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デッドリーワーカー 〜都で外道を斬ってます〜

作者: 松82

 

 

 “外道が巣食う都の闇。暗闇響く女の悲鳴。川に流る散花は、拾う者無し。片棒担ぎし大間抜け。棒を担いで、尻は拭えるか”

 

 

 

 ◆

 

 

 

 重い鎧を忙しなく鳴らし、街道を走る。前方にはやる気なさ気な同僚と、更にその先には俺の上司が居た。ガチャつく鎧は警笛代わりに丁度いい。

 こんな鎧でよく走れるな、と周りを見渡す。しかし、皆真っ赤な顔をしていた。運動不足のせいだろうか。かく言う俺も大差はないのだろう。あまり余裕はない。

 赤い顔して走る警笛鳴らし。さぞかし滑稽に映っていることだろう。

 前方に見えてきた人垣を、上司が大声を上げて掻き分けて行く。俺達もそれに続き、中心部へと向かった。

 

 

 人が集まっていたのは水路のようだ。水路の事件だというと……あれしか無いよなぁ。

 

 

「ーーこれは酷いな」

「ーーこれで何人目だ?」

「ーーたしか……八人目だな」



 その声で納得がいった。やはりあの事件だ。

 

 

「おい、ロイ!」



 体長が俺を呼ぶ声が聞こえる。酷い怒鳴り声だ。怒られるのかと思ってしまうじゃねえか。

 なんでしょう、そう返事をしながら向かう。返事が適当すぎたのか、少し目線が厳しくなった気がする。

 


「おそらくこれは“上”にいく。会議場の準備をしとけ」



 案の定、これは本格的な捜査が入るらしい。

 “連続婦女暴行殺人事件”の犯人も、少しやり過ぎたようだな。

 八人目の被害者は、少し歳がいった女性のようだ。裂傷や刺し傷はない。所々青くなった肌、死因は首にある肌に巻き付く痕から判るように、首を絞めたのだろう。

 豊満な体に文字通り濡烏の艶髪。そこで思い出す。確か妹が噂していた女性に、この女の様な見た目をしていたのがいた筈だ。

 たしか和国から来たんだったな……それで、確か薬屋の嫁だ。

 婿さんが東に伝わる“漢方”なる薬の修行に向かった時、現地で一目惚れしたんだそうだ。嫁さんも薬屋の熱心な求愛に応え、ここ“大星都”で夫婦で薬屋を開いたとか聞いたがーー。

 

 

「非道えもんだ。新婚女房をこんな目にあわす野郎はーー」

「ーー無駄口叩かないでいけ!」



 軽く手を合わせ、俺は詰所へ走っていく。またしても走らされるとは……実は俺の事嫌いじゃないよな?

 

 

 詰所に着いた俺は、同僚や若い奴に声をかけ、俺は会議場の準備を進める。騎士団の詰所は、昔に作られた物だけあり立派な物である。今ではこうは行かないだろう。なんたって“無能騎士団”なのだから。

 別に無能なんじゃなく、自警団が働き過ぎているだけなんだけどな。まあそういうわけで、現場から押し退けられ、俺達の主な仕事は書類整理ぐらいしか無くなってしまったわけだ。

 なので今建てようとしても、反対をくらって建てれないだろう。

 

 

「ーー会議を始める」



 用意を終えボーっとしていると、いつの間にか会議が始まっていた。

 騎士団警備部門隊長と自警団団長が、並んで会議を進めていく。多分仕事なんて無いだろうからぞんざいに聞き流す。

 

 

「ーー今事件の最有力候補は一代貴族であり、大商の『ヴァスコ・パンカーロ』」



 ……『ヴァスコ・パンカーロ』? 何処かで聞いたような。

 そうだ! 確か前に女奴隷と高級店の食事を奢ってくれた奴だ。その代わりにその日の書類をちょちょいと……。

 確かあの日は……女の行方不明日とされる日じゃねえか!?

 あれ? やばくね?

