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僕がキノコを食べた日  作者: Eco-d
樹編 こんにちわのげぇむ
6/8

王を名乗るきのこ

 深く息を吸い込むと、甘い柑橘系の香りが鼻を突き抜ける。どこか上品さすら感じさせる匂いに満足感を覚えて、樹はかすかに嘆息した。


「どうですか樹さん。お味の方は」


 庭に置かれた簡易テーブルを囲み、安物のチェアが四つ置かれている。それぞれにグランディとヨウコ、そしてチャミィがのんびりと腰掛けていた。


 三人しか居ないんだし、なんなら余った椅子に樹も座ればいいと思うのだが、なにぶん人が座るには小さすぎる。やはりきのこ族に比べて大きすぎる人間には縁側がお似合いだ。


 ふと空を見上げれば季節相応の青空が広がっていた。太陽の位置がやや低いのはお昼時をとうに過ぎているからだろう。そのおかげか昨日の昼下がりよりもはるかに心地よく、陽気な空気は座っているだけでどこか眠気を誘ってくる。


 そのためすでにヨウコはテーブルに突っ伏し、少し前からぐっすりと眠っている。それに、チャミィの声もどこか眠たげだった。


「ああ、いい匂いだ。これから飲むよ」


 彼女はそうですかと一言。気を使ったのかはわからないが、グランディは笑顔で声をかけた。


「チャミィが持ってきてくれたこの紅茶、いつも通りにすごく美味しいよ!」


「ふふっ、ありがとうございます。あなたのケーキも最高に美味しいですわ」


 チャミィは微笑みながらケーキをほおばった。この様子を見ていると、二人の仲は非常に良さそうに見える。昨日行ったパニパニの最中に火花を散らしまくっていたとは到底信じられない。


 もし初めてパニパニを見た人がいるならば、試合中のぎすぎすとした様子と平常時の仲睦まじげな雰囲気の違いに混乱してしまうはずだ。もしかして容姿はそのままに人格が変わっているのではないかと。樹も例にもれず、初めてのは戸惑ってしまった。


 つまり一度プレイヤー同士としてフィールドに立てば、どんなに仲の良い親友同士だとしても敵になる。それが樹にとっては一種のレクリエーションなのだが、実際はきのこ族にとって神聖な儀式である『パニルール・パニリティ』の実態だ。


 人間と同じように特定のグループみたいなものはあるが、基本的に皆仲は良いのだ。


 そして樹は楽しそうに会話するグランディたちを眺めながら、手元のティーカップに口を付けた。柔らかい風味と、申し訳程度の甘みが口の中にふわりと広がった。


 ふと視界の端に点滅する光が見えた、どうやら来客のようである。午後のティータイムに合わせて来たのだろうか。だとしたら少し遅れているが。


 いつもの事なのだがやはり来客には胸が踊る。きのこ族は優しくて面白い人ばかりだから、誰が来ても余計に嬉しい。


 そこで光が消え、遠目で小さく見える誰かが走り寄ってきた。その子の姿がはっきり見えると、グランディは笑顔で大きく手を振る。樹も手を軽く上げ、声をかけた。


「ササコ! 珍しいね」


 彼女の手足に装着した無骨な黒鉄色のアーマーのせいか、地面を蹴る度に土がめくれ上がる。オレンジ色の内巻きすぎるボブみたいな頭髪と白いスカートが風をはらんだ。


 ササコが手足を伸ばしたまま棒立ちしているのを遠目から見ると、その奇妙な髪型と痩せ型の身体と相まって、まるできのこのようにも見える。いや、確かにきのこだけれども。


「やっほー皆!」


 ササコは大きく跳ねてテーブルのそばに着地した。きのこ族では平均的な身長のチャミィと比べても、彼女は非常に小柄である。付け加えれば、ノースリーブのシャツの中はすっきりとしている。


 彼女は全員が眠たげな面持ちである事と、ヨウコに至ってはすでに熟睡している事に気が付くと少しだけ不機嫌そうに唸った。


 この喜怒哀楽が激しい様子からわかる通り、ササコは良く言えば無邪気で朗らかな女の子である。唯一残念なところは自己主張が激しすぎる事だろう。


 彼女は深く息を吸い込むと大声を張り上げた。


「しゃきっとしなよ! 光合成してないの!?」


「いやしてないから、だってきのこだもん!」


 ここはきのこの妖精であるグランディたちがつっこむべきなのだが、樹は思わず立ち上がってまで叫んだ。自分の事なのにわかっていないのかと。


 いや、もしかしたらこれはササコなりのボケなのかも知れない。それを信じて彼女の顔色を伺うが、あのぽかんとした様子を見るにそれはなさそうだ。これが本物の天然かと樹は一人おののいた。


 そして突然の叫び声に驚いたのか、テーブルに突っ伏していたヨウコが肩を震わして飛び起きた。良く見ればよだれの跡がついている。


「え、しないの?」


「君はきのこをなんだと思っているのさ……」


 それともきのこの妖精とやらは本物のきのことは違って光合成をするのだろうか。その可能性が樹の脳裏によぎるが、苦笑いしているチャミィを見ればそんな事は漠然としている。


 当のチャミィは、新たに発覚したきのこの真実に驚いてなにやら思案しているササコに座らないかと尋ねた。考え込んでいたササコは笑顔になり、余っていた椅子に素早く腰を下ろした。


「全く、きのこ族の王様(・・・・・・・)が来たというのに、どうして眠っているのさ!」


 ササコが怒り心頭と言った体で呟くと、ヨウコは笑うのを必死にこらえながら謝った。


「ん、遊んでくれるなら許してあげる!」


 もともとそこまで怒っていなかったのだろう。ササコは満面の笑顔を浮かべた。


 その微笑ましい様子に樹は思わず笑みをこぼす。それを見てチャミィもつられて笑った。


 それからチャミィは簡易テーブルの上に置いてあったきのこに触れた。そのきのこは上の方が黒いがそれ以外は黄色いという、どこかプリンを思わせる配色だった。


 しかし現実のきのことはほど遠く、彼女の拳大ほどだがどこかずんぐりとしたデフォルメされた形状である。


 そしてチャミィが触ってから一秒もしない内に、そのきのこからティーカップが弾き出された。彼女はそれを器用にキャッチすると奇妙なきのこをその上に構えた。


 すると黄金色の液体が溢れ、容器をみるみるうちに紅茶で満たした。


「王様、ご賞味くださいませ」


 グランディも同じように皿をササコの前に置く。その上にはクリームによる装飾が施された、美味しそうなケーキが乗っかっている。


「ありがとう!」


 彼女はケーキを口にすると再び笑顔を浮かべた。


 ササコは先ほどから王様と呼ばれているが、実際にきのこ族の王だと言う訳ではない。確かに彼女の能力は癖があるが強力であり、しかも猛毒持ちである。


 能力面だけを見れば、王だと言われてもおかしくはないし、いずれ本当に王になることも可能だろう。だがいかんせん頭があまり良くはない。


 そのため自らのピーキーな能力を扱いきる事が出来ないのだ。試合中に誰かが指示をすればかなり変わるのだが、残念ながらそれはルール違反である。


 現在、彼女は一八位だ。パニパニの参加者が二八人である事を考慮するのなら、特別優秀でも劣っている訳でもない。むしろ知識の事を考えれば優れているのではないだろうか。


 つまりササコには伸び代があるという事だろう。

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