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Cafe Crossroad  作者: 音海
Cafe Crossroad
9/23

8 timing―吉川悟―



「マスター、サラダは私がやりますね」

「ありがとう。終わったらマフィンも頼める?」

「了解です。任せて下さい」


 上地さんにモーニングを任せ、コーヒーや他のドリンクの準備に取りかかる。

 オープンまで三十分。黙々と進めていると、ふいに、聞いたことのある旋律が耳に届く。CDもラジオも流していない、二人しかいない店内。映画の主題歌にもなった今年流行ったポップスを、上地さんは楽しそうに鼻歌で歌いながら手早くサラダを盛りつけていく。明るいメロディとストレートに恋心を綴った歌詞は、上地さんの雰囲気とよく合っていた。


「…マスター、そろそろ時間じゃないですか?」

「そうだね。開けてくるよ」


 そう言われて時計を見れば、八時になろうとしていた。窓のロールカーテンを上げ、オープンの札とイーゼルを出そうと、扉を開ける。


「おはよう」

「三國さん。おはようございます」


 扉の横、いつもイーゼルを置く場合に三國さんはいた。


「今日は寒いね。少し早かったから待ってたけど、すっかり冷えたよ」

「扉を叩くか、呼んでくれたらすぐ開けましたのに」

「そうはいかない。私が早く着いただけだから」

「とにかく中へどうぞ。いらっしゃいませ」

「ありがとう。マスター、コーヒーを頼むよ」

「かしこまりました」


 扉を大きく開け、三國さんに入ってもらう。

 札とイーゼルを出して、すぐに戻る。一番奥、壁際のカウンター席に座った三國さんは、モーニングの用意をしている上地さんと何かを話していた。

 コーヒーを淹れていると、きゃーと、上地さんが照れたように笑って頬を赤らめる。


「三國さん、からかわないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

「いや、これが結構みんな本気なんだよ。ね、マスター」

「やだ、マスターもですか?」


 二人に話を振られたが、残念ながら戻ってくるまで何の話をしていたのかわからないので、言葉を返せない。何の話ですかと訊ねれば、上地さんは更に顔が赤くなって、三國さんも笑みが増した。上地さんはともかく、三國さんは面白がって笑っているので、要注意だ。


「あれだよ、あれ。今度作る商店街のポスターのモデル。上地さんと、花屋の彼なら本当に付き合ってるし、何より次の世代ってことでぴったりじゃないかと」

「それのことですか。確かにいいですね」

「そうだろう?上地さん、マスターは多分言ってないだろうけど、モデルの候補で有力だったのはマスターと桃井さんだったんだよ。美男美女の二人がカウンターを挟んで向き合ってる構図で、毎日顔をあわせていたら、絆が深まりましたって感じのキャッチコピーで」

「えー、三國さん私それも見てみたいです。どうせなら二種類ってことでそれも作りましょうよ」

「いいかもね。どう、マスター?」

「マスターも作りましょうよ。きっとお客様が増えますよ」

「…遠慮します」


 妙にキラキラした二人の視線を無視して、三國さんの前にコーヒーを置く。

 勿論、それぐらいで引き下がる二人ではない。見たい作りたいと騒ぎだすのを、ひたすら聞こえないふりをしてやり過ごす。


…カラン


「…!いらっしゃいませ」


 タイミングよく鳴ってくれたベルに感謝。二人とも、ピタリと口を閉じて静かになった。

 これで入ってきたお客様が馴染みの商店街の誰かだったら、更に騒ぐだけだっただろう。だけど、そこまでツキに見放されてはいなかったらしい。鮮やかな深いブルーのコートを着た救い主は、久しぶりに会う彼女。


「…吉川さんお久しぶりです」


 今帰ってきましたと、そう言って朗らかに寺本さんは笑った。

 もう十二月も終わりで学校はとっくに冬休み。だから、年末年始を家族と過ごす為に寺本さんが帰ってくる。昨日寝る直前にふとそれを思い出して、そろそろかなと思ったばかり。その頃には寺本さんが帰る為の夜行バスに乗っているはずだから、すごいタイミングだ。

 入口から一番手前のカウンター席に、寺本さんは座った。メニューとお冷やのグラスを上地さんが運び、ロイヤルミルクティーのオーダーを受ける。

 牛乳を温め、先にアッサムの茶葉をぬるま湯で湿らせる。上地さんも、隣でモーニングの用意を始めていた。


…カラン


 またベルが鳴る。いらっしゃいませと、そのお客様に声をかける。

 上地さんにそのお客様の対応を任せ、カップに注いだロイヤルミルクティーとモーニングのプレートを、寺本さんの席に運んだ。


「お待たせ致しました」

「ありがとうございます。あ、今日はマフィンなんですね」

「ええ。休日のモーニングはトーストじゃなくてマフィンにしてます。休日でも早起きして来店された方に、三文の徳ってことで」

「もしかして、吉川さんの手作りですか?」

「はい。あ、そう難しいものじゃないですよ。材料を合わせてオーブンで焼くだけですから」

「…凄いなあ。私、お菓子作るのがどうも駄目で。料理はまだ何とかなるんですけど」


 寺本さんから向けられる視線はキラキラしていて、嬉しさと照れでちょっとこそばゆい。同じキラキラのはずなのに、さっきの二人とはまったく違う。


「マスター、カフェオレとココアのオーダー入りましたぁ」

「わかった。寺本さん、ごゆっくり」


 残念だけど、どうやらここでタイムアップらしい。話を切り上げ、仕事に戻る。

 それから次々に来店されるお客様を上地さんと二人で応対していく。休日だからお客様はわりとのんびり過ごす方が多いけど、こっちはそうもいかない。

 時計を見る暇もなく、瞬く間に時間は過ぎる。


「…ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 一段落してシンクで洗い物をしていて聞こえた、上地さんの声と、ベルが鳴って誰かが店を出ていく気配。

 手を止め、顔を上げて扉を見れば、ひらひらと翻る鮮やかな青。重いだろう大きなカバンを肩にかけ、寺本さんは帰っていく。

 もう少し話したかったけど、仕方がない。年末年始、数日しかないかけがえのない大切な人達と過ごす時間。特に今年は辛いこともあったから、穏やかに過ごせたらいいと思う。

 そう願いながら寺本さんを見送って、洗い物を再開した。

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