 バレたら俺の騎士生命が終わる。どうにかしなーー。

 

 

「ーー報告です! 被害者家族らがヴァスコを相手に裁判を起こしたそうです!」



 あっ終わった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 晴々しい空だ。反対に俺の心は曇天模様だが。

 広場で抑揚がない声が響き渡る。冷たい印象の男は紙を仕舞い、裁判官達の横へ戻っていく。

 

 

「被告人をーー」



 全員が席に着き、裁判が始まった。裁判官が起訴状を読み上げ、その他にも色々話していく。その間、民衆に混じったり裁判席に座っている被害者の関係者は、顔を真っ赤にしてヴァスコを睨んでいる。いぽうヴァスコは、それを何処吹く風と笑顔で聞き流している。

 

 

 良心的にはヴァスコは負けて欲しい。しかし、無職はキツイ。妹養わなきゃいけないのに。

 

 

「ーー間違いはないか?」



 罪状任否を求めてくる裁判官に、ヴァスコは自信満々に答える。

 

 

「勿論ありますよ」



 色めき立つ民衆。席から立って突っ込みそうな奴も居る。ヴァスコは自信満々に言ってのけた。

 

 

「まず、私には全ての日にアリバイがあります」

「アリバイ?」

「はい。騎士団の記録を見てもらえれば分かります」

「ーー馬鹿な!」



 彼を見た、と証言していた男が叫ぶ。他にも目撃証人はいて、その書類がなければ敗色濃厚だっただろう。

 

 

「緑月の八十五日、私は飲食店で食事をしていました」



 ーー俺の書類じゃねえか! 



「他にもーー」



 次々とヴァスコは、アリバイとなる書類を羅列していく。

 裏を知っている俺としては、それだけ騎士団が腐敗しているか判るだけに哀しい。

 

 

「ーーどうですか?」

「判決はーー」



 騎士団の書類という物は、絶大な効力を持っている。爵位を持つというだけで、保証になるからだ。

 騎士が書いた書類というだけで、誰が書いたのか。そういうものが一切関係なくなり、証拠となる。

 

 

 そして、騎士団員は巡回で起きた出来事を、全て詳細に書かなればいけない。

 何処を周り、何処に行き、何時に出て、何時に帰ったか。

 そしてーー誰に会ったか。

 

 

 改竄が行われたと知った時の上司の顔は、まるで修羅の如く。バレたら殺されそうだ。

 しかしまあ、一先ずは安心だな。噂によると犯人は捕まったらしい。

 自分で罪を認めているようだ。まあヴァスコの捨て駒だろうけど。しかしこれで無事解決。

 好き好んで書類を調べる奴もいないだろう。

 少し後味は悪いが、家に帰るとしよう。



 被害者家族の怒号、啜り泣く声。それらを裏に流した裁判は、まさに阿鼻叫喚というべき様相だ。

 俺はなるべく目立たぬよう、そっと家へ向かって歩き出した。

 

 

 出迎えた家令に上着を預けると、奥から妹が出てくる。

 

 

「兄様。あの事件が解決したって本当ですか?」



 お帰りの挨拶ではなく、開口一番に問いかけてくる。しかしそれを咎めるものは居ない。

 うちはそこん所は緩いからだ。

 そして俺も一々文句を言う性分でもない。ただ兄より事件をとった事が、少し悲しいだけだ。

 

 

「ああ、犯人は貧民街スラムに住む清掃業の青年だった」

「ヴァスコという方は違ったのですか?」

「彼は書類によりアリバイがある」



 妹は「なるほど」と呟く。

 身内に騎士団がいるせいか、妙に探偵紛いの事をしたがる。まあ俺としては、危険な事に首を突っ込まなければ、特に問題はない。

 

 

「ーー旦那様。お食事の準備ができております」

「ああ、そうだったわ! 今日は活きのいいアラインが入ったんですってーー」



 事件の事はどっかに吹っ飛んだのか、明るい笑顔で今日の食卓について楽しそうに話している。

 現金なもんだ。と苦笑しながら、俺は妹と歩き出した。

 

 

 




 街を夜の帳が覆い隠す頃。しかしまだまだ飲み足りない時刻でもある。

 しかし妹はぐっすりのはずだ。うちは健康的な生活を心掛けているからな。

 

 

「妹は、寝たか?」

「はい旦那様。しっかりと寝ています」



 それを聞き、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「あいつの潔癖症にも困ったもんだな」

「そういう年頃でありましょう」



 そう言われれば、自分にも下品な話が全く駄目な頃があったな。と言っても、女と男じゃ感じるもんは全然違うんだろうけど。

 

 

「日が昇る前には戻って来る。頼んだぞ」



 そう言って玄関を出る。家令は無言で頭を下げ、見送ってくれた。

 

 

 ーーさて行くか。

 魅惑の娼館ピュテトクスへ!!

