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Cafe Crossroad  作者: 音海
Cafe Crossroad
3/23

2 heavy snow―吉川悟―



 すべてが白い。


 昨夜から降り続ける雪は空と地上の境界を塗り潰し、何もかもを冷たくも柔らかい白で埋め尽くすようだ。

 たった一枚のガラスの向こう。道を行き交う人々は傘をさし、足元を気にしながらも早足で歩いている。


「おはようございます」


 着替えた西岡さんがバックヤードから出てきた。彼女におはようと返して、また窓の外を見る。


「今年はよく雪が降るね」

「そうですね。マスターが前にいた所はどうでしたか?」

「滅多に降らなかったかな。降っても積もる程でもなくて、すぐに溶けてた。だから、ここに来てから。積もる雪を見たのは。ま、何年もこっちにいるからもう慣れたけど」


 西岡さんと二人、外の様子を見つつ言葉を交わす。

 店内は、残念ながらノーゲスト。しかも開店してからまだ誰も来ていない。こんな日は、店をオープンして初めてかもしれない。

 縁あって4月の中旬にこの店を始めて、気づいたらもう年末。常連のお客様もついて、経営は軌道に乗り始めている。最初は一人でやっていたけど段々と手が回らなくなり、大学生の西岡さんを含め三人を秋からバイトで雇った。

 時計を見れば、もう9時になる。休日の朝でも普段はそこそこ人が来るのだけれど、この雪だから家の中で過ごしているのだろう。


…カラン


 ベルが鳴って扉が開く。ようやく一日が始まると気合いを入れ直し、いらっしゃいませと声をかけた。

 今日最初のお客様は若い女性。ファーのついたモスグリーンのコートに、暖かそうなふんわりとした白のマフラー。手袋をつけていない指先は赤く、見ているだけでこちらも冷たくなる。年は、西岡さんと同じぐらいだろうか。

 その彼女の横には大きなトランク。どこからか、ここに来たのか。それとも、これからどこかに行くのか。


「ユカリ?」


 西岡さんが驚いたように女性に声をかけた。彼女も西岡さんを見て、目を見開く。


「美里!え?何で!?」

「前に言ったじゃない。10月から喫茶店でバイトしてるって」

「ここだったんだ。いきなり名前呼ばれたからびっくりした」

「駅前だから知り合いに会うことは多いけど、ユカリに会うとは思わなかったよ。その荷物ってことは、今帰ってきたの?」

「うん。高速が事故と雪で渋滞して一時間遅れ。ま、その分しっかり寝れたけど」

「お疲れ。あ、お好きな席にどうぞ」


 メニューとお冷やの準備をして、カウンターの一番端に座った彼女と、トランクを運ぶ西岡さんの二人に声をかける。


「友達?」

「はい。高校の同級生です。ユカリ、お店のマスターの吉川さん」

「美里の元同級生の寺本ユカリです」

「吉川と言います」


 自己紹介を済ませ、メニューとお冷やを置く。ありがとうございますと寺本さんは言って、真剣な表情でメニューを見つめている。


「この時期はホットミルクがお勧めですよ」

「じゃあ、それにします」

「かしこまりました」


 軽い気持ちで勧めてみれば、返ってきたのは花が咲いたような明るい笑顔。うん。まさに今時の若い女の子。

 そんなことを思うのは年をとった証拠かもしれないとおののきつつ、伝票にオーダーを書き込み、西岡さんと二人で支度を始めた。




「おまたせいたしました」


 蜂蜜を入れてほんのり甘いホットミルクと、モーニングのマフィンとフルーツサラダのプレートを置く。平日のモーニングはトーストだが、休日はマフィンを出している。結構好評で、平日の出勤前だけではなく、休日でも訪ねてくれるお客様が多い。


「ありがとうございます。あ、吉川さん」

「何でしょうか?」

「前から気になっていたんですけど、吉川さんって愛知県出身なんですか?モーニングって愛知ですよね」

「子供の頃愛知県で暮らしてました。よく御存じでしたね」

「大学の友達で愛知から来てる子が言ってたんです。それで、前ここに来た時から気になっていて」

「前から、ですか?」

「はい。あ、夏に帰省した時も寄ったんです。その時聞きそびれちゃって」

「!…そうでしたか。ありがとうございます」


 驚いた。寺本さんは今日初めて来たのだと思っていた。この仕事をしていることもあって、割と人の顔は覚えている方だと思っていたけど、どこかで見たとか、前も来たかなとか、何も思わなかった。


「ごゆっくりどうぞ」


 とはいえ、流石に全員の顔を覚え続けられる訳でもないしと自分を納得させ、カウンターに戻る。

 窓の外を見れば、先程まであれほど降っていた雪はやみかけていた。日も出てきたのか、外が明るくなってきている。予報じゃ今日一日雪が降るみたいだったけど、外れたみたいだ。


…カラン


「おーいマスター、いつものやつ」


 ベルが鳴るのと同時に、聞きなれた声がした。近所の花屋の主人で、毎日のように顔を出す常連のお客様。

 いらっしゃいませと返して、森崎さんがいつも頼むウインナーコーヒーの支度を始める。大柄で体格の良いこの人は意外と甘党で、土日は必ず朝に来る。

 それから次々にお客様が来店されて、店内は賑やかになった。いつもと同じ、活気に溢れた休日の店が始まる。


「またね、美里」


 会計を済ませ、西岡さんにそう言って、寺本さんが出ていく。一瞬見えた扉の向こうは、目映いばかりの白銀が広がっていた。

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