が幻想的にひらめく。
それを視界の端に入れたカルアは、きらきらと光るそれを見つめた。人殺しという言葉が重く心に突き刺さるようだった。
「伝導師という聖職者に、粛清という名の人殺しをさせることは正しい振る舞い? 君たちは崇拝しすぎて曇った眼でしか彼女のことをみられないようだけれど、少し離れて冷静に考えると矛盾だらけだ」
虚を突かれたようにセラフィックに視線を戻したカルアは、あぁっ、と小さく呻いた。
以前のカルアならば、セラフィックに対して真っ先に否定していただろう。
けれど、ナディアに不信感を抱き、あまつさえ裏切ってしまったカルアは、セラフィックがほか教会の聖職者のようにただナディアを悪しきざまに言っているのではないということが理解できてしまった。
「よかった……。君がまた妄信的な信者に戻っていたらと心配していたんだ」
痛いところを突かれ言葉が出ないカルアを満足げに見下ろしたセラフィックは、目元を和らげた。
「……ナディア様を慕うことが悪いとおっしゃるんですか?」
「いや、悪いとは思わない。僕たちの国は無宗教なせいか、敬虔な心で敬うことを知らないけれど、そこまで信じられ者がいることはいいことじゃないかな」
「ならばどうして……」
「行き過ぎた想いは、すでに純粋じゃなくて邪悪だ。耳も目を封じられ、ただひとりの言葉しか受け入れない。それが聖なる集団だというのならば、僕は納得できないね。人間の心は自由だ。自由だからこそ、自分で決められる権利がある。僕たちの国が宗教を定めず、民に敬う神を選ばせているのは、そういうことだよ」
「……私にはわかりかねます」
「そうだろうね」
同意したセラフィックはゆっくりと玉座から立ち上がると、階段を優雅に下りた。
真っ白な石でつくられた階段に模様のように広がる王の長い外衣が映え、まるで一枚の絵画のようだった。歩くたびに冠につけられた鈴がシャランと軽やかに鳴り、静まった中を通っていった。
セラフィックが動いた刹那、彼を守ろうと駆け寄った護衛兵は、セラフィックに制され壁際へと戻った。
近づくセラフィックの姿を目に留めたシーファスは道を空けるように移動した。
ありがとうとでもいうように軽く頷いたセラフィックは、カルアの前で立ち止まった。
「ねえ、カルア。今日からはナディアではなく、僕を頼ってよ」
膝を突き、男にしては細く長い手でカルアの薄汚れた手を取った。
「血の繋がらない偽物の聖女より、親類の僕のほうが安心でしょ」
「え……」
カルアは目を丸くした。彼は今なんと言ったのだろうか。
「知らないのも無理はないね。僕のお祖父様である華王の正妃は、君のお祖母様の妹君でいらっしゃるんだよ。つまり、わが王家には、偉大なる獣族の血が流れているんだ。今はもうその血を受け継ぐのは、僕と兄上とシーファスだけになってしまったけれどね。けれど今日からは君がいる。ああ、愛おしいカルア。僕はどんなに長いことこのときを待ち望んだか……。これからは僕が守るからね」
躊躇なく泥がついた手に唇を近づけたセラフィックは、忠誠を誓う騎士のように宣言した。