 

 

 やはり土地的な問題なのだろう。貴族街と色街では場所が離れている。馬に乗れば早いのだが、妹に感付かれる可能性がある。

 まあのんびりと歩くのも嫌いではない。特に夜となれば。なので、退屈なわけではなかった。

 

 

 そうして歩いていると、前方に見慣れた後ろ姿を見つける。

 白髪交じりの刈込まれた後頭部。思秋期に入ったと思われる外見をしているが、その肉体は鍛え込まれており衰えを感じさせない。

 確信を持った俺は、そいつに声をかける。

 

 

「おい! グレン!」



 そう言うと、赤ら顔で振り返ってくる。

 皺が深く、巌のような顔。やはりグレンだった。

 

 

「んー? おお、ロイか」

「どうしたんだよ。こんな夜更けに」

「そのまま返してやりたいが、まあ少し火遊びでもとな」



 奇遇だな。俺がそう呟くと、グレンもしたり顔でニヤリと笑う。

 丁度いいので、一緒に向かうことにした。

 

 

「今日は何処行くつもりだったんだ?」



 問いかけてくるグレンに、自信満々に答える。

 

 

「もちろん『黄金と花(アウル・フルール)』だよ」

「ははっ、やっぱりなぁ!」



 予想はしていたのだろう。

 まあ一番の大手だ。皆大抵あそこに通う。

 いい店なんだが……問題が一つあるんだなぁ。

 

 

「あの“女”が居なけりゃなぁ……」

「……いうんじゃねえ。そういう時に限って呼ばれるんだからよ」



 ……確かに。噂をすれば影。謗り者門に立つ。話題にすれば、呼び込んでしまうものだ。

 こういうのを“言霊アドゥール”とか言うらしい。

 

 

「とりあえずあの女の話はなしだ」

「おうよ」



 そんなことを話していると、いつの間にか着いていた。

 色とりどりの灯火。窓からははだけた女が手招いている。店に入るも出るも男。

 活気に満ちているが、その騒がしさは妖しさを感じさせる。

 

 

「ま、入るか」

「そうだな」



 そう言って店に入る。

 ロビーは広く、部屋の隅には待機する場所があり、そこにはソファーと酒場バー

 手慣れた様子のグレンと共に、カウンターにいる老紳士に声をかける。まあこんな所に働いているんだ。紳士とは程遠いはずだ。

 

 

「今日はどれにいたしますか? 上から『月下香チューベローズ』、『茉莉花ヤースミーン』そして『咱夫藍ザアファラーン』となりますが」

「うーん。少し贅沢する、か。」



 悩む素振りを見せるグレンだが、すぐさま決断する。

 

 

「『茉莉花ヤースミーン』でお願いするぜ」

「かしこまりました。後ろの方は?」



 ……うーむ。正直悩んでいる。

 一応貴族なもんで、金はそこそこある。しかし、うーん。最上級の『月下香チューベローズ』はいくら貴族でも財布にきつい。

 

 

「俺も『茉莉花ヤースミーン』で頼む」

「かしこまりました。しばしお待ちください」



 そう言い休憩所に手を向け、老紳士は店の奥へと消えていった。裏方に注文を伝えに行くのだろう。

 俺とグレンはソファーに座り、適当に話をする。

 

 

「グレン、おまえ……贅沢して『茉莉花ヤースミーン』かよ」

「おいおい。“少し”っていったろ? 本気出せば『月下香チューベローズ』だっていけるぜ?」

「ホントかよ」



 馬鹿にするように呟くと、グレンがムキになって返して来る。

 グレンと仲良くしているのは、軽い言い合いが楽しいからだ。まあそれ以外の理由もあるが。

 ーー仕事仲間・・・・でもあるしな。

 

 

