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Cafe Crossroad  作者: 音海
Cafe Crossroad-other side-
18/23

1 alwaysー吉川悟ー



 目覚まし時計のアラームで、一日が始まる。


 ジリジリと枕の横で鳴り響くそれへと手を伸ばして音を止め、体を起こす。

 身支度を整え、7時前には家を出て歩いて駅の反対側へ。わりと涼しいこの街は、夏の朝でもひんやりとした空気に包まれてさわやかだ。

 自分の店が入っている雑居ビルを素通りし、先に、商店街の端にあるベーカリーに向かう。ここで、モーニングのトーストや軽食のサンドイッチ、ホットドッグに使うパンを仕入れていた。

 店の奥、厨房の裏口の扉をノックして開けると、それまでも漂っていたパンの香りが、よりいっそう強くなる。

 おはようございますと声をかければ、業務用のオーブンの陰から篠原さんが出てきた。


「マスターか、おはよう。パンは幸恵が包んでいるから少し待っていてくれ」

「わかりました」

「…クロワッサン食べるか?ちょうど焼きあがったばかりだ」

「ありがとうございます。いただきます」


 篠原さんから受け取ったクロワッサンは、その言葉通り熱かった。一口かじれば、バターの柔らかな香りが立ち上り、何層にも重ねられた生地はサクサクとしていて、とても軽い。


「おいしいです」

「そうか。お、幸恵も終わったみたいだ」

「マスターお待たせ。じゃ、今日も頑張ってね。暇があったらコーヒーを飲みに行くよ」

「ありがとうございます。是非」


 幸恵さんからパンを受け取って、店に向かった。




 開店五分前。少し早いけど窓のロールカーテンを上げ、ボードを店の外に出してオープンの札を扉にかける。

 交差点の向こうの長距離バスのターミナルを見ると、丁度バスが到着したところだった。前方の扉から次々に人が降りて、荷物を受けとる為の列を作って並んでいる。

 何人かはここにも来るだろうと思いながら、店に戻ってお客様を待つ。程なくして、カラン、と軽いベルの音が届いた。


「いらっしゃいませ」


 本日一番目のお客様は、大学生らしき女の子だった。

 お好きな席にどうぞと声をかければ、女の子はカウンターの一番端に座った。


「どうぞ」


 水の入ったグラスとおしぼり、メニューをさしだす。メニューを開いた女の子は、迷わずブレンドコーヒーを注文した。


「かしこまりました」


 カウンターに戻る。コーヒーを淹れ、モーニングをプレートに盛りつけている間、女の子は物珍しげに店内のあちこちに視線をさ迷わせていたけど、いつのまにか頬杖をついてうつらうつらとしていた。

 大きなトランクを持っているし、多分さっきのバスの乗客で、車内であまり眠れなかったんだろう。だから眠気覚ましの為にコーヒーを頼んだのだと思う。旅行でここに来たのか、帰省なのかは、わからないけど。


「おまたせいたしました」


 そっと声をかけると、女の子ははっとしたように顔を上げた。

 女の子の前にブレンドコーヒーとモーニングのプレートを置いて、モーニングの説明をする。この辺りではほとんどやっていないサービスだから、最初はびっくりされることも多かった。女の子も初めてなのか、戸惑っているように見える。


 カラン


 またベルが鳴った。

 女の子の席に伝票を置いて、戻る。


「小林さん、おはようございます」

「おはようございます。マスター、いつもので」

「ブレンドコーヒーですね。かしこまりました」


 次のお客様は小林さんだった。税理士で、上の階で仕事をしている彼は、昼頃に来ることが多い。だから、小林さんが出勤前に来るときは理由がある。


「…千晶さんは、またどこかに?」

「ええ。展示と講演で来週まで東京です」

「忙しいですね」

「本当に。身体を壊さないか心配になりますよ」


 やれやれと言いたげに小林さんは首を振った。

 小林さんは、家で一人きりで食事をするのがあまり好きじゃないらしい。だから、奥さんの千晶さんが仕事でいない日が続くと、朝もここに来ることが多い。昨日も来ていたからまさかと思っていたけど、やっぱりそうだったらしい。

 コーヒーを飲みながら持参してきた新聞を小林さんが読み始めると、本日三回目のベルが鳴った。入ってきたのは、三國さんと商店街の人達。毎日のように顔を出す、いつものお客様だ。


「マスターおはよう、いつものやつね」

「おはようございます。かしこまりました」


 ブレンドコーヒーとアイスコーヒーとウインナーコーヒーが、三國さん達が頼むいつものメニュー。三人はテーブル席に座ると、小声で雑談をはじめていた。

 それからは次々にお客様が来店された。顔馴染みの人だったり、さっきの女の子のように高速バスの乗客だったり。ルーチンワークなんだろうけど、同じ日も瞬間も一度としてない。

 他の人にとっては些細な日常だと思う。だけど、自分にとっては小さい頃から憧れ、目指していたものだった。

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