その四
「シーファス、任を終え、ただ今戻りましたぁ!」
元気よく謁見の間へ飛び込んでいくシーファスの後ろを、緊張した面持ちのカルアとダーガ補佐官がついていった。
華やかな画が描かれた天井は高く、丸みを帯びていた。圧迫感のない広々とした空間であったが、議場とは違い、艶やかな薄絹織物が飾りのごとく下がっているところは目を瞠るものがあった。
金の縁取りがされた楕円形の高窓から注がれる陽光によって、きらきらと銀粉を振りかけたように輝き、流れ込むさわやかな風に寄って揺れるさまは、天上界のような美しさときらびやかさに満ちていた。
全体的に白と金を基調とした品のある雅やかさであったが、いたるところに意匠を凝らし、贅を尽くしていた。客人を迎えるに相応しいつくりにしたのだろう。
これをみせられれば、どれだけ蒼き国が豊かで、また芸術性にも優れた国なのかもわかる。
「元気そうだね、シーファス」
ひときわ高い場で声をかけた王。
背もたれのない宝石と金で彩られた長いすに腰掛ける彼は、王の姿を隠すように垂らされていた布を上げさせると優雅に微笑んだ。冠をつけ、正装している彼の姿は、いっそう神々しいまでの美しさがあった。
シーファスの後ろに跪くカルアは、じっと絨毯が敷かれた床を見つめ、セラフィックの声がかかるのを待った。
シーファスばかりに注視していたセラフィックは、ダーガ補佐官とともに畏まるカルアにようやく気づいたのか、鷹揚に声をかけた。
「ああ、カルア。ありがとう。シーファスを連れ帰ってくれて。君の姿もこうしてみることができて、今ほど嬉しい日はないだろう」
農民の娘に扮しているカルアに気づかなかったダーガ補佐官と違い、一目で見破ったらしい。
迷いなく名を呼ばれ、嬉しさにほんの少し頬を染めたカルアは、伝えなければいけない事実を思い出し、顔を引き締めた。
「いえ、……あの、お耳に入れたいことがあるのですが」
それを告げるカルアの胸中は複雑であった。
シーファスと旅をしている間にずっと考えていたことだ。ナディアが粛清を行うことを言うべきか、言わざるべきか。
もし言えば、カルアはナディアを裏切ったことになる。それは本当に心の痛むことで、ナディアの意に反することはしたくなかった。
けれど、と。
保護区ではない国に粛清を行うのが果たして正しいのかカルアには決めかねていた。
彼らは悪しき聖職者ではなく、罪のない一般市民なのだから。民の幸せを願っているナディアがその民をたやすく手にかけるのだろうか。
――矛盾。
そう矛盾なのだ。
ナディアのやろうとすることは、彼女自身が定めた戒律に反していた。
それに気づいてしまったカルアは、もうナディアだけを見、敬う伝導師カルアではなかった。
「――そう。そうなると思っていたよ。兄上、」
カルアからナディアの計画を聞いたセラフィックはたいして驚いた様子もみせず、相変わらず穏やかな笑みを浮かべ兄を呼んだ。
「はっ」
王の後ろに気配を殺して立っていたゼフィストが一歩前に進み出た。
「招集を。それから見張りの強化と、戦いの準備を」
「陛下、失礼ながら申し上げます。あの者の言葉を信じるおつもりですか?」
カルアを蔑視したフィストは、不服そうに異議を申し立てた。
「カルアが嘘をついてなんの得に? そろそろ頃合いだと思っていたんだ。ナディアの教えを受け入れないと知ったなら、ナディアも仕掛けてくる、とね。彼女の目的は、この国の支配ではなく、滅ぼすことだろうから」
「! それはどういう意味です?」
聞き捨てならない台詞を耳にし、カルアは思わず口を挟んでいた。
ゼフィストとダーガ補佐官に視線をやり、戦いの支度をさせに下がらせたセラフィックは、王座の上からカルアを見下ろした。
「さて、気高き伝導師カルア殿はナディアの年齢をご存じだろうか?」
「年齢、ですか……?」
カルアは不意打ちの質問に眉を寄せた。
そんなこと今の今まで考えたこともなかったのだ。
ナディアはカルアが十一年前に会った頃と同じ、若々しさと美しさを保っていたからだ。女神の化身なのだから、普通の者と同じように老けはしないのだと信じ込んでいた。
「確かわが国の歴史書によると、お祖父様の時代から生きているらしいから、七十歳近いのかな」
「うっわぁ、化け物じゃん。俺ちっとも気づかなかった。だって見た目とか二十後半? くらいだったし」
王の前で堂々と足を崩していたシーファスは、大げさに顔をしかめた。
「シーファス、お前はずいぶんと歴史の授業をさぼっているね」
「だってさぁ、退屈だし~。俺、体動かすほうが好きなんだよねっ。ゼフィー兄様と違ってさ。さっきだって見た? カルアのこと蔑むように一瞥してさ。わが兄ならが、恥ずかしい態度でほんと嫌になる」
「ああ、それは同意見だ。けれど、兄上にもお考えがあるのだから仕方ないね。カルアのことを知ればいつか心を開いてくださるだろう」
「もうっ、セラ兄様は甘過ぎ! ゼフィー兄様にガツンッって言ってやんないとちっともわかんないと思うよ。ああいう人間は」
二人は親しげに会話をしていた。王と臣下というより、友人だろうか。気心が知れた仲なのは確実だろう。互いに気を許しあっている感じがした。
観察するような視線に気づいたのか、シーファスはくるりと振り返った。
「兄様はさ、ちょっと意地悪なんだよね。秘密主義っていうかさ。もしかしなくても俺のことって、使者くらいしか聞いてないんでしょ」
兄様という単語に疑問を持ちつつ、はいと返答するカルアに、いやんなっちゃうとシーファスが肩をすくめた。
「兄様ってば酷くない? 教徒の奴らからも容赦なくいたぶられたっていうのにさぁ。兄様の弟だって知ってたら、もうちょっと加減してくれたと思うんだけど?」
「お前が王族だと知られたら、ナディアはその場で殺していたよ。それに、秘めるのを承知で使者として赴くことを決めたのだろ? ふふ、ナディアはずいぶんとお前を可愛がってくれたようだね。お前の好きな刺激があったと思うけれど」
「とってもねっ! カルア、兄様って意地悪だろ? 騙されちゃ駄目だからねっ。あんな甘い顔してたって、ほんと冷酷なんだから。俺たちはまだ血が繋がってるから糖分増しだけど、他人には容赦ないんだから」
「シーファス、あまりカルアを惑わしては駄目だよ。せっかく帰ってきてくれたのに、ナディアのところへ逃げ帰ってしまうかもしれないよ?」
「うげっ。それは勘弁! 不機嫌な兄様の相手なんてもうゴメンだし」
「ふふ、なら、少し大人しく口を閉じていようね?」