 ひとっきり笑い合うと、話すことも無くなる。

 無理に話題を作るような、気を使う間柄でもない。二人でなんとなしにぼうっとし、時間を潰す。

 しかし来ない。何時まで立っても呼びにこない。

 

 

「なあ」

「なんーーいや、いうな」



 分かっているだろうけど、その可能性を認めたくないのか。

 しかし俺は、半ば確信のようなものを抱いていた

 

 

「現実を見ろ。これはーー」

「ーーロイ様、グレン様。準備が出来ました」



 グレンを説き伏せてやろうとした瞬間。老紳士が被せてくる。

 老紳士の後ろには二人の男。似たような意匠の服を着ていた。

 俺とグレンは顔を見合わせ、次いでグレンの顔は綻んだ。俺も悪い予想が外れて、つい顔が緩む。

 俺達は老紳士に言われるまま、男達の後をついて行く。

 

 

 歩き出して数分。すぐおかしいことに気がついた。

 何時までも部屋につかないのだ。しかもグレンと俺は未だ別れずに、同じ道を歩いている。

 まずこの娼館は、品位が三つに別れている。それぞれ花の名前がつけられ、つく娼婦の質も違う。

 そして高い程、上の階の部屋をあてがわれるのだ。

 俺達が選んだのは中間の『茉莉花ヤースミーン』だ。なのですぐ着くはずだったが、未だにつかず、更に上階へと向かっている。

 

 

 もしかしたら部屋が空かなくて、部屋だけ『月下香チューベローズ』なのかもしれない。

 そんな淡い期待は、グレンと共に連れて来られた部屋で、粉々になった。

 

 

 最上階の特権客専用の部屋。

 通常なら一客の俺達は、部屋の前に立つことすら許されないだろう。しかし俺達は何度も足を運んだことがある。

 それは偏に、共通したある仕事をしているからだ。

 

 

「よー来たねぇ」



 ベッドに腰掛け、怠そうに話しかけてくるのは、この店のオーナー兼最高級娼婦ーーエレナだ。

 この街の男は、誰もがこの女を抱くことを夢見ている。……俺達以外の誰もが。

 一番の稼ぎ頭となったエレナは、上からこの店を任され、更にはある仕事を任された。

 

 

「仕事だよ。ーー今回の標的は『ヴァスコ』。依頼人は被害者家族だ」



 ーー仕事とは、殺しである。

 “大聖シャルケル王国”により、世界を一つに治められた。それにより戦乱の世は火を消し、平和な世となる。

 だからこそだろう、極端に難しくなった殺しを代行してやる者が現れた。

 裏社会に住む者しか知らない、人は彼等をーー仕事人デッドリーワーカーと呼んだ。

 

 

「こいつは“連続婦女暴行殺人事件”の真犯人でね。腐った男だよ、女の敵だね。替え玉を用意して、罪を逃れたつもりらしいが、そうは許されないーー」



 よっぽど腹に据えかねているのか、延々とヴァスコに文句を言っている。

 知らなかったとはいえ、片棒を担いでしまった俺は少し肩身が狭い。隣を見ると、グレンも困ったような表情を浮かべている。

 こいつも関与してやがったのかーー。

 

 

「何だあんた達、変な顔して」



 やべ、気付かれたしまった。

 誤魔化そうとするが、残念なことにグレンは致命的に下手だった。

 

 

「い、い、いいいや? ななんでも、ねええよ?」

「下手くそか!」



 つい突っ込んでしまった。

 

 

「……あんた達、なんか知ってんのかい?」

「いや、なんでもーー」

「ーー話な。さもなきゃ妹にバラすよ」



 ーーこのアマ!

 なんと事だ。この女、とてつもなく恐ろしい。

 

 

「あんたもだよ。あの事、バラされたくないだろう?」



 グレンも弱みを握られているらしく、青い顔をして震え上がっていた。

 

 

「わ、わかった話す!」

「お、俺もだ!」



 エレナは無言で顎をしゃくる。

 マスは俺から話し始めた。

 

 

「実はだな! 少し前のことなんだが、ヴァスコが女奴隷を連れて詰所を訪ねてきたんだ。それで食事に行かないかというのでついて行ったんだが……まあ食事に誘われることなんか珍しいことではないシ? まあ嬉々としていったんだけど……そこで頼み事をされてな。ある日、私とあっていた事にして欲しいと言われたんだ。まあ、それがだな。……あの証拠となった日でだな」

「あんたヴァスコを庇ったのかい!?」

「違うんだ! 知らなかったんだ!」



 エレナは凄まじい勢いで怒鳴ってきた。夜叉だ。夜叉が居よる。

 

 

「ーーで? あんたは?」

「あ、ああ、俺だな? 実は数日前からヴァスコに雇われていてだなーー」



 正直グレンは俺よりひどかった。俺は知らずに手を貸したからしょうがないとして。しょうがないのよ? 釈明の余地は多分にあるわけだ。

 グレンはズッポリ浸かってた。もう片棒どころじゃない。棒どころか駕籠ごと持ち上げてやがる。

 

 

「ーーじゃあなんだい。あんたは女の子が攫われて、更に乱暴されているのを知っててヴァスコに雇われていたのかい!?」

「俺は参加してない! ただ護衛と言われただけだ! そんなことしていると知ったのも、暫く経ってからだ!」

「最低だよあんた達!」



 その言葉に俺とグレンは苦渋の表情を浮かべる。

 いや、俺は悪くない。だって知らなかったんだもん。

 

 

「いやまってくれ俺はーー」

「ーーあんた達、今回は報酬減額だからね!」



 エレナのその一言に、俺達は揃って叫び声を上げる。

 

 

「これとそれとは関係ないだろ!?」

「そうだそうだ!」

「だまらっしゃい! この女の敵が!」



 どうやらかなりおかんむりのようだった。

 ならばせめてと、俺は交渉に入る。

 

 

「せ、せめてだ! 今回の料金は無料タダにしてくれ!」

「……呆れた」

「そ、そんなこと言わずに! 今月キツイんだよ!」



 勿論嘘だ。わたくし、貴族ですから、ハハハ。

 ただでやられて堪るかクソババア。

 

 

「はぁ……しょうがないねぇ」

「おお! さすがエレナ! まるで月湖の女神ウルシラ様の如く広い心を持っているな!」



 褒められて悪い気はしないのか、すこし表情が柔らかくなった。ちょろいんだよババア。

 

 

 達成感を胸に部屋を出る。グレンは悔しそうにこっちを見ていた。

 ココが違うんだよ、ココが。自分の頭とグレンの頭を指し比べてやると、グレンの顔がより一層悔しそうに歪む。

 俺は勝利の余韻に浸りながら、部屋の外に待機していた老紳士に言った。

 

 

「あっ、やっぱり『月下香チューベローズ』に変更で」

「ーーふざけるんじゃないわよ!」

 

 

 




 “大星都”の一区。その職人街の一角に、金槌の音がカーンカーンと、切裂くように響いていた。

 金槌を叩く男の所作は、淀みなく滑らかで、熟練された技能を感じさせる。

 それを見つめる、一匹の鳥。変哲もない、街を回る小鳥だ。

 

 

 男は小鳥に気付き、叩くことを止めた。

 金属を叩く音が反響し、潮を引くように静まり返っていく。そのうち部屋は、轟々と燃え盛る炎の音しか聞こえなくなった。

 

 

「……なんか用か?」



 男は戯れか、小鳥に声をかける。

 堅く岩の様な男だった。赤茶色の手入れされていない髪、前掛けがはち切れんばかりの筋肉に包まれている。身長は低いが、それが彼をより一層、太く強靭に見せた。

 男はドワーフだった。山の森の近くに住む“長髭族”とは違う。山の高い所に住む“茶髪族”だった。

 

 

「仕事だ」



 部屋に響く第三者の声。それは鳥の声だった。

 可愛らしい小鳥の鳴き声とは似ても似つかない、暗く鬱々とした声だ。

 

 

「詳細は明日の夜、エレナお嬢の私邸で」

「了解した」



 男は一言だけ返し、火に燃料を追加する。

 爆竹のような破裂音を立て、鍛冶窯はますます燃え上がる。

 

 

「頼んだぞ、『ダン』」



 鳥はそう言い残し、窓から飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 夜の遊郭は賑わしい。呼子の声、男の沸く声、時たまに悲鳴も聞こえる。

 しかしこの屋敷の中では、その喧騒が何処か遠くのようにしか聞こえなかった。

 そしてまた、女の悲鳴が聞こえる。

 

 

「今日は随分と悲鳴が多いな」

「遊んでるだけさね。取り合いでもしてるんでしょう」

「いつの日か、侍らして練り歩きてえもんだな」



 吐き捨てるように言うと、エレナとグレンがそれぞれ返して来る。

 侍らせばいいじゃねえか。グレンに言ってやろうとした瞬間、部屋唯一の扉に人が立つ。

 

 

 遅くなった。そう言いながら入ってきたのは、ダンだった。煤汚れた前掛け、焼けた肌に短く太い体、変わらない格好だ。

 

 

「おせえぞ」

「すまない」

「あんたも相変わらず若いねぇ。何か秘訣でもあるのかい?」



 ただの種族の差だと思うんだが、何時の世も女は若さにこだわるものだ。

 脱線しかけた話を戻すように、さっさと本題に入るよう促す。

 

 

「あーごめんね。じゃあ入ろうか」

「早くしてくれ」



 エレナは頷き、垂れる蝋燭の隣に金貨を五枚置く。

 

 

「報酬は金貨二枚と銀貨二十枚。いつも通り山分け……といきたいけど、残念だねぇ、ロイとグレンは減額だ」

「残念と思うなら、元通りでもいいんだがな」



 悪戯っぽく笑うだけで、エレナは淡々と机に並べていく。そもそも残念とすら思ってないだろう。

 

 

「ほら、一枚ずつに八枚ずつ。標的は“蜜雌屋”にいるよ。大広間の歓待室だ。いい御身分だねぇ、やり方は各自自由に、ほらいったいった」



 銀貨を懐に仕舞い、俺達は席を立つ。

 部屋を出ようとした所で、エレナがあっと声を上げ、俺達を引き止めてこう言った。

 

 

「最近そこに客取られているんだ、なるべく血生臭く殺してきな」



 いい根性してやがる。

 俺は振り向かずに片手を上げ、二人と共に部屋を出て行った。

 

 

 




 蜜雌屋は和風建築の娼館だ。

 和国の伝統衣装である着物とか言うものを娼婦に着させ、薄紙を貼り付けた引き戸の向こうに待機させている。

 裏には和国伝来の意匠を込めた庭があり、それを眺められる位置ーー特等席、いや特等部屋? ーーにヴァスコのいる歓待室がある。

 

 

 大広間には奴の関係者を呼んで、不祥事の後始末でもしているんだろう。

 そして歓待室には、どう見ても堅気じゃない連中が五人いた。

 手を貸した冒険者の五人と、大本のヴァスコが丁度集まっている。

 

 

 そこにグレンが入っていく。俺は物陰に隠れ、そのやりとりを見ていた。

 

 

「旦那久しぶりだな」

「おお、お前か」



 話に聞いた所、グレンは五人の手綱を引く係だったらしい。

 やり過ぎないように。

 つまりグレンが居なければ、五人は女を狩りにいけない。

 ヴァスコもそろそろ限界だと思っていたのだろう。

 グレンの「あいつらのガス抜きに行きましょうか」という申し出に、疑いもせず頷く。そしてグレンは、五人を連れて出て行った。

 

 

 




 夜の街、六人の冒険者が歩いていた。

 五人は楽しそうに、何処に行くか話し合っていた。

 

 

「次は何処のやつにする?」

「おれ貴族の女とかやってみてえんだけど」

「いやそれやばいだろ? 無難に庶民街いこうぜ」



 そう言い庶民街の方向へ歩いて行く。その後ろにいるグレンは、人気が無くなったと同時に動く。

 最後尾の男の首に手を回し、抜くと同時にスチレットを頚椎に突き刺す。

 突くことに特化した短剣は、さして抵抗を感じさせずに頚椎を貫いた。

 この時点で気付かれていたのは、後ろの一人だけである。

 

 

 グレンは踏み込むと同時に、腰から“喧嘩剣カツバルゲル”を抜き放ち、振り下ろす一撃で頭を叩き割る。

 やや広めの刀身を持つ刀剣は、その重さのままに頭を砕く。

 何かを潰す水気のある音に、他の三人はようやく襲撃に気付いた。

 

 

「てめぇ! 裏切りやがったな!」

「老いぼれが! ぶっ殺してやる」



 激高し口々に罵る男達。

 グレンは薙ぐ一撃を後ろに跳ぶことによって避け、その狭い路地へと逃げる。

 男達は何も考えず、怒る勢いのまま追っていってしまうのだった。

 

 

 ーーそれが罠とは知らずに。

 

 

 グレンは路地裏を出て町外れを走る。それを追い、冒険者三人は武器を片手に走る。

 珍しく一直線の道。グレンの先にある空き家、その屋根の上に一人の男が立っていた。

 男はーー投石紐を持ったダンであった。

 

 

「“鉛よ鉛よ《メダ=メダ》”」



 ダンが呟く。

 すると、彼の左手に黒い粒子が収束していく。やがてそれは、鉛球を形造った。

 彼は右手に持った投石紐ーー山羊の革で出来たーーの小袋に入れ、頭上で振り回し始めた。

 徐々に加速し、投石紐は頭上で円を描く。

 ダンは抑えていた親指を離し、冒険者達へ放った。

 

 

 頭を爆散させ、突き抜けた鉛は石畳を砕いた。

 その音に振り向いた残る二人は、遠距離からの狙撃に怯える。

 

 

「おい! 伏せろ!」

「糞がっ! 隠れる所なんてねぇぞ!」



 その隙を狙い、グレンが一人を袈裟懸けに斬る。

 血を吹き出し絶命する仲間を見て自棄を起こしたのか、雄叫びを上げグレンに殴りかかった。

 しかし届かず。

 再び飛来した鉛が胸にめり込み、口から血と臓物を吐き出し、男は倒れていった。

 

 

 後には「派手すぎるぜ」とダンに文句を言う声が、闇夜に溶けて消えていった。

 

 

 




 旦那。そうヴァスコに声をかけると、あっちは俺のことを覚えていたのか、「おお、騎士殿」と笑顔で部屋に入れてくれた。

 俺は内密な話があると、物陰へと連れて行く。

 

 

「騎士殿、内密な話とは?」

「実はだな、あの事件の被害者が、なんでも人を雇ったらしくてな」

「ははは、そもそも見当違いですよ」



 なおも犯人ではないと、とぼけるヴァスコに俺は言う。

 

 

「俺は分かっている。今更繕わなくてもいい」



 その一言に、ヴァスコは真顔になる。

 人のいい笑顔で騙される奴が多いが、実際に奴は恐ろしい人間だ。

 ……一代で巨万の富を築き上げる程度には。

 

 

「ーー本当ですか?」

「確かな筋からの情報だ」



 悩むヴァスコに、俺は深刻そうな顔を作って小声で話す。

 

 

「実はだな、怪しい人影を先程見かけてな」

「ーーっ!? そ、それは本当ですか!?」



 慌てるヴァスコを見ながら、俺は片手で魔法を発動する。

 無詠唱で発動できる程度には、修練を積んでいる。

 

 

 風を起こし、庭に物音を立てる。

 ヴァスコを驚きの声を上げながら、音の先へ顔を向けた。

 

 

 ーー今だ。

 腰から俺の武器ーーエストックを抜き放ち、首を斬った。

 何が起きているか分からない。そんな顔をしている。

 ヴァスコの首を壁に向け、血が壁に掛かるよう調整する。

 

 

 なるべく血生臭く、と言われたからな。

 水濁音のような声で、ヴァスコは「貴様ぁ」と呟く。恐らくこいつは、俺の事すら下に見ていたのだろう。賄賂で手懐けられる、ちょろい騎士。そんな所だろう。

 

 

 時間を掛けてもいい事はない。迅速な行動が、いい結果を生むものだ。

 背中から突き上げるように、ヴァスコの肝臓を突く。

 呻き声を僅かに上げて、ヴァスコは死んでいった。

 

 

 庭を照らす石灯篭の灯りを、風を起こし消していく。

 木々が擦れる風の音と水滴が石を叩く音が聞こえる中、俺は手を軽く合わせる。

 

 

「ーー完璧だな」


 

 人が来る前に帰るとしよう。

 俺は庭から外へ出て行った。

 

 

 




「ーーそれで結局、ヴァスコが犯人だったの!?」

「ーーああ、なんでも娼館で死んでるのが見つかったらしいぜ」


 

 街を歩く中、そんな声が聞こえてくる。

 ヴァスコが死んで数日、再び調査が入った。書類の見直し、同時に発見された冒険者達の関係ーー。

 騎士団と自警団が出した答えは、“真犯人はヴァスコ”だった。



「ーーそういえば、知っているか?」

「ああ、薬屋の倅、首を吊ったんだってな」

「まあ女房があんな目にあっちゃ、仕方ねえことかねぇ」

 

 

 それからというもの、忙しくて仕方がない。

 賄賂による不正を行った者の処分、攫われた女性達は奴隷にされていたらしく、その業者の検挙も行われた。

 担当の時間も、そろそろ終わりだ。詰所に戻り帰る準備をしよう。

 

 

「ーーロイ、部屋へ来い」



 しかし帰るなり上司に呼び出されることとなった。

 

 

「なんでしょう」

「お前の書類、書きなおされた後(・・・・・・・・)があるが、これは何時のものだ?」

「ああ、これはーー」



 賄賂を受け取り、不正な書類を作った俺が何故無事なのかーー。

 それは簡単だ。後で書き直したからだ。

 しかし証拠にされている書類が見つからないとなると、更に調査が行われ結局の所見つかってしまうだろう。

 だから俺の妹に色目を使っていた新入りのウィル君に、全て押し付けさせてもらった。

 今頃の牢屋で無実を訴えていることだろう。ありがとう、多分忘れない。

 

 

 納得した上司に別れを告げ、俺は家へと帰る。

 今日は久しぶりのーー娼館通いの日だ。

 

 

 




 そうすると、またしても見た事がある奴を見つけた。

 グレンだ。

 

 

「よう」

「……あ、ああ。ロイか」



 浮かない顔をしている。

 

 

「実はな、捕まるはずなのに捕まらねえんだよ……俺が」

「ーーは?」

「事情聴取ぐらいは来るはずなんだ! なのにそれすら来ねえ! 不気味で仕方ねえんだよ」



 ……なるほど。

 しかしその理由は俺が知っている。

 なんて言ったって、グレンを救ったと言っても過権ではないからな。

 

 

「実はなーー」

「おおなんか知ってんのか!?」

「ーー書類改竄するついでにお前のアリバイも作っといたんだわ」

「へ?」



 呆けたアホ顔を晒すグレンだったが、次の瞬間満面の笑みで肩をたたいてくる。

 

 

「おっま! 最高だよお前は!」

「ハッハッハ。だからお礼な?」

「今日は俺の奢りだ! あ、でも『月下香チューベローズ』は勘弁な?」



 そう言って笑い合う。

 二人で肩を組み、娼館へ向かおうとした時。

 ーー聞こえてはならない声が聞こえた。

 

 

「ーー兄様?」「ーーお父さん?」



 俺とグレンは固まり、恐る恐る振り返ると、そこには家で寝ているはずの妹がいた。

 な、何故ここに!?

 

 

「……親切な人が教えてくれたの。貴女のお兄さんがここを通るわよって」



 誰だ! 余計なことしやがった奴は!?

 心の中で叫んでいると、グレンとグレンに詰め寄る少女の声が聞こえた。

 

 

「ーーお父さん! お母さんがいるのに何でそういうことするの!?」

「お、落ち着け娘よ。お母さんには内緒な? な? もうしないからさ、たのむよぉーー」



 そんな会話が聞こえてくる。

 というか、グレンお前ーー。

 

 

「ーー妻子持ちだったのぉ!?」

「うるせぇ! それどころじゃねえんだよ!」



 口汚く罵り合う俺らは、それぞれ連れられ家に返されることになった。

 グレンと共に引っ張られていると、路地裏の先に女を見つけた。

 扇情的な衣服に身を包み、方に変哲もない小鳥をのせた女である。

 

 

 女は、面白げに意地悪そうな顔で笑うエレナだった。

 クソババア! そう声には出さずに罵りながら、俺は娼館禁止令を妹に出されてしまうのだった。

 

 

 

 

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